第7話


「行ってらっしゃい。放課後は二人とも頼むわよー」


 母さんに見送られて、俺たちは一緒に家を出た。

 まあ、わざわざ別々に学校へ行く理由もなかったし、何より母さんがあーだこーだうるさいので二人で学校へ向かうこととなった。


「音無って、料理とか結構するの?」

「うん。お父さんとお母さん、共働きだから」

「結構大変だな。でも、それなら晩飯はうちで食べて帰ってもいいからな」

「ありがと。お母さんにもそう言ってもらったから、お言葉に甘えようかな」


 何気なくそんな会話をしながら学校へ向かうわけだが、会話の節々で出てくる「お母さん」というワードに勝手に引っ掛かる。

 

 母さんがそう呼べと言ったからといえばそれまでだし、おばさんと呼ぶことに女性同士として気を遣ってそういう呼び方を選んでるだけかもしれないけど。


 まるで音無がうちの嫁に来たような、変な感じになる。

 最も母さんはそれが狙いだろうけど。


「……そろそろ学校だな」

「うん」


 最初の頃と比べたら随分話してくれるようにはなったけど、それでも基本そっけない音無と今以上に関係が発展する未来が俺には見えない。


 音無って、男にデレたりするのかな?

 いや、ないだろうな。



「よう黒崎。今朝は音無と仲良く何話してたんだ?」


 教室に着いてすぐのこと。

 音無と俺はそれぞれ静かに席へついたのだが、そんな俺のところに朝練終わりの高市がやってきた。


「見てたのかよ」

「いやー、お前も隅におけないなあ」

「別に何もないよ。うちでバイトすることになったから朝から仕事の話してたんだ」

「へー。でもなんでまた?」

「いや、それもたまたま色々あってさ」


 昨日の流れを端的に説明した。


 すると、なぜか高市がずっとニヤニヤしている。


「なんだよ」

「別にー。黒崎って結構真面目なんだな」

「どういう意味だよ」

「別にー」


 別におかしいところもやましいことも何もないはずなのだが、高市は揶揄うように俺を見て笑う。


 何が言いたいのかと聞いてもはぐらかされ、モヤモヤしているとチャイムが鳴った。

 

 俺は授業中もずっと、昨日のことを思い出して考えていた。


 でも、おかしなところはないもない。

 たまたま成り行きで帰りが一緒になった音無が、たまたま店で母さんに捕まって、たまたまバイトを探していた音無と意気投合したというだけのことだ。


 うーん、なんなんだろう。

 たまたまが続きすぎて出来すぎだとでも言いたいのだろうか。


 うーん、わからん。



「……ちらっ」


 授業中、ずっと何かを考えてる黒崎君の様子を堪能しながら昨日のことを思い出す。


 今の所、順調に愛を育んでいけてる。


 勇気を出して声をかけて、一緒に帰って買い物にもちゃんと着いて行って。

 もしこんな日がきたらと思って近くのスーパーの陳列をチェックしておいたことも役に立ったし。

 店に行けばきっとご両親にも会えると思ってたし、バイトを探してることも友達との会話を聞いて知ってたし。

 

 それに、また好きって言えたし。

 言ってくれたし。

 早く付き合おうって、一言言ってほしいなあ。

 もちろん、もう付き合ってるみたいなものなんだけど。

 

 今日からはずっと一緒だし。

 もう、黒崎君のお嫁さんに実質なったようなものだから。


 入学式の日、気分が悪くて抜け出したところで迷子になって変な人に絡まれてた私を助けてくれた黒崎君。

 大好き。

 今まで、私が困ってても手を差し伸べてくれる人なんか誰もいなかった。

 初めて、手を差し伸べてくれた。

 それだけのことでも、私にとってはとても大事で一生大切にしたい出来事。


 その日の帰りに彼のあとをつけてた時に、コンビニで雑誌を読んでる彼がギャルの女の子のページで手を止めたのもちゃんと見た。


 だからきっと、ああいう派手な子が好きなんだと思って、髪を染めてメイクも濃くしてきたけど正解だった。


 あんまり似合わないからやめようとも思ってたけど、彼はこの方が好きみたいだししばらくはこのまま。


 他の誰に何と思われてもいい。


 黒崎君にだけ、好きと言ってもらえたら。


 それでいいの。


 放課後、しっかり働くね。


 そして、早く一緒に住みたいね。

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