第2話『さよならの日 2』

 さきちゃんがオレの家に来る1時間程前のこと。

 金曜日の夜、つまり昨晩の時点でオレは三鈴みすずに『明日、遊べる?』とメッセージを送っていた。

 先週、先々週と彼女に予定があった為に遊べなかったので、是非とも遊びたかったのだが、返事は前回と同じものに加え一言、『予定があるから、ごめんね。来週は遊べるから』だった。

 そう言われれば、それ以上誘う事も我儘を言う事も出来ない。『分かった。楽しみにしてる』とだけ返して会話は終わり。

 そして当日。つまり今日。当ても無く最寄りの栄えている駅周辺を歩いていると、ポケットに入れていたスマホが小刻みに震え出した。誰かからの着信だ。

 取り出して確認すると『津山咲』の文字。


「もしもし」

「お、お兄さん……ごめんなさい、突然」


 なんだか様子がおかしい。


「それは良いんだけど、珍しいね。なんかあったの?」

「いえ、あの……聞きたいことが、あって」

「聞きたいこと?」


 元気が無く歯切れが悪い。

 もう何度も会ってるし、そもそも人見知りで緊張するタイプじゃないから、その様子に不安になってしまう。


「近くにお姉ちゃんが居ます────いえ、そもそも、今日、お姉ちゃんと会う約束、してましたか?」


 声が震えている、怯えているのか?

 なにに……オレに?


「いや、誘ったけど断られたよ。予定があるってさ。先週も先々週もだったんだけど、咲ちゃん何か知らない?」

「……そう、なんですか。……ごめんなさい」

「咲ちゃん?」


 それから返事が無くなってしまった咲ちゃんに戸惑っていると休日の栄えている駅周辺。多少人ごみの多い中、意識を逸らしていても────だけど、見逃さなかった。

 すれ違った一瞬でも、気付いたんだ。


「三鈴?」


 呼びかけると、三鈴は驚いた様に肩を跳ねさせて、その場で足を止める。電話向こうの咲ちゃんも驚いたような声を上げていたが、そのまま通話を切って、三鈴との距離を詰める。

 人混みとは言っても道が広いし、人気の祭り会場というほどじゃない。すぐに、三鈴の前に移動する。目を合わせられるように。

 三鈴の表情には焦りが窺える。

 それで、オレに見つかりたくなかったことが容易に想像が出来る。


「えっと、キミは?」

 

 三鈴と腕を組んで一緒に歩いていた男が、不思議そうに聞いてくる。

 しかし返事はせず三鈴からの言葉を待つオレに対して何を感じ取ったのか、組んでいた腕を外し、彼は静観する事にしたように、1歩、オレたちから距離を取った。


「……」


 それでも、三鈴は口を開かない。

 俯いて、視線をオレから外して、1分、2分と経過し、我慢しきれなくなったオレが、先に言葉を発した。

 

「さよなら」


 それ以上口を開けば、ただでさえ目立ち始めているのに、更に悪目立ちをする羽目になってしまうから。だからそれだけ言って、オレはその場から走り去った。


             *


「あの電話、結局咲ちゃんは何を知りたかったの?」


 明らかに様子がおかしかったあの電話。聞きたかった内容が三鈴と約束をしていたかだけなら、その説明にならない。


「それは────」

 

 咲ちゃんの話をまとめると、こうだった。

 三鈴はオレと遊ぶ時、約束の時間が迫ると、オレからの『今から向かう』というメッセージを合図に外で待ったり、偶にオレと合流する為に家を出たりする。

 オレの家の方向より、三鈴の家の方向の方が遊ぶ場所が遥かに多く、駅もそっち側にあるので、オレが迎えに行くのがいつもの流れになっていたのだ。

 だけど、先々週の事。咲ちゃんが見た様子だと、メッセージを受け取った感じは無く、不思議に思ったそう。

 ただ、見逃したこともあるし、そう言う事もあるだろう、とスルー。しかし翌週、同じ事が起こり、流石に気になった咲ちゃんは、今日、三鈴が家を出たのを確認したと、窓から玄関先を確認した。

 そこで見たのは、オレの家とは逆方向に1人で歩いていく三鈴の姿。

 オレと遊ぶと言っていた三鈴のその行動に、まさか、と思った咲ちゃんは、オレに確認を取った、というのが、今日までの流れらしい。


「本当に、ごめんなさい!」

「いや、咲ちゃんが謝る事じゃないって」


 頭を下げて謝る咲ちゃんに、止める様に言う。

 話を聞いた限りだと、咲ちゃんに出来る事は無かった。違和感に気付いた時にはもう、手遅れだったんだから。

 頭を上げ、ソファに座り直した咲ちゃんにオレは先ほどの話で疑問に思った事を聞いてみる事にした。


「オレに電話したのって、三鈴が家を出てから結構経ってるよね?そっちの家から駅まで、ここからよりは近くても、10分は掛かるし」


 三鈴に会ったのは、咲ちゃんからの電話に出てすぐの事だった。


「怖かったんです。お兄さんを傷つけるかもしれない事が……大好きなお姉ちゃんがそんな最低な行為をしてるって知りたく無かったから……」


 そう、だよな。

 そんな軽く聞ける状況じゃない。

 

「ごめん、無神経だった」

「良いんです。大丈夫ですから、どうか気にしないでください」

「ありがとう、心配してくれて」


 そう言って、咲ちゃんの頭を撫でる。

 迷ったけど、目に涙を浮かべる咲ちゃんに掛ける声が見つからず、出来る事がこれだけだったから。



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