第4話『さよならの日 4』

 三鈴と別れた翌日、月曜日。

 あんな事があっても当然の様に学校には行かなければいけない訳で、そうなれば突然、三鈴とすれ違う事もある。隣のクラスだし。


「……」

「……」


 何も言葉を交わすことなく、オレに関しては気まずさから視線を逸らしてしまい、だから周囲が異変を察知する。

 関係を隠している訳でもなく、喧嘩なんてしたことが無いオレたちがこうしてすれ違ったのにこの態度を取るのは互いのクラスメイトから見れば異様な光景に映る。

 きっとこれから三鈴は隣を歩いていた友達に質問攻めに遭うだろう。そこでは確実に本当の事を言わない。言えば、自分を取り巻く環境が激変し、浮いた存在になってしまうから。それは避けたいはず。

 オレとしても、ただ別れたと伝えてくれればそれで良い。

 そう思っていた放課後、その三鈴の女友達────知恵ともえに声を掛けられ、連行。この時間には人通りが無くなる理科室前へとやってきた。


「2人って、2月くらいから付き合ってるよね」


 オレに背中を向けたまま、そんな話を始める。頷いただけでは見えないだろうから、ああ、と返事をする。

 1年が終わる直前、オレたちは恋人になったのは事実だから。


「付き合って、まだ半年くらいだけど、それでも、あんな風に空気悪い2人初めて見たの。三鈴も元気ないし」

「心配させたんだったら謝────」


 謝る意思を見せようとすると、それが気に食わなかったのか、振り返ると、一度その場で右足を上げ、そのまま勢いよく下ろす。静かな空間に乾いた音が響く。


「謝るのは私じゃなくて三鈴にでしょ!」


 今まで彼女を何度か見かけた時は、明るく、誰と接してもその明るさは消えない雰囲気を醸し出していたのに、今はそれは無い。敵を見るかのような鋭い視線をオレに向けている。


「あんたが浮気したから!だから別れて、三鈴あんなに傷付いて!!」


 そういう事か。

 ただの痴話げんかで済ませるか、理由をはぐらかせて別れたと告げるか、どっちだろうと思っていたが、これは予想外な展開だ。


「三鈴から聞いたのか?」

「当たり前でしょ!あの子ったら、あんたに迷惑掛けたくないからって、誰にも言わないでって、そう言ってた。酷い事されてもあんたのことを思ってそんなこと言って来たの!そんな優しい子が傷付けれてるのを知って、私……絶対に許さないから!三鈴が許しても私は絶対に!」


 面倒な事をしてくれた────それが今の素直な感想。

 別にここで知恵に2、3発殴られるくらいで彼女の気が収まるのなら、それでもいいんだけれど、絶対にそれだけじゃ済まないと本能が警鐘を鳴らしている。

 言い振らされれば、平穏な学校生活は終わりを告げ、目も当てられないような辛い日々が始まるだろう。

 それは勘弁願いたい。


「この件に関して言えば、オレを許す許さないなんてそんな事、関係ないんだけどな」

「……どういう意味よ」

「廊下ですれ違った時、関わりたくないと、無視をしたのはオレの方。ついでに言えば、怒っているのもオレの方だ」


 理解できないというような表情をしていたが、直ぐに顔を引き締め噛みついてくる。


「逆ギレ?」

「違う、正式にオレは被害者で、三鈴が加害者だ」

「……三鈴が、加害者?」

「そうだ。お前は信じないかもしれないけど、その三鈴が話した内容、それは逆で、浮気したのは三鈴の方だ」

「そ、そんなわけないでしょ!」


 もう一度その場で足を上げ、勢いよく下ろす。

 

「三鈴を信じないなんて選択肢がお前に無いのは分かってる。だけどそれが事実だ、残念ながら証拠は無いけどな」

「だったら!」

「三鈴はその話、何か証拠を見せて来たか?」

「……っ」


 もし偽物の証拠を持ってきたらそれを潰せば疑いの目を向けられただろうが、残念ながらそれは無いらしく、黙るだけ。


「私は……私は証拠なんて無くても三鈴を信じる!」

「なら、好きにすれば良い。お前は三鈴の望みを裏切ってまでその嘘の話を広める事はしないだろうしな」

「くっ、この!」


 知恵が飛び込んできて、拳をオレの顔面目掛けて飛ばしてくる。

 高校では未所属だが、中学時代はバスケ部で活躍していた知恵の動きは俊敏というか無駄な動きが無く────だけど、単調だった。

 それに、高校2年生で、現在彼女は身体を鍛えるような事はしていない。もしかしたらランニングや筋トレくらいはしているかもしれないが、それでも、この歳の男女の差を埋めるには、それに特化した鍛え方をしないといけない。


「これが、許さないってやつか?」


 多少手に痛みを感じたが、止められない強さじゃない。

 

「くそ!」


 諦めず、空いている手で再び殴りに掛かるが、そちらは利き手ではない左手。先程より止めるのは容易い。


「やめてください!」


 そんなオレたちの一方的な揉め事を止めるべく声を上げた者が居た。

 1つ年下、即ち1年生の生徒、三鈴の妹である咲ちゃんだった。

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