第8話『言葉にして伝える 1』

 金曜日の放課後になり、オレは人目が無くなる屋上へと足を運ぶ。昼休みには数人、暑さや寒さを気にせず食事をする生徒は居るが、放課後になるとわざわざ屋上を訪れる必要性は無くなる。

 故に、誰にも聞かれたくない話、相談事をする時には都合が良い。告白をするなら、校舎裏より屋上と言うのが、この学校の生徒の共通認識。用も無いのに屋上に行かないは、この学校の生徒の暗黙の了解だ。


「まだ居ないか」


 相手を待たせてはいけないとホームルームが終わってから急ぎ足で来たため、安堵する。授業数に変わりは無い為、すぐに来るだろうと、ベンチに座らず、帰宅や、部活動に励もうとする生徒を見下ろす。

 何かを察して帰られてもすぐに気付けるように。


「ごめん、お待たせ」

「いや、オレも今来たところだから」


 デートの時は相手に気を遣わせないよう何分、何十分待ってもそう言うが、今回は事実として伝える。


「それもそうだよね。……それで、話って?」


 話がある、そう屋上に呼び出したのは昨日の夜のメッセージで。返信は無く、会い辛さから無視されているか、ブロックされているかと思ったが、そうでは無かったらしい。


「良かったよ、まだあのアプリ消されて無くて」

「え、うん……なんだか消せなくて」


 互いに互いだけしかアカウントを教えていないチャットアプリ。それは以前、咲ちゃんの目の前で消したものとは違う、咲ちゃんが知らないもの。

 念の為にアプリを消さず残しておいて、残してくれていて、そのおかげでこうして会えた。手紙で呼び出すと言うリスクを払わずに済んだのは素直に助かった。


「消せなかった理由は、なんとなくか?それとも────」


 一度言葉を区切り、三鈴としっかりと視線を合わす。


「───オレが別れるって、ちゃんと伝えなかったからか?」


 その言葉を聞いて、少しだけ目が見開いた。

 

「あの日は動揺して、上手く伝えられなかった。余裕が無かったんだ」


 謝罪の言葉を告げると、三鈴が首を横に振り、頭を下げる。


「こっちこそ、ごめん。変な態度取った所為で、知恵ちゃんが────」


 知恵があの日オレに接触し言った、『あんたが浮気したから!』というのは、実際には三鈴の言葉では無いらしい。

 知恵の暴走、三鈴が自身の元気の無さを隠し誤魔化す為に不安になり、そこでオレとの関りの消失。オレたちの態度の違いを見て、まさかとかまをかけた結果があの日の言動らしい。

 それを聞いて思い出したのは知恵が現在は演劇部に所属している事。加えて感じていた違和感。

 知恵も、立花も三鈴からまだオレに対する恋心が残っている事を示唆していた。なのに、オレに嫌われるような嘘を言ったことが気になっていた。

 それが解消された。


「それで殴られたんじゃ、たまったもんじゃないな」

「『三鈴を悲しませたら殴るって約束を果たしてきた』って言ってたよ」

「あー、言われてたなそんなこと」


 自業自得と言いたいところだが、納得しておくことにしよう。先払いみたいなものだ。


「話は逸れたけど、理由は敢えて言わない。言っても仕方が無い事だから。……別れてくれ」


 ここに来て、三鈴は一度も笑顔を浮かべていない。ずっと、不安と罪悪感を感じさせる表情で、オレと話していた。

 たとえ浮気されても、別れても、やっぱり好きだった女の子。

 笑顔で居て欲しいのが本心で、こんな顔を見たくは無かった。

 別れたくなんて、無かった。


「今回の事を許そうと思えば許せる。三鈴の様子を見るに、あいつとはもう別れたんだろ?」

「うん、あの日に」

「オレにはまだ三鈴の事を好きだって気持ちは少なくても残ってる。三鈴もオレの事を好きでいてくれるなら付き合う事も可能なんだと思う」

「……信用、出来ないよね」

「ああ」


 信用できない、だから付き合えない。単純な事だ。


「三鈴も、オレと付き合えば変な気を遣うだろ。信用されようとして色々と思考を巡らす。なら、別れた方が互いの為だ」

「そう……だね。私には拒否権はないよ」


 三鈴は泣くのを堪えている。

 堪えていたが、しかし、それもすぐに崩れる。


「ごめんね、それと、今まで、ありがとう」 

 

 嗚咽混じりに無きながらの謝罪と、今までの感謝を言ってくれた。三鈴自身、きっと理解しているのだろう。自分は加害者で、泣いていい立場では無い事を。


「なんで浮気なんて────そんな事は聞かない。でも、その原因の1つには、オレがあるはずだ」


 そんな事はない、と首を横に振るが、オレはそれを認めない。

 浮気をするという事は、浮気をしたいと思える存在であるという事。だから、オレにも非がある。


「だから、ごめん。それと、オレからもありがとう」


 勘違いされているかもしれないが、オレだって、三鈴と同じ気持ちなんだ。別れたくなんて無い。ただ、それと同時にこれ以上傷つきたくないとも思ってしまっている。信じてあげたいけど、信じられない。そんな自分に少しの苛立ちを覚えた。

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