ブラッディ・ローズ Level 1.1『防衛省内閣安全保障局観光ガイド』
蒲生 竜哉
ブラッディ・ローズ Level 1.1『内閣安全保障局観光ガイド』
ここから先のお話は本編からスピンオフしたおまけの短編となります。物語世界の裏側を覗いてみてください
二〇三九年七月十八日 〇八時二五分
防衛省市ヶ谷地区 内閣安全保障局本部
地下二十一階 特務作戦群居室
1
わたしの名前は霧崎マレス。
六月一日から防衛省の内閣安全保障局に勤めている。
その日、わたしは和彦さんにおねだりして課業の内容を変えてもらうことにした。
「今日の課業は局内探検にしませんか?」
「あ?」
訝しげに和彦さんがわたしを見る。
この人は沢渡和彦。わたしと同じ、特務作戦群五課に所属している。わたしの大切なバディ。
和彦さんの階級は一尉。わたしは准尉だから階級からするとずっと上だ。わたしは下士官だけど、和彦さんは士官だもの。
だけど、特務作戦群に階級は無意味だと和彦さんは言う。上下関係は気にしなくてもいいんですって。
確かに和彦さんもわたしに普通に接してくれる。特務作戦群は執行部隊だからそんなものなのかも知れないけど、今までのお仕事とはなんか違う。
ついでに言うと和彦さんはわたしの彼氏さんでもあるはずなんだけど、それはなんだかよく判らない。
告られたと思っていたんだけど、なんか違うみたい。
わたしは和彦さんの事が好き。いつもまっすぐにわたしを見つめる和彦さんの目が大好き。
和彦さんのためなら、何でもする。
「だって、わたしもうここに来て一ヶ月になるのに、まだ誰も中のこと教えてくれないんだもん。和彦さん、案内して?」
「なんだ、山口の野郎、まだ案内してくれてないのか」
柔らかそうな短髪の後ろ頭を右手で掻く。なんだか面倒くさそうだ。
和彦さんは最近退院したばっかりだ。前回の任務で変なナノマシーンを注射されてしまった治療のために、所沢の自衛隊病院に三週間も入院していた。
入院している間、わたしは一日も欠かさずお見舞いに行ったんだけど、特に仲は進展しなかった。
ふたりっきりでいる時も、和彦さんは仕事の話か猫の世話のこと、あるいはお天気の話しかしなかった。退屈してるのは判るけど、雲が出てきたとか、雲が晴れてきたとか言われても会話が弾む訳がない。それに、特別運転許可証をどうやってゲットしたのかって聞かれたって、そんなの話せるわけないじゃん。
おっかしいな。そんなはずじゃなかったんだけど。
和彦さんは人間関係にとっても臆病。いつも他人から少し距離を置いている。
最初会った時に『無愛想な人だな』って思ったけど、一緒にいるようになってから理由がだんだん判ってきた。
和彦さんはもう大切な人を誰も失いたくないのだ。だから友達も作らないし、人ともあまり話さない。食事は一人で摂ることが多いって言うし(最近はわたしと一緒にお昼を食べるようになったけど)、山口さんを除けば、誰かと仲良さそうにしているのも見たことがない。
それに……親しい友達は弱みになる。
なんか方向性が間違っている気はするけど、気持ちは判る。
でも、わたしだけは特別。
わたしとは普通に接してくれるし、普通にお話ししてくれる。
和彦さんと出かけるととっても嬉しい。
「で? 何を見たいんだ?」
和彦さんはわたしに訊ねた。
「全部?」
がんばって精一杯の笑顔を作る。
「おまえ、全部ったって、局舎全部か? 初日に必要なところは見せただろう」
「あれじゃあ、全然全部じゃないじゃないですか。二十階と二十一階はもう何回も行ってるからだいたい判りましたけど、あとわたしが行ったことがあるのって十五階の射撃訓練場とキル・ハウス、二十三階のトレセン、あとは二十七階の山口さんのところとクレア姉さまの居る三十四階の装備開発部くらいだもん。全部見たい」
「しょうがねえなあ。マレス、駆け足になるぞ」
「やった」
つい飛び跳ねてしまう。わたしの悪い癖だ。クリスおじさまには『子供みたいだからやめなさい』といつも言われるんだけど、つい身体が勝手に動いてしまう。
「うん。上からでも、下からでもどっちでもいいから」
思わず和彦さんの腕に抱きつきそうになる。
もちろん、それはやめたけど。
結局、下から上に向かって局舎を一周することにした。
地上三階地下三十七階。被害妄想のかたまりみたいなこの建物は、ひょっとしたら国内最強の建築物なのかも知れない。子供の頃に遠くから見たアメリカのシャイアンマウンテンのNORADも相当だったけど、ここもめちゃくちゃに防護されてる。
和彦さんはこのビルのことを『耐震耐火対爆対核対生化学兵器仕様』の地下要塞だと言っていた。
耐耐対対対って、どれだけ対策したら気が済むの?
