二〇三九年七月十八日 一一時三五分

防衛省市ヶ谷地区 内閣安全保障局本部

地下三十二階 車両開発部



 本田鈴香ちゃんとはスケルツォのメンテナンスをしてもらう時に知り合った。

 冗談みたいな名前だけど、本名だ。お父様がホンダの大ファンだとかでそんな名前になったんだって。ちなみにお姉さんは翼ちゃん。ホンダ技研のオートバイのウィングマークが由来らしいんだけど、『お母さん役をよく演じている女優さんと同じ名前なのがなんか嫌』って言ってるって、鈴香ちゃんが教えてくれた。

 三十二階のエレベーターホールは静かだった。三十五階とは大違いだ。

 それにドアが大きい。ホールも四倍くらい広い。床には白い線が描いてある。

「なんか、広いですね。無駄に広い感じ」

 左右を見回しながらわたしは和彦さんに聞いてみた。

「ああ、これか」

 白い矢印の描かれたフロアを見ながら、和彦さんは笑った。

 わたしは和彦さんの笑顔も好き。

 いつもは笑わないけど、笑うととっても可愛い顔をする。なんだか含羞んだ様な、ぶきっちょな笑顔。きっと笑ったことがあんまりないんだと思う。

「そこにな、」――と和彦さんが右側の扉を指し示す――、「地下二階から降りてくる車両搬入用のエレベーターがあるんだよ。だから、転回できるようにここも広く作られてるんだ」

 車両開発部のドアを開けると、そこには自動車の開発ラインが広がっていた。

 警告音を鳴らすオレンジ色のフォークリフトが黄色い回転灯を瞬かせながら縦横無尽に駆け巡り、天井のチェーンブロックが大きな部品やシャーシとかを釣り下げている。

 目の前には向かい合わせに六人座れるテーブルが置かれ、今も厳ついおじさんたちがテーブルに表示された図面を前にして、なにやら机を叩きながら激論を交わしている。

「松井、お前アホか。ここにエキゾーストトラップ作ったらエンジンルームに逆流するだろうが。他の場所を探せッ!」

「アホとはなんだよ、出力的にはそこが最適だ。これをどうやって実現させるのが俺たちの仕事だろうがよ」

 聴こえてくるのは超伝導モーターの駆動音や何かの工作機械の音だ。タービンみたいな音やタタタタタッという工具の音が遠くの方から響いてくる。

「あれ、マレスちゃん?」

 ホンダ技研のマークがついた箱を積み上げたオレンジ色の無人フォークリフトを誘導する鈴香ちゃんがわたしに気づく。

「やほー」

 わたしは鈴香ちゃんに手を振った。

「ちょーっと、待ってね。今仕舞っちゃうから」

 鈴香ちゃんはジェスチャーで無人のフォークリフトを部屋の片隅に誘導すると、腿のポケットから出したタブレットを使って荷物を降ろした。

「どうしたの? こんなところに」

「見てみたかったから連れてきてもらったの」

 ようやく隣にいる和彦さんに気づき、俄かに鈴香ちゃんが緊張する。

「あ、あ、さ、沢渡一尉、こんにちは」

 作業帽のひさしに手をやって敬礼。

 だが、和彦さんは軽く答礼を返しながらそれを制すると気さくに言った。

「気を使わなくてもいいよ、本田。それより、マレスがぶっ壊したスケルツォはどうなった?」

「は、はい。右後輪のモーター交換だけですから明日には実戦に再投入可能です。本日一八〇〇時に作業完了を見込んでいます」

 言うなり鈴香ちゃんは袖をひっぱると、わたしを物陰に引きずり込んだ。

「ちょ、ちょっと、なんで沢渡一尉がここにいるのよッ」

 ダンボールの影に隠れる鈴香ちゃんにつられてわたしも隣にしゃがみこむ。

「だって連れてきてもらったから……」

「く、来るんだったら事前に言ってよ。内線番号教えたじゃん」

「えー?」

 なんでそんなに慌てるんだろう。

「わー、やだー、今日お化粧してないのに」

「鈴香ちゃんはそのままで大丈夫だよ」

 ダンボールの影にしゃがみ込んで二人でひそひそと相談する。

「マレスちゃん、何言ってるのよ、あなたは白いからいいけど、わたし真っ黒だもん」

 ショートカットの鈴香ちゃんはわたしから見てもかわいい女の子だ。いつもオレンジ色のつなぎを着ているから判らないけど、スタイルもいいし、ぱっちりした目が可愛い。ちょっとサーキット焼けしているけど、水着を着たらレースクイーンだって出来る気がする。

