第10話『思いを伝える 1』

 私がお姉ちゃんへの態度を変えて1週間後。午後11時。 

 勉強を終え、明日の学校に備え就寝の準備をしていると、部屋がノックされました。両親はもう既に寝ている時間帯なので、自ずと誰か分かってしまいます。だから、私は返事を返すことなく無視をしました。


「咲ちゃん、入るね」


 寝ているフリをする時間も無く、返事もしていないのに扉が開かれました。私は悩んだ上、視線を向ける事にしました。この1週間、初日を除いてお姉ちゃんが私の部屋を訪ねたのが初めてだったからです。

 きっと、何かを思い、何かを確認する為に訪れたに違いありませんから。


「……なに?」

「あの……聞きたいことがあって。……咲ちゃんが、怒ってる理由」

「理由、ね。気付いたからこうして来たんじゃないの?」

「……知ってるん、だよね。その────……」


 そこで言葉が詰まり、静寂が訪れました。私は助け船を出しません。だからと言ってイラついた様子を見せる事もしない。ただ、待っていました。


「────私が……とおるくん以外の人と……付き合ったこと」


 遂に、お姉ちゃんの口から、それが真実であったことを知らされました。お兄さんの話を全く疑っていなかったのですが、やはり、本人から直接聞いた方が真実味を増します。この言葉を引き出す目的も、今回はあったので、それが達成出来ました。


「知らなかったよ」

「え?」

「嘘、知ってた。というか、分かりやすかったからね。確証は無かったけど、最初に疑ったのは私だったから」


 ちょっと意地悪してみようかと思ったけど、無意味な事に気付いて止めました。代わりに、新しい情報を与えます。


「お兄さんに相談してる時に丁度お姉ちゃんを────他の男の人と歩いているお姉ちゃんを見つけて……手遅れだった。もっと早くに教えてあげられたら……」


 あの日の事を思い出します。お兄さんがお姉ちゃんの事を見つけて、逃げ出した後、私が部屋を訪れた時の事を。


                  *


「そんなこと出来ませんっ!」


 私の声が部屋中に響き渡り、そんな大声を出した自分が一番驚きました。お兄さんも驚いています。でも、そんな事を気にしている場合では無いです。お兄さんの考えを正さないと、間違いを訂正しないと!


「浮気されても仕方がない、そんな事無いんです。浮気はした時点で、どんな状況でも悪なんです。だから、お兄さんは何も悪くありません」

「でも、オレがダメなやつだから……他の男に目移りするくらい魅力が無くて────」

「お兄さんはダメな人じゃないです!魅力が無いなんて、そんな事言わないでください!」


 息が切れそうになるほどの大きな声で否定しました。じゃないと、伝わらない気がしたから。本当にそう思っていると、私の本心から出た言葉だと。


「……まず、仮にお姉ちゃんに魅力を感じなくなった時、他の女の子が好きになったと考えてください。そんな事を思う思わないでは無く、想像してください」


 私の感情の振れ幅に戸惑いながらも、お願いした通りにその状況を想像してくれています。


「その女の子と付き合いたい場合、お兄さんならどうしますか?」

「……別れる、三鈴と」

「そう、そうなんですよ。本来、その過程がいるんです」


 お姉ちゃんを見ている限り、お兄さんと遊ぶ頻度は減っていました。というか、休日は浮気相手を優先していたように見えます。だったら、お兄さんと別れるつもりなら出来たと思います。


「問題は、お姉ちゃんがなぜ、それをしなかったか」

「考えたくも無いし、知りたくも無いな」

「そうですね。私も実の姉がどんな酷い思考をしていたか、そんな事知りたくありません」


 大好きなお姉ちゃんがどんな事を思い、なぜこんな酷い事をしたのか、それを知ったところで楽しい事も嬉しい事も無く、ただ辛くて不快なだけ。

 それなら、知りたくない。


「ですが、お兄さんが自身の事を悪く言う必要は無い事の証明にはなります。酷い言い方をすれば、お兄さんの事をキープしていたことになるんですから」

「……でも、劣ったってことだろ。あの男より」

「お姉ちゃんは見る目が無いだけです。私は────……私は、お兄さんと……結婚できるくらい……お兄さんが好きですよ」

「え」


 思わず言葉が詰まるお兄さんを見て私の顔が熱くなるのを感じました。成り行きとはいえ、告白同然、いや、もうプロポーズ同然の事を言ってしまいました。お兄さんとは違う意味で逃げ出したくなってきて、だけど、頑張って堪えました。


「さっきのは忘れてください!い、今はお兄さんの事が大切です!」


 なんとか話を引き戻そうとするが、私自身が全く落ち着きが無く、一度深呼吸をします。ほんの少しですが落ち着きを戻し、話を進めます。


「お兄さん、今思っている本音をぶちまけてください。誰かに聞かれれば引かれるようなレベルでも、幼稚なレベルの暴言でも構いません。私がお姉ちゃんの妹という事は気にしないでください」


 そう言ってお兄さんの右手を握り、安心させます。


「私がお兄さんを軽蔑したのなら、この手を放します。さあ、どうぞ」

「い、いや、そんなこと急に言われても────」

「お願いします」


 こんな、こんなことでお兄さんの心が壊れるなんて、そんな事に過ごせません。私が居るから強がっているだけだと、そう確信しているのでだから吐き出させます。傍に人が居る方が、気持ちがより楽になりますから。


「じゃあ……う、浮気しやがって……」

「それだけ、ですか?」

「あ、あんな男と、浮気しやがって……バカ。バカだよ……。オレの事嫌いになったんなら、どうでも良くなったなら……だったら、別れてからにしろよ」


 初めは緊張と恥ずかしさで小さく詰まっていた言葉も、段々大きく流暢になっていく。

 そうなったら止まらず、今回の件だけでなく、日頃から抱いていた不満を言葉にするお兄さん。私はお兄さんの手を固く握り続け、その話を聞き続けました。

 段々と、お兄さんの目から涙が溢れているのに気づいていましたが、止めませんし、お兄さん自身も止まる気がありませんでした。

 似たような不満を言い続け、やがて言う事が無くなったのか、言葉が止まります。

 そのタイミングで、私はお兄さんの右手を握る力を強め、気持ちを伝えました。私は、お兄さんが好きです、と。

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