幕間 英雄ナツと神狼の恋物語 後編
「二人の少女、ナツとミナの体は…この世界にいると子供も産めず10年後魂ごと消滅します。」
「なんだって!」
「異世界への召喚とはそれだけの代償を払ってしまうのです。」
この言葉は冒険が終わればこの世界と永遠の別れをすることを意味していました。きっとナツは残ってくれとお願いしたら残ってくれるのでしょう。
ですが魂ごと消滅するということはどこにもナツという記録すらも消えてしまうことを意味していました。
「…異世界含め、全ての人間が彼女達のことを忘れると。」
「そうなります。紙に書かれた記録には残りますが皆がそういう人物は存在しないと思うようになるのです。」
「ナツはこのことを?」
「話しました。それでも元の世界には戻らず間に合わなくなってもいいから邪神を倒したいと…、だからこそ私は間に合う方法を少しでも取りたいので降りてきたのです。」
「間に合う…方法?」
「狼さん、神獣へ到れる道…今ここで聖獣になってください。」
この時、狼もまた残酷な決断を迫られることになりました。
聖獣になるということは終わりのない生を受けることを意味したのです。
しかし、狼は迷うことをしませんでした。
「ナツを守れるなら力が欲しい。」
「…わかりました。」
この日、新たな聖獣が産声をあげナツは復活を果たしました。
それから一年後、英雄達は本宅的に大陸を動き回り国々を次々に救っていくなか、ある出来事がありました。
「おい!本当にその羊人を育てるのか?」
「うん、見捨てたくなくって…」
狼とナツは偶然二人で行動している時に小さな羊人を助けていました。
「……。」
虚ろな目で狼とナツを見ている様子を見てナツは『怖くないよー。』とジェスチャーをしました。
「いいんじゃない。二人で子育てしてみてもさ、将来二人の子供が出来た時の練習になるかもよ〜?」
「ちょっとミナ!冗談やめてよー。」
「そうかな?でもなんかそうなる気もするんだけど…私はね。」
「もう。」
狼は二人の会話を聞いて少し不安に思いました。
会えないとわかっていたからです。
「ごめんね。変なことミナがいって…。」
「いや、いいんだ。だがそんな生活も悪くないかなと思っていただけだ。」
「…ねえ、狼さん?もしまたこの世界に来たらさ、私をさらいに来てね。」
「あ、あぁ…」
この時狼さんは曖昧な返事しかできませんでした。
その後、狼とナツは小さな羊人を育て出し一年の年月が経ちました。
各地の浄化が終わり残るは魔王城周辺になった時、狼は覚悟を決めたように言いました。
「ナツ、君と絆を結びたい。」
「ふぇ。」
ナツはいきなりの狼の発言に変な声を出しました。
「あ、いやすまん。やましいことじゃなくて従獣の契りを結びたいと思っただけなんだ。」
「…ねぇ狼さん、この冒険が終わったら離れ離れになるんだよ?」
「知ってる。」
「一生解けることのない契約なんだよ?」
「…知ってる。」
「じゃあなんで?」
狼はナツの泣きそうな顔を見たあと、決心したように語りました。
「ナツのことが好きなだけだ…。」
「…私人間だよ?わかってる?」
「聖獣には種別は関係ないらしいからな。」
ナツはポロポロと涙を流し言いました。
「私はね。眠ってた時のこともしっかり覚えてたんだ。」
「あぁ…。」
「嫌いになれるわけないじゃん。忘れられるわけないじゃん。」
「あぁ…。」
「だから私はこの従獣の契りで…愛を契約に選びたい。」
「!?ナツそれはダメだ!」
狼さんはナツの言葉を大声で叫ぶように遮った。
なぜなら従獣の契りとは契約対象の選択次第では苦痛を与え、一生解けない呪いになってしまうからでした。
「私がそんなに弱い少女に見えるの?」
「いや、そうじゃない。お前が帰ってもそれは苦痛になるんだぞ?」
「…心地いい苦痛だよ。」