「おーいマレス、何を相談してるんだ?」

 女の子の悩みにはめちゃめちゃ疎い和彦さんが困ったような声でわたしを呼ぶ。

 何しろわたしのシャツの後ろが背中からはみ出している事を平気で指摘するような人だ。デリカシーは期待できない。

 でもわたしは和彦さんの困った顔も好き。

 思わず、キュってしたくなる。なんか頼りなさそうな、いつもの和彦さんとは違う和彦さん。

 いけない、いけない。

「和彦さん、ちょっと待って」

 ダンボール越しに和彦さんに答えると、わたしは鈴香ちゃんにお願いした。

「ね、ここ案内してくれない? 今ね、局の中探検してるの」

「探検?」

「うん、だってまだ全部見てないんだもん」

「わたしだって見てないよ。マレスちゃんの居るフロアなんて怖くて行けないもん」

「今度案内してあげるよ。だからこっち教えて?」

「でも、何を見たいの? 油臭いだけでこんなとこ、マレスちゃんが見て面白いところなんてないと思うよ」

「んー」

 ちょっと考える。

「鈴香ちゃんが仕事してるとこ見せてくれればそれでいいかな」

「……嬢ちゃんたち、何しとるん?」

 と、突然、後ろから関西訛りのダミ声をかけられて文字通りわたしたちは飛び上がった。

「ひゃあッ」

わたしはびっくりしただけだったけど、鈴香ちゃんは本当に五十センチくらい飛び上がった。

「あ、雨さん?」

 振り返った鈴香ちゃんがびっくりした声をあげる。

 そっか、この人がマッド・雨宮。鈴香ちゃんの上司。和彦さんが言うところの『キチガイチューン』をする人だ。

「んー?」

 雨宮さんはわたしたちの後ろにしゃがみこんだまま、のんびりとわたしたちの顔を覗き込んだ。

 ぼさぼさの白い髪、年代物の丸いメガネに油で黒く汚れた青いツナギ。お腹やお尻のあたりが黒いのは、きっとその辺で手を拭っているからだろう。見た感じは小柄で気さくないいおじいさんって感じ。