受付の下の階にはぎっしりチョバムプレートが敷き詰められてるって話だし、
なーんか、やりすぎなんじゃないかしら。
入口は普通の事務棟と同じ、とっても地味だ。入口には見学用の受付もある。上の階では事務官の人たちが兵站業務や広報業務を行っているらしい。
でも、職員専用エレベーターに乗ると様子は一変する。
このエレベーターには普通の人が知らない仕掛けがある。内閣安全保障局への立ち入りが許可されているIDカードを持っていると、一階からまっすぐ地下三階の本物の受付に連れて行かれるようになっているの。地下二階にはダミーを兼ねて駐車場の受付がある。地下三階で武器をガンロッカーにしまって、本物の基幹エレベーターで下に降りるのがみんなの通勤ルート。
ここの受付の人たちは武装しているし(テーブルの下にホルスターがあるの。信じられない)、基幹エレベーターの前にはいつも陸上自衛隊の人たちが三四式のアサルトライフルを構えて両側に控えているし。
わたしたちは二十一階の巣――居室のことだ。なんで和彦さんは居室の事を巣だなんて呼ぶのかしら――からエレベーターホールに移動すると、一気に三十五階まで急降下した。
基幹エレベーターでは三十五階までしか降りられない。その下は機械室だからメンテナンス用の階段じゃないと行けないらしい。
「マレス、しかしおまえ本当に機械室見たいのか? 実は俺も見たことがない」
和彦さんはとっても真面目だ。全部という言葉を文字通りに受け止めて、地下の機械室から全部見せてくれようとしているらしい。
いくらわたしだって、さすがに機械室を見る気はない。どうせエレベーターの動力とかが集められているだけだろう。
「機械室はいいです。ここはなんなんです?」
「三十五階は装備開発部の射撃実験場だ。ここは面白いぞ」
和彦さんはエレベーターホールの分厚い防音ドアを開けた。
開けた途端にドパンッ、ドパンッという大口径弾の銃声やバララララララン…ッという小口径弾の速射音が聞こえてくる。
入った向こうにももう一つ、金属製の自動ドアがある。
入った部屋はまるで病院の受付のようだった。右側に小さなカウンターが設えられている。
閉まったとたんに、小さなカチリという音がして背後のドアのロックが締まった。
「自分の銃を使いたいときはここで受け取れるんだ。ガンロッカーから構内モノレールで送ってくれる。十五階の射撃訓練場と同じだ」
「へえ。じゃあお願いしちゃおっと……すみませーん」
わたしは受付に居た人にわたしの荷物を送ってくれるようにお願いした。
「わたしの荷物を降ろしてもらえますか? 認識番号はN3900713です」
「はい。了解しました」
受付の人がキーボードを操作する。
「……あ、来た来た」
やがて、天井のハッチが開くとオレンジ色のコンテナが壁を這うレールに沿って送られてきた。
「こちらでよろしいでしょうか?」
カウンターのテーブルで制服姿の男性がパッケージを開けてくれる。
XMP34、予備拡張マガジン三本、折りたたみのアップルゲート・コンバットダガーとスタングレネード一つ。
わたしが預けた、いつもの装備。コンバットダガーはクリスおじさまがわたしに初めて買ってくれた武器だ。古いナイフだけど愛用している。
「これと、これと…… 残りは今はいらないから置いておいてもらえますか」
わたしはパッケージからXMP34とマガジン一本を取り出すと、残りを押し戻した。
「了解しました。こちらで保管します」
踵を揃えて敬礼。この地区の人は誰もがとっても丁寧だ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
わたしは愛用のXMP34をいつものバッグのホルスターに収めた。
専用のポケットに予備マガジンを収め、上からポンポンと叩く。
「あのなマレス、ここは射的場じゃあないんだぞ?」
何に呆れたのか、和彦さんがわたしを諌める。
「えー、だって、射撃練習する場所なんでしょう? 楽しみ」
「射撃試験だ」
和彦さんが額に手をやりながらため息をつく。
セキュリティロックが施されたもうひとつの大きなドアを抜けると、そこには広大な射撃試験場が広がっていた。
右側にはコンクリートで覆われたシューティングレンジがあり、天井からは太陽灯が降り注いでいる。
