第15話 バレる狐の正体!

 キーンコーンカーンコーン…………


 放課後を告げるチャイムの電子音が、校内中のスピーカーから放送されている。


「明人ぉ~、また明日な~!」


「お~」


 明人は軽音部へと向かう洋介へひらりと手を挙げ見送ってから、机の横に掛けてあったカバンを取って席を立つ。


「さて、帰るか……」


 今までは家に帰っても誰もいなかった。

 だが、今は違う。

 美緒が明人の帰りを今か今かと待っている。


(帰りを待ってくれる人がいるって、悪くないな……)


 気付けば明人の口元には笑みが浮かんでいた。


 明人は以前に比べて軽い足取りで教室を出る。


「……取り敢えず、尾行ね」


 明人が教室を後にしたのを確認した人物が一人――瑠衣だ。


「身体に染み付いた尋常じゃない量の妖気……その原因、私がこの目で確かめるのよ……!」


 瑠衣は手早く荷物をまとめると、つかず離れずの距離を保って明人の背中を追い掛け始めた――――



◇◆◇



 その頃、美緒は――――


「ふふっ……へへ……!」


 美緒は明人の部屋に勝手に侵入していた。

 加えて、ベッドの上に身体をうずくまらせて寝転んでいる。


 数日前に明人がシーツと掛け布団を洗濯したせいで、こっそり美緒が付けていた自分の匂いが消えてしまったのだ。


 だから、こうして明人が家にいない隙を盗んでしっかりと匂いを付けておき、明人が自分の香りに包まれて寝られるようにしている。


 もしかしたら明人が自分のことを夢見てくれるかもしれないと期待を抱いて。


「許可なく必要以上に近寄るなとは言われていますが、こうすることまで禁止はされていませんからね。ふふっ……」


 身体を寄せられられないなら、せめて匂いだけでも。


(まぁ、気付かれたら怒られてしまうでしょうが、それも悪くありません)


 明人が怒るのは、自分を拒絶しているからではない。

 むしろ、ドキドキして恥ずかしがっているから。

 衝動的に一線を越えてしまわないよう、理性を保てる距離感を確保するため。


 今の美緒は、そのことをわかっている。

 それだけで充分。

 少なくとも、今は。



 ――めっちゃ可愛いに決まってんだろッ!!



「……えへへ」


 そんな明人の言葉を思い出しては、幸せそうに顔をとろけさせる美緒。


(普段から言ってくだされば嬉しいのですが……明人様ったら素直じゃないんですから……)


 スッ、と上体を起き上がらせる美緒。

 ベッドの傍にある窓から外の景色を見てみる。


「……そろそろ明人様、お帰りになるでしょうか?」


 視線を部屋の時計に移す。

 時針は四を、分針はてっぺんから僅かに右へ傾いていた。


(ときにはお迎えに行ってみましょうか)


 美緒はそう決めるなりベッドから降りて、明人の部屋を後にする。

 足早に玄関を出て、妖術で鍵を回して戸締り。


「さっ、明人様のもとへ!」


 ひょい!


 相変わらず階段もエレベーターも使わずに、三階の塀から身軽に飛び降りた美緒だった――――



◇◆◇



(……綿矢明人、怪我した女の子を家まで送り届けているわね……)


 学校を出てからずっと気配を悟られない一定の距離を保って明人を尾行している瑠衣。


 物陰から隠れて向ける視線の先で、明人が小学生と思われる女の子をおぶって歩いていた。


 先程公園で遊んでいる途中に転び、膝を擦り剥いて泣いていた女の子を家まで送っているところだった。


(てっきり凶悪な妖怪と関わってヤバいことに手を付けてるのかと思ったけど……そうでもないのかしら? 普通に優しいわね)


 しばらく後を付けていると、やがて明人は女の子の家に到着した。


 インターホンを押すと女の子の母親が出てきた。

 事情を知り、明人に感謝している様子。


 女の子自身も明人にありがとうを伝えているらしく、降ろされたあとギュッと前から抱き着いていた。


(ちょっと照れてる……? もしかして、ロリコン……?)