「いいねえ、女の子の内緒話」

 片手で顎を撫でながらにこにこ笑っている。

 ふいに雨さんは伸び上がると、まだダンボールの壁の向こう側をうろうろしている和彦さんに声をかけた。

「おーい、沢渡大尉よ、ここにいたぞ」

「ああ、雨さん、すみません」

 和彦さんは小走りにやってくるとわたしに言った。

「どこかに行く時は先に言ってくれ。急にいなくなられると困る」

「ごめんなさい」

「で、何の話をしていたんだ?」

「鈴香ちゃんと見学のことを相談してたの」

「見学?」

 雨宮さんが訝しげな顔をする。

「よっこらせっと」

 立ち上がっても小柄な雨宮さんの頭は和彦さんの肩に届かない。百六十センチないかも。

「なんだい、何を見たいんだね?」

 雨宮さんはわたしに尋ねた。

 何をって言われると困ってしまう。つまるところ、わたしは和彦さんとぶらぶらしたかっただけ。何を見ようとか、そんな目的意識は特にない。

「何をってことはないんですけど、この建物の中で何をしてるか、知りたかったんです」

 わたしは雨宮さんに答えた。

「ふーん、なるほどねえ」

 雨宮さんの表情が少し、固くなる。

「そうは言われてもなあ、ここにさほど面白いものはないよ、お嬢ちゃん」

「なんでもいいです、見学ですから」

 わたしは雨宮さんに言った。

「なんか、珍しいもの見たいです」

「珍しいもの、ねえ。まあ、歩きながら考えようか」

 わたし達の先頭に立って、小柄な雨宮さんがぶらぶらと作業場を歩いていく。

 途中、雨宮さんはさっきから激論中のテーブルをのぞき込むと、

「松井よ」

 と顔を赤くして怒っているおじさんに後ろから声をかけた。

「あ、雨宮さん!」

 松井さんとその相手の人が立ち上がって直立不動の姿勢になる。

「なーにをさっきから揉めてるんだ。ちょい、見せてみ?」

「は、はい。このエキゾーストの取り回しが難しくて……」

「あー」

 顎を撫でながらテーブルに表示されている図面を見つめる。

 優しい人なのかと思っていたけど、いつの間にかに眼光が鋭くなっている。

「おいお前、こりゃポンコツだなあ。なんでこっちに回してる?」

「いえ、ツールに最適化させたらそうなって……」

「こっちに回すから面倒なことになるんだろうがよ」

 と、雨宮さんは図面を人差し指で指し示した。

「エンジンをひっくり返して反対側に回してごらん。すっきりするから。その方が熱関係でも有利だ。こっちに回したら車両の武器庫に熱が回っちまう。だいたい、トラップで逃げようって魂胆がくさっちょる。これは没」

「は、はいっ!」

「できたら、持っておいで。もう一度見てやろう」

 雨宮さんは松井さんの肩を叩くと、両手を後ろに組んで再びぶらぶらと歩き始めた。

 時折周囲を見回し、それぞれの作業の様子を観察する。

 なにしろこのフロアの責任者なのだ。そう言えばフロア長の技官の人は二佐と同等だって和彦さんが言っていたっけ。

 でも、笑顔の雨宮さんには二佐と呼ばれるような威圧感は感じられなかった。

 それまでぶらぶら歩いていた雨宮さんはふと立ち止まると、

「な? 油臭いだけで、ここには面白いものなんて何にもないよ。どうしたもんかね」

 雨宮さんは考え込んだ。

「……ゼロって見せちゃダメなんですか?」

 そのとき、鈴香ちゃんが助け舟を出した。

「ゼロ、か。まあ、いいか」

 雨宮さんは頷くとわたしに言った。

「まだ、他言無用なんだけどね。じゃあ見るかい? 秘密兵器」

 雨宮さんは鈴香ちゃんの提案が気に入ったのか、にこっと笑った。


+ + +


 二人が言ったゼロは、三菱自工が開発した重スポーツカーを改造した高速戦闘用の指揮車両だった。

 見た目は普通の四輪車。つまるところ、わたしが愛してやまないスケルツォ君と大して変わらない。

 ただし、ゼロにはほとんど窓がない。しかも車体重量は千八百キロ。千二百馬力のハイブリッド・ツインガスタービンエンジンを搭載している事を考えても重すぎる。千八百キロもの車体をコーナーリングさせるのは悪夢以外の何者でもない。

 対するスケルツォの車体はほとんどガラス張りだし、車体重量も一トンを切っている。わたしはやっぱりスケルツォ君の方が好きだ。

 スケルツォが機動性を重視した車両であることに対して、曲線で構成される、のっぺりとした全面装甲に覆われたゼロは防弾性能に特化した車両だった。複数の車外モニターカメラを使ったドライブシステムはゲームみたいで面白そうだったけど、肉眼で外を視認できない車はやっぱり怖い。