今日は満月で狼が愛を語るには十分な日でした。
だからこそナツは愛を契約に選んだのでしょう。
「…だったら俺も愛を契約にするさ。」
「無理しなくてもいいよ?」
「いや、少女にそこまで言われたんだ。引いたら男として恥ずかしい。」
「なにそれ。」
ナツは満面な笑顔を見せ、その後狼に体を預けた。
その後、英雄達は魔王と友好関係を気付きあげ、邪神との死闘の末に勝利し平和を取り戻しました。
二人の少女は帰還の日、仲間達と共に何を話したのかわかりません。
しかし、ナツと狼によって育てられた羊人は別れ際の言葉を覚えていました。
『どこにいても、幾年経っても愛していると。』
それが互いに言った最後の言葉なのだそうです。
後日談
狼は神狼となり、各地を回りました。
二人の英雄の努力を無下にしないようにと各国の問題を解決して回っていたのです。時々その旅にはエルフの青年や人間の魔術士が混じっていました。
そしてその功績や力を見て神狼に婚約をしようとするものも多かったそうですが、その都度次のように語りました。
「生涯、俺が愛してる女は一人しかいない。」
と突き返していたそうです。
その言葉を聞きとある部族はその者を探し出そうとし、とある貴族はその者を暗殺しようとし、そして挙げ句の果てには国がその者を探そうとする事態になりましたが。それは長く続きませんでした。
なぜならその者は異世界の住人でもうこの世界におらず、そして邪神を滅ぼし世界を救った英雄ナツであったことが後になってわかったからでした。
何より英雄ナツの暴言を吐くと神狼かすごい剣幕で怒り、その様子を見て大層怯えたそうです。
そして、決め手となったのはとある国が神託を受けた神狼により滅びたことにより、恐怖の方が優ったことが大きかったそうです。
最後に、英雄ナツがいなくなって寂しくないかとある人物が尋ねたそうです。
すると神狼は笑みを浮かべて次のように述べていました。
「ナツは戻ってくると言っていた。なら俺があいつを信じなくて誰があいつを信じるんだ?それに…なんだか本当に帰ってきそうな気がするんだ。」
神狼は今でも英雄ナツの帰りを待っています。
◇◇◇
「いや〜…、やはりこの本を超える物語って難しいですね。」
魔王城の下町にある大きなお屋敷の一室で眼鏡をかけ、ネグリジェを着た一人の女性がソファーに腰掛け本を読みながら物語の思考を巡らせていました。
名はセーブル、吟遊詩人兼小説家でありました。
「それにしても最近になって別れ際に何を語っておられたのか気になるのですよね。ものすごい気になる…。」
ソファーから立ち上がりうろうろしているといきなり空間から、小さな少女が現れました。
「いる?セーブルさん。」
「うわわわわわ!びっくりしますよ魔王様。…今日は変装なさっているのですね。」
「人目につくからな。」
魔王はソファーに腰掛け、ふとセーブルの持ってる本に目をやりました。
「時にセーブルさん、あなたがその本の著作者なわけだが…ちょっと面白い話があるのだが聞く?」
「?」
「実はー…、もしかしたらその本に新たなる後日談が生まれるかもしれないのよ。」
セーブルは目を見開いた。
「え?神狼さんと英雄ナツはもう会えないって…。」
「んっふっふ〜…、最近神狼が大移動したのは知ってるでしょ?」
「はい…北東の光の柱に向かって…。」
魔王は満面の笑みで次のように述べた。
「内密にして欲しいんだけど、あの光の柱の正体、英雄ナツなのよ。」
衝撃の言葉にセーブルは硬直した。
「正確には再び転生して降りてきたみたいなのよね。」
「な…なーんてロマンチックな!」
セーブルは興奮して飛び跳ねた。
その後、新たな御伽噺本によりセーブルが偉人となったのは遠いあとのお話でした。
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