第8話


「黒崎君」


 昼休みになって、いつものようにパンを買いに行こうと席を立ったところで音無に呼び止められた。


「ん、何?」

「お昼、持ってきたよ」

「え?」

「これ。お母さんと一緒に作ったの」


 音無の鞄から出てきたのは俺が中学の頃まで使っていた弁当箱。

 それを机の上に出したあと、自分の弁当も並べて置いてから、俺にその一つを渡してきた。


「開けてみて?」

「う、うん。……これ、音無がわざわざ作ってくれたの?」

「うん。練習にもなるかなって」

「ああ、なるほど」


 お弁当は色鮮やかにおかずが並んでいた。

 うちのテイクアウトでやってるメニューそのままだ。

 なるほど、これも仕事を覚える一環というわけか。

 変な期待しちゃったけど、結局は母さんが楽したいために音無に弁当作りまで覚えさせようとしてるってわけだ。


「いただきます。黒崎君も食べてね?」

「もちろん。いただきます」


 味はいうまでもなく美味かった。

 それに、うちの店のレシピなんだけどどこか少し濃い目の味付けが俺にはドンピシャで。

 なんならこっちの方が好きまである、なんて思いながら、音無と並んで黙々と弁当を食べた。


 食べてる間、特に会話もなかったせいか、誰かにいじられるようなこともなかったのは幸いだったのかもしれない。

 音無は男絡みの話をされることが嫌みたいだし。

 変に勘違いされていじられて、また泣き出したりしたら面倒なことになる。


 しかしこの弁当、うまいな。

 練習なんてする必要ないと思うけどな。



「いただきます」


 これから毎日、彼のためにお弁当を作ってあげるわけで、今日はその試作第一号。

 味付けとかは得意なんだけど、私は誰かのために料理なんてしたことがなかったから盛り付けとかがすごく苦手だった。


 そんなことをお母さんに相談すると、おかずの並べ方や彩りの工夫なんかまでいっぱい教えてくれた。


 黒崎君の好みの味付けも。

 少し濃い目が好きだからって、そう教えてくれた。


 お母さんも、私と黒崎君の仲はまだ友達以上恋人未満くらいに思ってる。

 実際、そんな感じ。

 お互い好きだとわかってても、それ以上踏みこんだことが言えていない。

 だからもっと頑張って、黒崎君が私にメロメロになるまで尽くしてあげないといけないの。


 喋るのが苦手なせいで、言葉ではうまく言えないから。

 この気持ちがもっと伝わるように頑張るね。


 えへへ、初めて一緒に仕事するんだ。

 

 ……いくら貯まったら結婚できるかな?



「黒崎、また明日」

「おう」


 放課後。

 高市他、友人たちが慌ただしく教室から出ていく。


 そしてあっという間に教室はもぬけのからになり、俺と音無だけとなった。


「俺たちも帰ろうか。店、行かないとだし」

「うん」


 二人で一緒に教室を出ることに、まだ少し抵抗があるというか、気恥ずかしさが残る。


 なにせ相手はあの音無だ。

 美人で有名な彼女と一緒にいるだけで、なんとなく見られてる気がしてならない。


 でも、ほんとに誰も音無には話しかけないな。

 一体何をしたらそうなるんだ?


「音無って、仲の良いやつとかいないの?」

「いるよ? 明日菜」

「明日菜? うちの学校?」

「ううん、隣の学校。中学まで一緒だったの。でも、今でも毎日連絡取るの」

「へえ。あ、もしかして高市と仲良い子?」

「高市?」

「いや、高市だよ。バレー部の」

「ごめん、知らないかも」

「そ、そう」


 音無の反応を見る限り、本当に知らないのだろう。

 しかし、巨人みたいにデカくて男前で社交的なあいつのことなんか、仲良くなくてもみんな知ってると思ったけど。

 やっぱり男には興味ないって感じだな。

 でも逆に音無は何が好きなんだろ?

 猫は好きみたいだけど飼ってる様子もないし、他に趣味とかあるのかな。


 黙々と俺についてくる彼女はいつも静かで、表情も暗い。

 時々穏やかな夜を顔を見せることもあるけど、基本的には何を考えてるかわからない感じだし。


 家ではもっと喋ったり、笑ったりするんだろうか。


 会話もあまり続かず、やがて店に着いた。

 そして二人で店の中へ入ると、母さんは俺のところにではなく音無の方へかけよっていく。


「京香ちゃん、お疲れ様」

「こんばんは、お母さん」

「そんな他人行儀にしなくていいのよ。まだ開店まで時間あるし何か食べる?」

「いえ、後で大丈夫です。お掃除するところありますか?」

「それじゃあ、テーブルを拭いていってもらおうかしら。お腹空いたらいつでも言ってね」

「はい、ありがとうございます」


 まだ会って数回目なのに、母さんとは随分打ち解けた様子だった。

 女性同士だから話しやすいってことなのかな?

 まあ、基本お喋りな母さんと無口な音無は案外相性がいいのかもな。


「相馬、お前はこっちで野菜切ってくれ」


 厨房から父さんに呼ばれて、俺は中へ。

 

「父さんお疲れ。玉ねぎ、全部切っといていいの?」

「ああ、頼む。それより相馬、良い子そうじゃないか」


 普段は強面で仏頂面の父さんの顔が少し緩む。

 

「言っておくけど、父さん達が期待してるようなことは何もないからな」

「まだ高校生だから少し気が早いかもな。でも、良い出会いなんて人生そうそうあるもんじゃないんだし、大事にしろよ」

「だからそういうんじゃ……でもまあ、仲良くはするよ」


 これ以上言い訳しても聞く耳なんて持ってもらえないだろう。

 まあ、別に俺も好きな子がいるわけでもないし、音無が迷惑じゃなければ、どう勘違いされててもいいんだけど。


 迷惑じゃ、ないのかな。


 ……いや、何考えてんだよ俺。


 仕事に集中しないと。

 かっこ悪いとこ、見せたくないし。


 

 

 

 

 

 

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