「ゼロって名前だけじゃないですか。零戦ってのは機動力があってナンボなんじゃないんですか?」

 模型飛行機が大好きな和彦さんが文句を言う。

「まあ、そう言わんといてくれよ。なんせ、三菱さんが設計思想を変えちゃったからねえ」

 フロアの奥の『立ち入り禁止』と書かれたシャッターのさらに奥、整備用リフトに乗せられたゼロの黒いボンネットに手を掛けながら雨宮さんが言う。

「でも、重銃撃戦ではこっちのほうが有利だろ」

 黒いカーボンに覆われたゼロのボディをポンポンと叩きながら雨宮さんが言う。

「ボディはフルカーボン、その下には空間装甲を配しとる。これならロケットの一、二発なら楽勝で凌げるはずだよ」

「俺たちには重銃撃戦なんて縁がないし、そんなのは歩兵戦車に任せればいい。俺たちは高機動車両が欲しいんですよ。装甲車は守備範囲外だ」

 和彦さんが雨宮さんに言う。

「だいたい、この車は重すぎるよ、雨さん。完全に代紋違いだ」

「あんたならそう言うと思っとったよ」

 雨宮さんがにこにこと笑う。

「だから、こっちも作ったんだ」

 雨宮さんはゼロの隣に置かれた、小さなものから銀色のシーツを芝居がかった仕草で剥ぎ取った。

「大尉殿もこれなら気に入るんじゃないか?」

 シーツの下から出てきたのは大きなバイクだった。

 カーボンの模様が見えるカウルに覆われた車体は大型スクーターと同じ、バケットシートに座るようなリカンベントタイプだ。

 ステアリングはなく、両側に小さなジョイスティックが備え付けられている。

「なんです、これは?」

 異様な車体に和彦さんが興味を示す。

ホーネットスズメバチって名前にしたよ。余ったIHIのエンジンを使って組んでみたんだ。市販車には搭載出来ないような特注品だぜ? パワーは折り紙付きだ」

 黒い大型スクーターはまるでジェットエンジンを跨いで座るような構造をしていた。

 雨宮さんの説明によれば、長く伸びた前輪の両側に大きな口を開くエアインテークから取り込まれた空気が両膝の間に置かれた燃焼室で加熱され、タービンを回した後にシートの下を流れて排気される。タービンから生じる電力が前後の超伝導モーターに流し込まれ、前後両輪で動力を発する二輪駆動車だ。

「アフターバーナーもつけたんだ」

 雨宮さんが嬉しそうに相好を崩す。

「ア、アフターバーナー?」

「ああ。発電タービンの直前に直噴燃料噴射機を四発、増設しているんだ。馬鹿みたいに燃料を食うがね、出力が五十%以上伸びる。アフターバーナー燃焼中は排気ルートを変えて車体下面のディフューザーに流すから空力性能も悪くないはずだ。もっとも、炊きすぎるとディフューザーが溶けちまうんだけどな」

「…………」

 呆れた表情で和彦さんが雨宮さんを見つめる。

 アフターバーナー付きのオートバイなんて聞いたことがない。

 さすが、マッド・雨宮。これじゃあ、走る火炎放射器だ。

「試験走行はしたんですか?」

「いんや、まだ」

 雨宮さんは肩を竦めた。

「誰も乗りたがらないんだ」

「……そりゃあ、そうだろうな」

「四百キロも行けると思うよ」

 頬の無精ひげを摘みながら雨宮さんが得意げな顔をする。

「だいたい四百キロって、どこで出すんです。そんな道は都内にはないぜ」

「限界は高いほうがいいってね」

「そうは言ってもなあ、雨さん、四百キロはやりすぎだよ」

 明らかに呆れ果てている。過激なものが好きな和彦さんが呆れるってのは相当だ。

「エンジン、火入れてみるかい?」

 雨宮さんは人の良さそうな笑顔をみせると、早速準備を始めた。

「いよっと」

 スタンドを上げ、何回か切り返しながら車体を頑丈そうな台の上に押し上げる。

 雨宮さんは車体の固定を確認してから、壁から伸びた太いパイプをタンクに繋げ、ノズルの根元にあるパネルを操作して燃料を流し始めた。

「雨さん、まさかここでやる気なのか?」

 珍しく、和彦さんが怯んだような表情を見せる。

「ドラフトがあるから排気は万全。見てみたいんだろう?」

「いや、見たくない」

「この部屋の防音は完璧だよ。それにこのエンジンはそんなにうるさくないぞ」

「そういう問題じゃあない。なあ、今日はやめようや、雨さん」

 あからさまに嫌がってる。

「まあまあ、そう言わず」

 雨宮さんは燃料パイプのノズルを壁のラックに戻すと、ゼロの運転席に跨った。

「左がギア、右がステアリング」

 両手でジョイスティックを握りながら説明する。

「左足がブレーキで右足はスロットルになってる。スティックのボタンは将来兵装追加することを考えて空けておいたよ」

 操縦は概ね車と同じだ。

 顎を撫でながら和彦さんはそれでもゼロの周りを一周した。

「雨さん、これだと操縦しにくいよ。跳ね上げ式のステアリングブロックはつけられないかな。そうすればニーグリップもできるし、体重移動も楽になる。操縦系もバイクに合わせてもらった方がいいかもな。スロットルペダルよりはグリップにスロットルがあった方が操縦しやすそうだ。右足を後輪ブレーキにして、ギアペダルもあったほうがいい。兵装ボタンは親指の部分におけるはずだよ」

