第二章~陰陽師介入編~

第14話 狐との日々に暗雲?

 土曜日の夜、明人は美緒を自分の家に居候させることを許した。


 やはり、知り合いが毎夜公園や路地裏で寝ているというのが気掛かりだから……というのは素直になれない明人の表面上の理由。


 本当は、家の反対を振り切ってまで自分のもとへやって来たという美緒の一途な想いに少なからず揺れ動かされてしまったからだ。


 とはいえ、明人はまだ頭の片隅で失恋した相手――空御門瑠衣のことが忘れられずにいる。


 明人としては、今の中途半端な状態で美緒の想いに応えることは出来ないと考えていた。


 なので翌日の日曜日、美緒が休日であることを利用して積極的に掛けてくるアプローチに屈しないよう、明人は理性で邪念を振り払うことに専念していたのだ。



 そんな休日が開けて、月曜日の朝。

 明人はまた今週から学校である。


 これは、明人の家の玄関での一風景――――


「んじゃ、俺学校だから」


「むぅ、わかってはいても半日明人様と顔を合わせられないのは寂しいです……」


 狐の耳と尻尾を垂れさせる美緒。

 明人は困ったように頭を掻く。


「そ、そんなこと言われてもなぁ……」


「あっ、そうです! 私も明人様と一緒にその高校とやらに通えば解決ですね!」


「いやいやいや、無理でしょ!? お前の素性とか学校にどう説明すんの!?」


「ふふっ、お忘れですか明人様? 私は妖術が使えるのですよ? 誰にも違和感を与えずその環境に入り込むなど、造作もありません」


「おまっ、人に妖術は使わないとか何とか言ってなかったっけ!?」


「それは明人様に対してだけですよ? 明人様には私のありのままの姿で振り向いていただきたいので……ですが、他の人間は別にどうでも……」


「怖いわ!」


 はぁ、とため息を吐く明人。


 ここで無理に美緒が付いて行くなどと言い出しても面倒だ。

 明人は気恥ずかしさを覚えながらもそれを咳払いで誤魔化し、そっと美緒の頭に手を伸ばした。


 ……ポン。


「あ、明人様……!?」


「お、大人しく留守番してろ」


「えへへ……はいっ!」


 頭を撫でられて嬉しそうにする美緒に、明人は自分でやっておいて何だが「このチョロさで大丈夫か?」と心の中で心配になった。


 だが、それも自分にだけ見せてくれる姿なのだと思うと顔が熱くなってくる。


「じゃ、じゃあ俺行くから……!」


「はい、いってらっしゃいませ」


 明人は今まさに玄関を出ようとしていた足を一旦止める。

 一考の間を置いて、振り返らず、小さく呟くように言った。


「……いってきます」



◇◆◇



 景星館高校。朝、一年一組教室――――


(久し振りの学校ね…………)


 まばらに生徒が集まり出した教室の中で、そんなことを思っている女子生徒が一人。


 艶やかなセミロングの黒髪と、赤みがかった黒い瞳が特徴の綺麗な少女――空御門瑠衣だ。


 丁度教卓の前の自分の席で荷物を整理していると、登校してきた二人の女子生徒が通り際に挨拶してきた。


「あ、空御門さんおはよ~」

「おっは~。今日も相変わらず美人だね~」

「ちょ、相変わらず美人ってどゆこと~」

「だってその通りじゃ~ん。ずっと美人だから」

「そりゃ、いきなり顔変わったりしないんだからそうでしょ。何当たり前のこと言ってんの、うける~!」


 と、挨拶を切っ掛けに瑠衣の話題を口にしながら二人は自分達の席へと向かっていく。


 そんな二人の背中を見て、瑠衣は一安心。


(良かった……私が来られない間、代わりにを登校させてたけど、不審には思われてなさそうね……)


 しかし、そんな安心もつかの間。

 続いて教室に入って来た生徒を見て、瑠衣は目を見開き表情を強張らせた。


 クラスメイトの男子だ。

 行きつけの喫茶店でバイトをしている男子。

 中背痩躯で黒髪黒目。

 これといって外見的特徴はない。


 だが、今瑠衣の目にはこのクラスのどの生徒――否、これまでの人生で会ったどの人物よりも特別に見えた。


 特別に禍々しい妖気を身体に染み付けている。


 普通の人には何も感じられない。

 何も見えていない。


 しかし、瑠衣の視界に映るその男子は、全身から色で表すなら紫や赤、黒といったオーラのようなものを遠慮も知らずに放っていた。


(た、確か、綿矢明人……だったかしら。何、その妖気は!? この私が思わず冷や汗をかかされるほどの禍々しさ……!)


 今まで同じ学校、同じ教室で過ごしてきたが、こんな恐ろしい妖気を纏った人物はいなかった。


 いたら嫌でも気付いてしまう。


(私が学校に来てない間に何があったって言うの……!?)


 瑠衣が油断のない視線をジッと向けていると、明人もそれに気付いた。


 一瞬交わる視線。

 しかし、明人はどこか気まずそうにしてすぐ目を逸らした。


(今、目を逸らした! これは、絶対に何か隠してるわね……!)


 ギュッと拳を握り込む瑠衣。


(綿矢明人。この私が――由緒正しき空御門家の陰陽師であるこの空御門瑠衣が、絶対に貴方の正体を見破って見せるわ……!!)

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