左側にあるプールにはどうやら泥水が満たされているようだ。なんだかまわりが汚れている。その横には『← 長距離射撃・大口径弾射撃試験場』と書かれた回廊。長距離射撃って何メートルあるのかしら。
驚いたことに、正面には雨の降っている部屋まであった。
ガラスで覆われているからこちらに水が飛んでくることはないけども、ガラスの部屋の中で土砂降りの雨が降っている。
「ああ、あれか。天候シミュレーターだ。悪天候下での性能測定をするらしい。中に短いレンジがあるんだ」
目を丸くしているわたしに和彦さんが説明してくれる。
「すごいですね。長距離射撃試験場なんてものもあるんだ。何メートルあるんですか?」
「ああ、あれは地区を斜めに突っ切る横穴だよ。何メートルだったっけかな」
和彦さんは周囲を見回すと、シューティングレンジにいる白衣の女性に後ろから声をかけた。
「おーい小沢、そこの長距離射撃試験場って何メートルあるんだっけか?」
「へ?」
和彦さんの声に驚いて、その女性が射撃をやめる。
赤いアンダーフレームのメガネに防護グラス。ぼさぼさの髪を銀色の書類クリップで無理やりまとめている。
「ありゃ、沢渡さんじゃないですか。どうしたんですか、こんな僻地に」
小沢さんがわたわたと白衣の裾を整えながら振り返る。
慌てた表情で防護グラスとメガネを白衣のポケットに押し込んでいる。
メガネが嫌なのかな。
「ああ、マレスがな、」
背中越しに親指でわたしを指さす。
「局舎の中見たいっていうから、下から回ってるんだ」
「こ、こんにちは」
わたしは一応お辞儀をした。
この人は苦手だ。なんだか意地悪なんだもの。
「ああ、」
小沢さんはチラリとわたしを見ると、さっきの和彦さんの質問に応えた。
雰囲気が冷たくなっている。わたし比、零下二七三度って感じ。
「ここの長距離レンジの長さは六〇〇メートルですよ。警察の建物のすぐそばまでトンネルが続いています」
と小沢さんは、
「そうそう、姫様? 実は私も姫様に謁見したいと思っていたんですよ」
突然突拍子もない事を言い出した。
「へ?」
あ、いけない。こういうときは『え?』だった。
上品に、上品に。
「どうしたんです?」
「あのですねえ」
小沢さんがニヤっと笑う。
「XMP34のオプション品を開発したんで、試してもらおうと思って」
「オプション品?」
「サイティング・マグニファイア、ブースターです。二倍から五倍の可変ブースターを小型化したんです。しかも単なるマグニファイアじゃなくて、ちょっと賢いんです。普通はハンドガンにブースターなんて付けないんですけど、姫様だったらひょっとしたら使いたいんじゃないかと思って……来てください」
小走りにレンジに戻った小沢さんがおいでおいでと手招きする。
なんでか目が怒ってるけど、まあ、いいや。
「どうせ今もXMP34持っているんでしょ? 出してください。組み込みます」
「はい」
何がなにやら判らないまま、わたしは工具が散らかっている小沢さんのブースに行くと、バッグから取り出したXMP34をグリップを先にして小沢さんに渡した。
「♪ フンフンフーン……」
変な鼻歌を唄いながら、赤いドライバーを使って小沢さんがXMP34から手早くホロサイトを外していく。
小沢さんの髪の毛はいつもガサガサだ。硝煙に塗れているから仕方がないのかも知れないけど、もう少しシャンプーに気を使ってもいいと思う。
今度わたしのシャンプーあげたら少しは仲良くなれるかしら。
「はい、出来ました」
小沢さんは作業を終えたXMP34をわたしに返してくれた。
サイズはほとんど変わらない。今まで使っていたホロサイトとほとんど同じサイズだ。
「さ、撃ってみましょう。でも、ここだと距離が足りないですね。長距離レンジに行きましょう」
わたしたちは小沢さんに連れられて、六〇〇メートルあるという長距離レンジに移動した。
「まずは二〇にしましょうか」
小沢さんがスイッチボードを操作すると、今まで暗かったレンジの両側の間接照明が点灯した。
こちら側から順番に、次々と白いフロアランプが点灯していく。
六〇〇メートルはハンドガンで撃つにはあまりに遠い。弾は届くかも知れないけど、当たってもたぶん痛いだけで殺傷力はないと思う。
「二〇メートルっと」
小沢さんがパネルを操作すると、遥か彼方にあったマンターゲットがこちらに向かって滑ってきた。
カシャンッと小さな音を立ててターゲットが止まる。どうやらそこが二〇メートルのようだ。
「弾はこれを使ってください」
