第3話『さよならの日 3』

 さきちゃんの来訪によって、流す準備が出来ていた涙は引っ込み、気持ちが落ち着いて冷静になった。

 お化け屋敷に入った時、隣で怖がる人が居れば逆に冷静になるみたいな、そんな感覚に似ている。それでも怖いものは怖い。だから、悲しいものは悲しいのだけれど。


「すみませんでした。お兄さんが一番辛いのに、私の方が慰めてもらっちゃって」


 顔を上げ、必死に浮かべた笑顔でそう言う咲ちゃん。

 実際どうなんだろう。恋人に浮気された側と、浮気した方の家族、どちらが辛いか。結婚をしていたり、子どもがいたり、状況が違えばその答えも違うだろうが、今回の場合は学生同士の付き合い。真剣にと言っても、周りの大人はその真剣さを本人程感じない関係。

 だったら、俺の方が辛いと考えるのが普通か。

 だけど、目の前に居る咲ちゃんを見れば、その考えが確証を持てなくなっている。

 それは当然の事だ。だって、咲ちゃんもまだ子どもなんだから。オレよりも年下で、だから大好きな姉のそんな行為が許せないのだ。


「オレは……こんな事を言ったら薄情に聞こえるかもしれないけど、これで縁が切れたから。クラスも別だしね」


 同じクラスだったのは1年時の事。2年である現在は別のクラスだから、偶然関わることになる可能性も低い。


「見かけてもどちらかが関わろうと思わなければ関わることは無いから。連絡先も……消せばそれでお終い」


 そう言って実際に三鈴みすずの連絡先を消す。

 これで繋がりは消えた。あるのは同じ学校に通う生徒という共通点だけ。


「だけど、家族はそうもいかないから」

「私、どうやってお姉ちゃんと接すれば良いのか……分かりません」


 咲ちゃんの事を思えば、三鈴が浮気していた事を話したのは間違いだったかもしれない。適当なこと言って、三鈴と口裏合わせて、別れてはいるが原因は浮気じゃない、そう捏造することも出来たはずだ。

 自分一人で抱え込むことだ難しくて、苦しくて、つい話してしまった過去の自分を悔やむ。


「だけど無視してたら、親に不思議に思われて事情を聞かれるんじゃない?オレの思い違いだったら謝るけど、咲ちゃん、三鈴がした事話したくないでしょ?」

「……はい」


 自分の娘がそんな事をしたなんて知ったら、あの娘を溺愛する両親は何をしでかすか分からない。オレか、あの男が悪いとし、娘を守ることだって考えられる。もしくは愛しているから故の叱責を三鈴に与えるか……予測は出来ない。


「大事にしたくないなら、咲ちゃんは変わらない様子で過ごすしかないよ。今日聞いたことは忘れて────ってのは無理だろうから、終わった事と処理して」

「終わった事……」

「オレは……喧嘩して、ムカついて、一方的に別れを告げた悪い奴。もし、三鈴があの男と歩いているところを親に見られたら、そう説明すれば良い」


 三鈴の家に遊びに行った事は何度もあるから、親との面識もある。それが無くなれば、その事について聞いてくるだろうから、その時の回避方法は授けておかないといけない。嘘が全てでなく、事実を交えたものを。


「だ、駄目です!そんなこと!」

「でも、事実だから」


 違う点と言えば、『別れよう』といった恋人関係を解消する発言をしてないこと。一応、『さよなら』とは伝えたが、どう捉えられたかは分からない。さすがに、状況的に通じてはいるだろうけど。


「だけど、それだと、お兄さんが悪者に……」

「オレは大丈夫だから。咲ちゃんはすぐには無理だろうけど、三鈴がしたことを許してやって。オレが駄目な人間だから、だから浮気したんだって思えばすぐに────」

「そんなこと出来ませんっ!」


 今日一番の大きな声が、オレと咲ちゃんしか居ないリビングに響いた。

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