第3話
「黒崎君」
放課後、いつものようにのんびり帰り支度を整えていると後ろから声がした。
「……音無? 何かあった?」
「今日も、ペットショップ寄るの?」
「え? いや、さすがに毎日は」
「そっか。今日もお店?」
「うん? まあ、そうだけど」
うちの家が店をやっててその手伝いをしているって話、音無にしたっけ?
なんて少し不思議に思ったが、この学校では希少な帰宅部の俺が放課後何してるかについては入学してすぐから色んなやつに聞かれて答えてたから、周知の事実でもある。
だから人伝に聞いたか、俺の会話がこいつの耳にも届いてたってだけの話だろう。
「じゃあ、帰ろ」
「ん? 一緒にってこと?」
「うん。方向、同じだし」
「そう、なの?」
俺の家がどこかって、そんな話もしてないはずだけど。
いや、うちの店は地元では老舗だから有名みたいだし、この辺の人間なら知ってて当然、なのかもな。
「帰らないの?」
「あ、いや……」
帰ろうと誘ってくる音無に対して、俺は戸惑ってしまう。
恥ずかしいとか、そういう話じゃない。
高市はああ言ってて、俺もなんとなく納得はしたものの、それでもまだ音無に相手がいないという確証はない。
もちろんいたところで、クラスメイト同士がたまたま帰り道で一緒になっただけのことをいちいち浮気だなんだと心配するのは俺の考えすぎかもしれないけど。
最悪のことを考えると当然躊躇する。
音無に彼氏がいて、実は子供なんかもできてたりしてて、その相手はヤンキーだったりして。
そんな彼女といるところを見られて、相手にボコボコにされるなんて御免だ。
……いっそのこと、聞いてみるか。
「なあ音無」
「何?」
「ええと……音無は彼氏とか、いるの?」
まるで俺が音無を狙ってるような質問にも聞こえるが、これくらいならいいだろうと。
聞いてみるとなぜか音無は。
泣いた。
「私、男の人となんか遊ばないもん……」
「え、え、え? いや、音無、ちょっと落ち着けって」
「いないのに……ぐすっ、ひどいよ黒崎君……」
「え、ええと……」
幸いというか、教室には俺と音無以外誰もいなかったので騒ぎになるようなことはなかったが。
それでも、理由はどうあれ教室で女の子を泣かせてしまったことに胸を痛めながらどうしたら良いかわからず必死に彼女を慰める方法を考えるが思いつかない。
彼氏がいるか聞いたくらいで泣くかな普通。
いや、それは人それぞれだもんな。
とにかく、ここは正直に謝ろう。
「あの、ごめん。音無の独り言が、聞こえて、それで」
「ぐすっ……独り言?」
「あー、ええと、式場がどうとか、産婦人科がどうとか聞こえてさ。べ、別に盗み聞きしたわけじゃないんだけど。それで、そういうことなのかなって」
はっきりと、妊娠してると思ってましたとまでは言えないけど。
とにかくそういう誤解をしていたことがそもそもの原因だし。
俺は音無に頭を下げた。
「というわけでごめん、変なこと聞いて」
「……子供は、もう少し大人になってからだもんね」
「う、うん? まあ、それはそうだけど」
「それより、時間大丈夫?」
「え? あ、やばっ。帰らないと」
時計を見ると、店の開店時間が迫っていた。
俺は慌てて教室を飛び出そうとしたが、しかし音無はポツンと立ち尽くしたまま。
……さっきまで泣いてた子を一人置き去りってのも冷たい、かな。
「ほら、帰るんなら早く出よう」
「……うん。帰る」
というわけで二人で教室を出た。
今の時間帯はみんな部活で忙しいので、学校を出るまでに誰かとすれ違うこともなく。
そのまま帰り道へ出ると、母さんから電話がかかってきた。
まずいなあ、昨日に続いてギリギリだから母さんも心配してるかも。
「あ、もしもし? ごめん、今帰ってるから」
「別にいいわよそんなの。それより、遅れたついでで牛乳とにんじん、買ってきてくれない?」
「ああ、それなら大丈夫だけど」
「じゃあお願いね」
なんてことはない、たまにある買い出しの電話だった。
というわけで多少ゆっくり帰れることになったのだけど。
「……というわけで買い物してからになるんだけど、音無は先に帰る?」
「なんで?」
「いや、なんでって……待たせたら悪いかなと」
「大丈夫。せっかくだし」
「そ、っか」
というわけで二人で買い物へ行くこととなった。
クラスメイトというだけで、特に仲がいいわけでもない女子と買い物というのは嬉しさとかより気まずさが強い。
しかもさっき一度泣かせてしまったとあって、余計に何を話したらいいのか迷う。
できれば先に帰ってほしかったのだけど、ついてくるというのを断ってまた泣かせたりしたら……いや、それで泣くのもおかしな話だけど。
「さてと。にんじんはどこだったかな」
帰り道にあるスーパーに寄って頼まれた品を探す。
しかし普段は少し離れた駅裏のスーパーが安いのでいつもそこで買い物をすることもあって、たまにしかこないこの店の陳列がどうなっているのかわからずに俺はあたふたしていた。
すると、
「野菜はこっち。あと、牛乳は奥のところにあるから」
痺れを切らしたように、音無がそう言って奥の方を指差す。
「あ、ああごめん。ここ、よく来るの?」
「たまに。この道、よく通るから」
「そっか。助かるよ」
結局音無に場所を教えてもらいながら買い物を終わらせた。
淡々と、的確に無駄なく最短で買い物を終わらせようとする音無には俺と買い物をしてて楽しかったなんて気持ちは皆無だろうけど。
俺は勝手に少しワクワクしていた。
誰かと一緒に出かけたなんて、いつぶりだろう。
両親とですら、幼い頃以来記憶にない。
こんな風に、誰かと一緒にだったら毎日の学校も仕事ももう少し楽しいのかもしれないな、なんて。
そんなことを考えながら二人でスーパーを出た。
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