 そうなるとやっぱり危険な人物なのかしら、と少し別の意味で警戒の色を滲ませる瑠衣。


(いやいや、今は綿矢明人の性癖はどうでもいいのよ。それより――)


 時間経過と共に薄れることすらないその妖気。

 しっかり明人の身体に染み付いており、消える気配がない。


 もはや明人自身が妖怪なのではないかと疑いたくなるほどの妖気だ。


(これほどの妖気を一体どこで? 四六時中妖怪と――それもかなり高位の妖怪と一緒にいないとこうはならないわよ?)


 想像するだけで恐ろしくなって、額に冷や汗が浮かぶ。


(あ、また歩き出した)


 女の子を送り届けて用事が済んだ明人が、再び帰路に就く。

 瑠衣は見失わないように尾行を再開。


 そうやってつかず離れずの感覚を保ちながら数分様子を探っていると――――


(――ッ!? な、何この巨大な妖気! どんどん近付いてくる!?)


 特段変わった様子もなく平然と歩き続けている明人。

 しかし、その少し後ろで、瑠衣が思わず足を止めていた。


 咄嗟に身構え、辺りを警戒する。

 圧倒的な悪寒が背筋を駆け上ってくる。

 危険だと本能がこめかみをチリつかせて知らせてくる。


(何!? 一体、どんなバケモノが――)


「――明人様ぁ~!」


 和装の少女だ。


 明人の進行方向の先から手を振りながら、小走りで駆けてくる。


 長く伸ばされた亜麻色の髪が陽光を反射して煌めき、紫紺の両目は有象無象には興味がないという風に真っ直ぐ明人のみへ向けられていた。


「み、美緒!?」


「ふふっ、迎えに来てしまいました」


 驚く明人の前に立った美緒が、可愛らしく小首を傾げて微笑む。


 その姿は、誰が見ても美しいと称賛するだろう。

 しかし、瑠衣は違った。


 気付けば掌に爪痕が付くほど固く拳を握り込んでおり、驚愕に目を見開かせていた。


(な、何……何なの……あのバケモノは……!?)



 ブワァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!!!



 全身から遠慮や加減というものを知らずに放たれる莫大な妖気。


 もはやその辺り一帯が赤紫色のオーラで埋め尽くされているかのような感覚。


 とある住宅街の日常風景の中にぽっかり穴が開いている。

 平和で長閑な道の一部が、突如魔界と化している。


「ったく、大人しく家で待ってられないのか……」


「もぅ、ジッとしてられない子供みたいに言わないでくださいよぉ!」


「いや実際その通りだろ」


 明人にジト目を向けられ、美緒はやや恥ずかしそうに頬を赤くしながら弁解する。


「そ、そうではなく! 私はただ……一刻も早く明人様と会いたくて……」


「お、お前さ、そういう恥ずかしいことをサラッと言うなよ……!」


 明人が紅潮させた顔を背けて、ポリポリと指で頬を掻く。


 ――と、そんな二人の姿を遠巻きから見る瑠衣は、


(な、何をそんなに平然としているのよ綿矢明人は……今、目の前にいるのが何なのかわかってるの……!?)


 混沌も混沌。

 魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする屍山血河の中心で、飄々と日常会話をしている。


 瑠衣の感覚的には、そう見える。


「ささ、早く帰りましょう?」


「あ、ああ……」


 明人の隣をついて歩き出す美緒。


 そんな二人の後ろ姿をこれ以上追う気力すら起こらないほどに精神を削られた瑠衣は、その場に佇んだままゴクリと喉を鳴らす。


「あんなのを放っておくわけにはいかない……もしアレが暴れたりでもすれば、こんな街、一夜と掛からず滅びるわ……!」












【あとがき】


 いやぁ、瑠衣が登場したことによりこれまた一悶着ありそうですねぇ~!?

 一体どうなることやら……ぜひ、皆さんの目でこの先どうなるのか見届けてやってください!


 あと、もしよろしければ作品のフォローと☆☆☆評価の方もよろしくお願いします!


 ではっ!

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