第4話
スーパーからうちの店まではずっと無言のまま歩いていき、気がつけば店前に到着した。
まだお客さんの入りはぼちぼちみたいだが、いつまでものんびり油を売ってるわけにもいかない。
「じゃあ、ここで。ありがとな音無」
「……お腹空いた」
「え?」
「あ、ううん大丈夫。じゃあ、また」
少し残念そうにしながら音無が帰ろうとしたその時。
「ちょっと相馬、なにしてんの早く入りなさい」
母さんが店から出てきた。
「か、母さん?」
「あら、その子は?」
「あ、いや、ええと、たまたま帰りが一緒になったクラスの子で、それで、ええと」
いかん、母さんに変なところを見られた。
完全に誤解されている。
その証拠に母さんは俺なんか見向きもせずニヤニヤしながら音無に話しかけていってる。
「ねえ、あなたお名前は?」
「音無京香です」
「京香ちゃんね。へー、相馬もすみにおけないわね。京香ちゃん、今暇だし何か食べていく?」
「いいんですか?」
「もちろん。ほら、入って入って。相馬、水入れてあげてー」
浮ついた母さんに背中を押されて、音無は店の中へと連れて行かれた。
ややこしいことになった。
しかしこのまま逃げるわけにもいかないし、なにより母さんに連れて行かれた音無が心配だ。
社交的でおしゃべりな母さんと、無口で人間嫌いな音無なんて水と油。
しかも色々誤解してるみたいだから空気を読まずに変なことを聞きそうだから、そういう関係じゃないと釘を刺してとかないと。
慌てて店に入ると、すでに音無は厨房側のカウンターの奥の席に一人で座らされていた。
じーっとスマホを見ている。
さすがに訳もわからず一人でこんな食堂に放り込まれたら気まずいだろうと、俺は声をかけに行こうとする。
が、しかし。
「相馬、聞いてないわよー。可愛い子じゃない、付き合ってるの?」
母さんに捕まった。
「いや、だからただのクラスメイトだって。帰り道が一緒だっただけで」
「それなのに買い物まで付き合ってくれたの? 嘘が下手よねほんと。お父さんそっくり」
「だからそれは」
「いいからお水。あと、京香ちゃんは親子丼だって。あんた作れるでしょ?」
「いや、暇なんだし父さんが」
「いいのよ。ほら、早くしなさい」
間が悪く、今はお客さんもまばらで暇なせいもあって母さんが好き勝手している。
ほら、俺を厨房に追いやってからさっさと音無のところに行ってやがる。
でも、ここで必死に母さんに言い訳しても聞く耳持たないしなあ。
あーもう、まじで変なこと聞くなよ。
♡
「京香ちゃん、うちの相馬が迷惑かけてない?」
「いえ、そんな」
「でも、こんな可愛いお友達がいるなんてびっくりしたわー。相馬とは同じクラス? あの子ったら全然学校のこと話してくれないのよね」
黒崎君のお母さんはとてもよく喋る人。
そして私は、無事に彼のお母さんとお近づきになれた。
黒崎君がせっかく私に好きと言ってくれて、私も好きと伝えることが出来たんだから。
ちゃんとご両親にも挨拶しないとって思ってたところだったしほんとタイミングがいい。
でも、お友達っていうのはちょっと違うかな。
黒崎君はまだ私のこと紹介してくれてないんだ?
恥ずかしいのかな? もう、仕方ないなあ。
「ええと、ちゃんとお互いに気持ちは伝え合ってるので、その、これからも仲良くしたいと思ってます」
「え、それってつまり……えー、なによそれ。そんな大事なことも言わずになにしてるのよあの子ったら」
「いえ、恥ずかしいんだと思います」
「まあ、年頃だものねえ。でも、そうとわかれば遠慮なんて何もしなくていいわ。京香ちゃん、うちでバイトしない?」
「私ですか? い、いいんですか?」
「もちろんよ。それに、もしも将来うちのお嫁さんになったら……って気が早いかしら」
「いえ、そんなこと……私、頑張ります」
やだ、どうしよう、お嫁さん認定されちゃった。
子供はまだ先だって言われたけど、結婚は先にしても問題ないもんね?
えへへ、嬉しい。
入学式のあの日、困っていた私を助けてくれた黒崎君と、想いが通じ合っていたなんてほんと嬉しい。
思い切ってペットショップで告白して良かった。
私のこと可愛いって言ってくれたの、えへへ。
あ、でもまだ正式に交際を申し込まれてないんだっけ?
忙しいから? そんなの気にしないのになあ。
両思いなんだから。
ねっ、黒崎君。
♤
「お待たせ。親子丼できたよ」
もう何年も厨房で賄いを作っていれば、簡単な料理くらいはお手の物。
とはいえ、出汁をとったりなんかの仕込みをしてくれてる上でのことだからまだまだ一人前とは言えないのだが。
そんな俺の作った親子丼を持ってカウンターへ行くと、母さんがニヤニヤしながら席を離れる。
「京香ちゃん、ごゆっくりね」
どうせまたいらんことばかり話してたんだろう。
音無の方は大丈夫かなと、様子を見るとしかし穏やかな表情でこっちを見てきた。
「いただきます。美味しそう」
「ちゃんと出来たはずだけどまだ他人には出したことなくて」
「私が初めて?」
「う、うん。ごめんな、試食させるみたいで」
「ううん、大丈夫……あ、美味しい」
小さな口で一口、親子丼を食べてから嬉しそうに音無が呟いた。
「ほんと?」
「うん。それに、とても好きな味」
「それはよかった。あ、お客さんだ。ごめん、ゆっくりしてて」
せっかく話が盛り上がりそうだったのだけど、ゾロゾロとお客さんが立て続けに入ってきたので俺は音無を置いて仕事に戻った。
そこから一時間ほど。
さっきまでの暇が嘘だったかのように客席が埋め尽くされて母さんも俺もてんやわんやだった。
その間、音無に声をかける余裕すらなく、一人にさせてしまっていたんだけど。
ようやく客が引いて店内がガランとした時。
カウンターには音無一人がまだ、座っていた。
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