第5話『さよならの日 5』 

 背後に現れた咲ちゃんに驚き、更にその怒った表情にも驚いた知恵は、手の力を緩め、腕を降ろし、拳を解いた。

 それを見た咲ちゃんはこちらに歩いてきて、オレと知恵の間に割って入る。


「お兄さんに暴力を振った、その理由はもちろん納得できるものなんですよね?」

「も、もちろん!」


 そして知恵は「咲ちゃんは知ってるだろうけど」という前置きで始め、三鈴から聞いた話を再び話す。

 それを聞き終えた咲ちゃんは首を左右に振り、呆れたように言う。


「ありえません」

「ありえないって……」


 咲ちゃんは動揺も何も無く、しかし、怒りの感情は変わらず────いや、恐らく怒りの矛先が知恵から三鈴に代わったかもしれないけれどそれだけ、だから逆に知恵が動揺を顔にする。

 

「そんな話を、知恵さんは信じたんですか?そんなくだらない嘘を信じて、お兄さんに暴力を振ったんですね」

「嘘じゃないよ!実際に三鈴元気なかったし!」

「お兄さんにも別れを告げられ、おそらく浮気相手とも別れたんでしょう。お兄さんの話を聞く限り、相手はお姉ちゃんに他の彼氏が居たことを知らなかった様子でしたし」


 確かに、あの場面なら、「もしかして三鈴の彼氏?」と聞かれてもおかしくはない状況。だけど、彼はオレの存在に驚き、三鈴に疑いの目を向けていた。


「ほ、本当なの?」

「ああ。三鈴の元気がない理由は正確には分からないけど、浮気をしたのは三鈴だって事は胸を張って確信を持って言える。悪いけど、そんな心の余裕は無くて写真は撮れなかったけどな」


 だから証拠はない。

 これで知恵が三鈴を信じると言うなら、それを止める手立てはない。


「……分かった」

「信じてくれる、って訳じゃないんだろ?」

「うん。でも、三鈴の話も信じない。どっちかが相手の話が嘘だって証拠を見せてくれたら、そっちを信じる」

「それって……」

「今から三鈴と話してくる」


 正しい判断だと思う。

 知恵自身の為に正しい判断。

 疑いの目を向けながら一緒に居るのは辛いだろうから。


「なら、三鈴に伝言を頼んで良いか?」

「伝言?」

「あの男と接触する、それだけ伝えてくれ」

「……分かった」


 こちらの意図を理解したのか、詳細は聞いてくることなく彼女はこの場を後にした。

 

「ありがとう咲ちゃん、助かったよ」

「お兄さんの予想当たってましたね」

「まさかオレが浮気したことにするとは思って無かったけどな。酷くても7対3、良くて5対5の両成敗だと予想してたから大きく外れたよ」

「でも、どんな結果でも知恵さんが絡んでくるって予想は合ってましたよ」


 三鈴は自分が嫌いになったから、なんて言う事は考え辛かったから、だから知恵が怒る事を想像するのは容易だった。

 咲ちゃんに念の為お願いしておいて良かった。

 

「昼休みにオレの教室に来て、オレが居なかったら探して欲しい。必要が無い時は連絡する。放課後も同じで」


 それが先日、三鈴と別れた後に咲ちゃんにお願いした内容。おかげで教師に見つかるという面倒ごとは避けられた。

 

「後は、オレの伝言を伝えてくれれば、三鈴がこれ以上話を広める事は無いはずだけど」

「お姉ちゃんが動揺すれば知恵さんもお兄さんの話を信じ始めますね。一石二鳥です」


 現状、もう出来る事は無いし、これ以上人気のないところに2人で居るのは危険という事で、解散となった。

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