彼女に浮気されて別れたので、新しい恋を始めます

紅葉

第1話『さよならの日 1』

 偶然というものは恐ろしい。

 

 偶然によって人は絶望する事だってあるし、逆に幸福になることもあるし……死ぬことだってある。

 

 オレは恋人を失った。


 勘違いをさせたかもしれないが、死んだわけじゃない。


 ある意味では死んだとも言えるかもしれないが、彼女は生きている。


 ただ、オレの事を愛してくれていた、オレの事だけを愛してくれていた彼女が、この世から居なくなってしまったのだ。


 彼女の愛が、他の男に向けられていたのだ。


「……さよなら」


 それだけ言って、オレはその場を走り去った。

 

                    *


 自宅に逃げ帰り、リビングに入ると壁に掛けられた時計が視界に入り、まだ12時を少し過ぎた時刻である事を知って安堵する。

 両親は一緒に出掛けていて、夕方まで帰って来ないはず。

 都合が良い。

 親が居たら叫ぶことも、泣くことも出来なかっただろうから。

 初の失恋で、しかも浮気されての失恋を味わって、家まで我慢していた涙を流し掛けていると、家中に呼び鈴が鳴り響いた。


「タイミングが悪いな」


 カメラを確認して、郵便物ぐらいなら受け取れるだろうと、それ以外なら無視をしようとしていると、そこに映っていたのは意外な人物だった。


「え」


 配達員では無い、制服を着ていないし。目立つ車も無いから。いや、そんな確認なんていらない、だって、知っている子だったから。良く知っている、オレの1つ年下の女の子────恋人の、いや恋人だった三鈴みすずの妹。

 さきちゃんが、息を切らしながらオレの応答を待っていた。


「ど、どうしたの?!」


 様子からするに走って来たのだろう、なら、緊急事態という可能性もある。


『開けてください!お願いします!』


 突然の事で頭が回っていなかったが、こんな画面越し、マイク越しの会話では無く、緊急事態の疑いがあるなら尚更出て行った方が得策だった。

 習慣づいた行動を恨みながら、扉へと走り出す。

 状況から察するにストーカーや凶器を持った通り魔に追いかけられたと考えてしまい、一応、武器になりそうな傘を持って外へ飛び出す。

 すぐに咲ちゃんの手を引いて家の中に連れ込み、鍵を掛けて、スマホを取り出す。 


「咲ちゃん、何があったのか教えてくれる?言い辛かったら警察に言ってくれればいいから」


 咲ちゃんの額には汗が浮かんでいて、余程怖い目に遭っていたのを予想してしまう。

 しかし────。


「け、警察?お、お姉ちゃん、そんなに酷い事をしたんですか?」


 警察を呼ぶのと、あいつが何の関係が……ああ。

 そこで俺は自分の早とちりだった事を理解し、スマホをポケットにしまって、傘を傘立てに戻す。


「私はただ、窓からお兄さんが走っているのが見えたので、話を聞こうと……」

「ごめん、そうだよね。連絡が遅くなってごめん」


 取り敢えず落ち着いて話をする為にさきちゃんをリビングへと案内した。

 

               

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