「なるほど?」

 ふと手を止めた雨さんの人の好さそうな目が鈍く光る。

「確かに、体重移動のことはあまり考えていなかったよ。振り回すんだったらその方がいいかも知れんね。考えてみよう」

「でも、これって道交法的にどうなんですか?」

 わたしは雨宮さんに尋ねた。

「走る火炎放射器はさすがにまずいんじゃ……」

「知らんよ」

 雨宮さんはボタンがたくさんついた左スティックを楽しそうにいじりながら振り返ってわたしに言った。

 嬉しそうに笑っている。

 何が嬉しいんだろう。やっぱり、マッドだ。

「兵器に道交法は関係ないさ。戦車だって公道走るだろ?」

「……そうですか」

 世の中って、そんなものなんだっけ。

「行くぞ。前側に行っとくれ。後ろだとバーベキューになっちまうぞ」

「わあ、待って待って」

 わたしと鈴香ちゃんは慌てて和彦さんの後ろに隠れた。

「鈴香ちゃん、見たことあるの?」

 ひそひそと尋ねる。

「うん、一度。すっごいよ」

 なんでか鈴香ちゃんも嬉しくなさそうだ。すでに両人差し指を耳の穴に入れている。

 雨宮さんが緑色の大きなスタータースイッチを押すと、ガスタービンエンジンの補機が動き始めた。

 ウィーン……

 モーターが車体の奥で小さな唸り声を上げている。

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ……

 点火装置が燃焼室の中でスパークを始めた。

 ボヒュンッ

 燃焼室に火が入る音。

 不完全燃焼しているようなオレンジ色の炎がエキゾーストからちょろちょろと覗き始める。

 だが、タービンが廻り始めると同時に、すぐにそれは青い炎に変わった。

 キーン……

 タービンの廻るジェットサウンド。わたしの大好きなガスタービンサウンドだ。

「さて、」

 雨宮さんは景気よく両手をすりあわせながらスロットルに足をかけた。

 車体の後ろの壁には大きな穴が空いている。これが排気ダクトなのだろう。

「これでミニマム」

 雨宮さんがつま先を使ってスロットルを開く。

 ジェットサウンドが大きくなる。素通しのエキゾーストから、ガォーッというものすごい音が溢れ出る。

 車体が固定されているから前に飛び出しちゃう事はないけど、すごい音だ。

「こ……でミ……リー……」

 トンネル状の排気ダクトに吸い込まれる青い炎が長くなる。爆音のせいで雨宮さんの声がよく聞こえない。

 爆音がさらに大きく、高くなった。

「も……やめな……や、雨……」

 和彦さんが大声で何か話しかけている。

「……がアフ…………イッチだ」

 よくわかるように左スティックの赤いボタンを雨宮さんが人差し指で示す。

「あ……、アフ……やめ……雨さ……そ……は……ずい……」

 和彦さんが必死で雨宮さんを止めようとしている。

 車体の下を指さしながら、慌てて雨宮さんに何かを伝えようとしている。

 その時、わたしも気がついた。

 雨宮さんは確か、『アフターバーナー燃焼中は排気ルートを変えて車体下面のディフューザーに流す』って言っていた。

 走行中なら、ディフューザーに流し込まれた排気は後ろから吐き出されて車体を路面に吸い付ける。だが、今は空気が流れていない。こんなところで車体下面に排気炎を流し込んだら周り中燃え上がっちゃう!

「わあ、雨宮さん、ダメダメッ」

 わたしも和彦さんと一緒に雨宮さんを止めようとした。

 だが、少しだけ遅かった。

 雨宮さんが赤いボタンを押すと同時に車体下面のハッチが開き、辺りは青い爆炎に包まれた。


 雨宮さんがエンジンを切ったとき、三人の髪の毛はぼさぼさになっていた。

 爆炎で、鈴香ちゃんの作業帽が部屋の片隅に吹き飛ばされている。

「……ケホッ」

 鈴香ちゃんは腕で口を覆うと、小さく咳込んだ。

「雨さん……」

 和彦さんの目は完全に怒っていた。

「な? いい音だろう? いいエンジンだ」

 一方、雨宮さんは超ご機嫌だ。すごく良い笑顔で笑ってる。

「なあ雨さん、今度は、外でやろう」

「おお、いいぞ。追浜行くか? FSWでもいいぞ」

「追浜は日産じゃねえか。それに富士はトヨタだ」

「そうは言ってもよう、さすがに十勝の三菱は遠いよ。岡崎だって結構かかる。スーパーオスプレイ手配してくれれば考えなくもないがね」

「じゃあ、試験はなしだ」

 そう言い放つと、ひどく不機嫌そうに和彦さんは雨宮さんに背を向けた。

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