第10話
♤
「お疲れ様、二人とも。落ち着いたからご飯食べて」
夜の八時をまわり、ようやく店が落ち着いた。
いつもはホールでの作業がメインなのだが、今日から音無が来てくれたおかげで俺は厨房で父さんの料理の手伝いを主にやっていた。
しかし厨房とはこうも暑いものなのか。
エアコンはないし、ずっとお湯と火の前に立ってるから熱気だけで体力が奪われる。
「疲れた……」
「相馬、だらしないわよ。京香ちゃんなんてまだ慣れてない中でも涼しい顔で働いてたのに」
母さんが言うのはもっともだ。
涼しい顔、というよりむしろ楽しそうに仕事をこなす彼女はずっと前からここで働いていたかのような有能っぷりだ。
「黒崎君、お疲れ様」
「ああ、お疲れ様音無。大丈夫だった?」
「うん、楽しかったよ」
「そ、そっか」
どうやら彼女は飲食店に向いているようだ。
そんな様子をみて、母さんは一層盛り上がってしまっていた。
「頼もしいわねー。京香ちゃん、ほんとにずっとうちにいてね」
付き合ってもいない男子の親にそんなことを言われたら普通は困るというかなんと言えばいいのか戸惑うものだと思うが。
音無は平然と「よろしくお願いします」なんて。
どっちが大人かわかんないなこれ。
「さてと、それじゃ飯作るよ。何がいい?」
「チャーハンにしようかな」
「了解。じゃあ待ってて」
汗だくで腕も体も重かったけど、最後の一踏ん張りで自分たちの賄いを作る。
調理の最中、休まずに片付けを続ける音無の姿が目に入ると、俺ももっと頑張らないといけない気にさせられる。
ほんと、悪い子じゃないんだよな。
でも、なんで学校では評判悪いんだろ?
「お待たせ」
賄いのチャーハンを二つカウンターに並べて、並んでそれを食べる。
母さんは、「気を利かせておもてを掃いてくるわ」なんて言って店の外へ。
父さんも厨房の奥に引っ込んでしまい、静かな店の中でまた二人っきりになった。
「……美味しい」
「ほんと? 炒め物はまだまだだと思ってたけど」
「ううん、美味しい。好き」
「そ、それならよかったよ」
「好きじゃない?」
「え? いや、俺だってもちろん好きだよ」
なにせ自分好みに味付けしてるわけだし。
でも、自分の好みが人に合うとは限らない。
まあ、だからこそ家族や恋人って味覚が似てる方がうまくいったりするらしいけど。
「そっか。うん、よかった」
そう言いながらも、何か言いたそうにチラチラと俺を見る音無はゆっくりとチャーハンを食べ進める。
やっぱり味に気になるところがあるのだろうか。
しかし、うまいと言ってくれてる彼女にしつこく質問するのも野暮な気がして、俺も黙って自分の分を平らげた。
「ご馳走様。音無、今日はもう暇そうだから上がろっか」
「うん。送ってくれるの?」
「当たり前だろ。もう夜だし」
「うん。じゃあお願いね」
二人で片付けをして、母さんにあとを任せて先に店を出た。
先日までは夜風が寒いくらいだったのに、今日は生ぬるい風が吹いていた。
もうすぐ夏か。
音無は夏休みもずっとアルバイトに来るのかな?
いや、そんな先の話よりまず、明日からのことだな。
「音無、明日のことだけど母さんから何か聞いてる?」
「うん。好きな時間でいいって言われたから、朝から行くね」
「え、ゆっくりでも大丈夫だけど?」
「ううん、楽しいの。それに、家にいてもすることないから、迷惑じゃない限り働きたいな」
うちの店は土日こそ稼ぎ時で、俺も朝から夕方くらいまでは毎週ずっと手伝っている。
慣れたので今更どうこう思うこともないが、やはり学生なのに土日の貴重な休みが家の手伝いで半日潰れる生活というのは最初のうちはストレスも多かった。
俺は家業でもあるから半分諦めてるところもあったが、しかし音無はそれを自ら望んでる様子。
よほど暇なのかお金が必要なのか、それとも本当にお店で働くのが楽しいのか。
ほんと、うちには勿体無い子が来てくれたものだ。
「とにかく、無理はしないでよ。母さんすぐ調子乗るから」
「うん」
そんなこんなで話をしながら彼女を家まで送っていって、またすぐ店に戻った。
そのあとは風呂に入って部屋に戻って少し勉強をして、寝る。
ただそれだけの、いつもと変わらない夜だったのに。
今日は何故か寝つけなかった。
不安とかじゃなくて。
こんなに明日が待ち遠しいのは、いつぶりだろう。
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