第27話『幕引き 2』

「永遠の絆か知らないけどさ、この状況でそんな事されると普通に引くんだけど」

「な、なんで、どうしてそんな事を言うの!?」

「いやいや、だって……良かったね、水谷さん。思い描いたものとは違っただろうけど、結局は、あなたの望んだ結果になって」

「私が……望んだ?」

「だってそうでしょ。これで、津山さんから徹も、咲さんまで奪って、本格的に独占状態に出来たんだから。高校卒業したら同棲でも始めちゃうんじゃない?」


 普段教室では静かに本を読んでいるか、徹と他愛もない話をしているだけの印象に残りにくい私。その私が饒舌に喋り、圧を掛けたり、煽ったり……普段とは全く違う印象を与える私に困惑する2人。無理もない、私自身、早くこの場を立ち去ってこんな演技を止めてしまいたいくらい、普段とはかけ離れているんだから。

 

「違うよ、計画とか、成功とか失敗とか、そんなの関係なく、私は私自身の意思で知恵ちゃんと一緒に居たいって、親友で居たいって思ってるの。割こうとしても無駄だよ」

「自分の意思、か……そうだろうね、それしか選択肢が無いもんね。水谷さんと一緒に居たい、じゃなくて、水谷さんと一緒に居るしかないんだもんね」

「だから────っ!」


 周囲を敵に回した以上、後は傷を舐め合うように一緒に居る、それしかない。その選択を取ってくれたおかげで、私たちも自由に動けるんだけどね。 

 

「安心してよ、流石に2人の親にまで今回の件を話す気は無いからさ。何より、咲さんも裕也くんも、そんな事望んで無かったから。良かったね、味方が増えて。妹さんと弟くんのおかげだね」


 嫌味っぽくそれだけ言って、2人に背を向ける。これ以上顔を見てると余計な事まで言って、余計な事までしてしまいそうだから。

 だから、最後に、少しだけ意地悪をする事にした。


「今回の件、津山さんは自分の恋心を押し殺して、自分を犠牲にして、それでも妹の咲さんの幸せを選んだ……けど、失敗した。つまりはただ、自分のあるはずだった、手にしていた幸せを捨てただけ」

「……」

 

 ゆっくりと、はっきりと、2人の脳に刻み込むように話を続ける。


「徹はそんな身勝手な行動の所為で幸せを奪われて、深く傷ついた。周りを心配させないようにか、知らないけど、あれでも当日は咲さんに泣きつく程に傷付いたって、そう言ってたよ。悔しいけど、可哀想だよね……あなたと歩むはずだった未来、歩めるはずだった未来、歩みたかった未来を、突然、奪われたんだから」

「……」


 津山さんは何も言わない────言えない。


「裕也くんはまあ、協力者だからそっち側に見えるけどさ、話してみたら、久しぶりに見る元気な姿のお姉ちゃんの頼みが断れなかったんだって。優しい弟さん、だから、それを優先して徹や咲さんを傷つけた事、後悔してたよ。酷いお姉ちゃんだね」

「……裕也」


 水谷さんの顔色が青ざめ、先程までの事もあり限界に達したのか、その場に膝をついた。


「最後に咲さんはね、この一連の件を、全部自分の所為だって思ってるみたい。そうじゃないよ、って3人で説得してたんだけど、受け入れてくれなくて……可哀想だよね。ただでさえ、自分の好きな相手が姉と付き合っただけでも苦しんだだろうに、ようやく立ち直ろうって時にこんな事になって。ねえ、この計画、誰が幸せになる為に立てられたんだっけ?あっ、私?」


 煽りながら質問をしても返答が返ってこないどころか大した反応も無くなってしまったので、「じゃあね」とだけ言い残し、私は屋上を後にした。

 なぜ、あんな意地悪をしたのか、そんなのは簡単だ。謝る人に謝って、それでお終い。後は2人で寄り添って過ごせば良いだけ────なんて甘い考えを持った2人に、罪悪感を与え、もしくは罪悪感を強くさせたかったから。

 自分たちのした事をちゃんと、理解してもらいたかったから。


「さて」

 

 少し落ち着けば、私が残した最後の仕掛けに気付く事だろう。

 私が残した────徹からの、津山さんに向けた手紙を。

 昨日、ダメもとで頼んだら読ませてくれた手紙には、『ずっと一緒にいたかった』とか『行きたい事もしたい事もまだたくさんあった』とか『結婚して幸せな家庭を想像してた』とか、罪悪感を抱かせるような、明るい未来を望んでいた事が記されていた。

 そして、最後には『ありがとう。浮気してくれたおかげで、オレは幸せだ』の一文。

 その未来を、否定する一文。


「津山さんの事を心から愛していた事を伝え、明るい未来を勝手に想像して幸せを感じていた事を伝えて、最後に────私との時間の方が幸せを感じていると伝える、か……怒られたり、許してもらえない事より辛いだろうなあ」


 ちなみにさっきのあの一文、続きがある。

 本当に、最後の一文。2人の関係の最期の一文。


『謝りに来なくていい、その代わりオレと彩華に今後一切関わらないでくれ』


 それで締めくくられた手紙を読んで、津山さんは何を思うんだろうか、そんな親友を見て水谷さんは何を思うんだろうか。


「まっ、関係ない事か」

 

 徹もその気な様に、私も彼女たちと今後関わる気は一切無い。だから、そんな無駄な事を考えるよりも、目の前の幸せに期待を膨らませていた方が良い。


「褒めてくれる、かな」


 そんな事を期待しながら、私は彼の待つ教室へと足を進めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る