第6話

 すぐに着替えて部屋を出てから一階の店へ向かうと、既に厨房の方からいい匂いがしていた。


 そして、


「おはよう、黒崎君」

「あ……お、おはよう」


 店のカウンターを丁寧に拭いていたのは、音無だった。

 制服姿にエプロンを羽織り、頭には赤いバンダナを巻いている。

 なんか板についてる。

 ……可愛いな。


「黒崎君、朝は遅いんだね」

「え、いやまあ、ちょっと苦手で……じゃなくてなんで音無がいるの? 朝からバイト?」

「ううん、今日の夕方からだけどいきなりは迷惑かけるから。今日だけ早めにきてお母さんに教えてもらってたの」

「な、なるほど」

「朝ごはんも作ったから。食べる?」

「う、うん」


 音無は掃除をやめて、手を洗うと厨房からお盆に乗った朝ごはんを運んでくれた。

 それをカウンターに置くと、「昨日ご馳走してくれたから、そのおかえし」と。


「これ、音無がつくったの?」

「うん、お味噌汁は店のだけど。食べてみて」


 ご飯に味噌汁、そして目玉焼きにサラダというなんでもないメニューだけど、盛り付けや卵の焼き加減などがとても上手だ。

 目玉焼きを美味そうに焼くのって案外難しいんだよな。

 もしかして音無って結構家庭的なタイプなのかな?


「いただきます……ん、うまい」

「よかった。じゃあ、私もご飯持ってくる」


 音無はまた厨房へ。

 そしてお盆を持って戻ってくると、何故か俺の隣にそっと座る。


「え」

「隣、邪魔?」

「い、いやそうじゃないけど。広く使わないのかなって」

「せっかく掃除したから。あちこち汚したくないの」

「なるほど……」


 そんな話をしている間もずっと、音無は表情一つ崩さない。


 しかし今日はよく喋る。

 初めて話したのなんてつい最近だから、本来彼女がお喋りなのかどうかは知らないけど、学校で見る彼女とはまるで別人のように気分良さそうに饒舌だ。

 

 そういや父さんは……朝の散歩か。

 母さんは店前の掃除してる。

 二人っきりだ。

 広い店の中で、クラスメイトと二人だけで、カウンターに肩を並べて座ってるなんて。

 冷静にこの状況を理解したら急に緊張してきたぞ……。


 音無は……スマホ見てるのか。

 やっぱり向こうも気まずいよな。

 母さん、こんな時は逆に店にいてくれよ。


「黒崎君」

「は、はい?」

「好き?」

「……へ?」


 そんな中での急な質問に俺の心臓がは張り裂けそうなほどにドクンと脈を立てた。


 好き、とは?

 その意味を、瞬時に色々と巡らせた。

 告白にも聞こえるこの言葉だけど、しかし知り合ったばかりの同級生から告白されるほど俺に突出した何かはない、と思う。


 じゃあどういう意味なのか。

 その時、彼女のスマホの画面がチラリとこっちに見えた。


 猫だ。

 あれはマンチカンかな? 

 可愛いなあ。

 そっか、猫の話か。


「うん、好きだよ」

「……よかった」

「可愛いなあ。ほんと、一緒に住みたいよなあ」

「ほ、ほんと? 私も」

「だよな。でも、なかなか高校生じゃ厳しいし。お金かかるしさ」

「……だよね」


 なんだか急にしょぼんとした、気がする。 

 音無もやっぱり猫、飼いたいんだ。

 なのに現実的な話ばっかで夢壊しちゃったかな? 


「ま、まあ頑張って働いて、お金貯めたらいつかできるって。音無の家は大丈夫なの?」

「うん。うちは両親とも結構自由だから。大丈夫」

「そっか。じゃあ放課後からがんばろ。古い店だけど、給料はちゃんとしてるから」

「うん、頑張る」


 また、音無の表情が明るくなった。

 なんで音無なんかがバイトに来るのか不思議だったけど、もしかしたらバイトしたい理由って、猫が欲しいからなのかもしれない。

 

 そうだとしたら、変な遠慮はいらないか。

 


「……」


 一緒に住みたいだなんて、大胆だよ黒崎君。

 ドキドキが止まらない。

 まだ少し手が震えてる。


 もちろん学生だし、お金もいるから今すぐは無理かもだけど。

 頑張って働こうだなんて言われたら、やるしかないもんね。

 いっぱい働いて、早く一緒に暮らそ。


 えへへ、楽しいなあ。


 放課後が楽しみ。

 


 

 

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