小沢さんはわたしに新しいマガジンを差し出した。
「これは?」
「ワッドカッターが装填してあります。姫様のマガジンは実戦用の装弾でしょう? ワッドカッター使わないと弾着が正確にわからないんです。万が一レンジ壊されても困りますし」
確かに、今持っているマガジンはタングステンカーバイド弾芯の徹甲弾だ。言われてみて気づいたが、高価い弾だし、そもそも測定に使うには不適切だ。二〇メートルの紙ターゲットでは飛散した装弾筒が一緒に着弾しちゃってどこを狙っていたのか判らなくなっちゃいそう。
「姫様、とりあえず撃ってみてください。新しいサイトだからキャリブレーションしないと」
「はい」
わたしは渡された白いサンドバッグを台に置くと、黄色い防護グラスとイヤープロテクターを被ってXMP34を構えた。
教わった通り、ブースター側面のスイッチをスライドさせてターゲットを拡大。
確かに見やすい。倍率はそれほど高くないけど、だからかえって狙いやすい。
「はーい、二発撃ってくださいねー」
なんかレントゲンを撮る技師さんのような口ぶりで小沢さんがわたしに言う。
「はい」
わたしは息を吸うと、吐くタイミングでトリガーを絞った。
XMP34の電磁トリガーはとても軽い。お願いしてトリガーストロークを短くしてもらったおかげで、ちょっと触るだけで弾が発射される。
タタンッ
小さな衝撃と共に、二発のワッドカッターが発射される。
放たれた銃弾はターゲットの右斜め上に二つ、小さな白い穴を開けた。
「はい、動かないでー」
「下に一クリック、左に二クリックだな」
隣に置かれたスポッティングスコープを覗き込んだ和彦さんが小沢さんに言う。
「了解でーす」
なんでこうも態度が違うかな。
小沢さんはわたしの前にかがみ込むと、サイトのエレベーションとウィンテージを調整した。
小沢さんの髪の毛から硝煙の匂いがする。
わたしのシャンプーじゃ、ダメかも。
「じゃあ、もう一回」
タタン。
左右は合ったが、まだ着弾が上に逸れている。
「はーい、動かないでー」
小沢さんはエレベーションをさらに一つ下げた。
「さあ、これでどうです?」
わたしは再びトリガーを絞った。
ほぼ真ん中、二発の弾は九点サークルに収まっている。まだ少しだけ着弾点が高い気もするけど、とりあえず左右の調整は取れた。着弾点が正中線に乗ってくれるのであれば問題はない。
「シミングしますか?」
シミングというのはサイティングスコープの下に極薄いシートを入れて、スコープの傾きを調整する方法だ。普通はスナイパーライフルじゃないとしないような精密調整のこと。
でも、この距離で九点サークルに入っているのであれば気にしなくていい。どのみちハンドガンで二十メートル以上の長距離射撃なんてほとんどないもの。
「今は、いいです」
わたしは小沢さんに言った。
「この子の癖だから」
「残念。結構です」
小沢さんは妙なことを言いながら頷くと、さらにもう一本、拡張バナナマガジンをわたしに手渡した。
「ハンドガンでシミングするとか言いだしたら、ひっぱたくところでした」
「えー」
無茶苦茶だ。じゃあ、聞かなければいいのに。
「それじゃあ、あと六〇発撃って下さい。キャリブレーションを仕上げますよ」
六〇発撃つのに十五分以上かかった。
左側にはスポッティングスコープを覗く和彦さん、右側には仏頂面で腕組みをした小沢さん。
なんか緊張する。
「マレスの精密射撃は俺のライフラインだからな。真面目にやってくれ。ブースターがあれば鬼に金棒だ」
何が面白かったのか、にやにや笑っている。
でも、和彦さんにそう言われるとどうしても張り切っちゃう。
「まあ、いいんじゃないかな。九点サークルには収まってる」
最後の一発を撃ち終わったとき、和彦さんはスポッティングスコープから目を離すと、小沢さんにも覗くように促した。
「あー、いいですね。いい感じにまとまってます」
おかしいな。なんか違う。
ちょっとパラパラ撃って遊ぶつもりだったのに、いつの間にかに試験みたいになっちゃってる。
「やっと終わった……」
わたしはゴーグルとイヤープロテクターを外してレンジの台に乗せると大きく伸びをした。
「ふわー」
「何をのんびりしているんです。まだ終わってないですよ」
「はい?」
小沢さんはスイッチパネルを操作してターゲットを手元に呼び戻した。
途中で一回交換したけど、三〇発のワッドカッターを受けたターゲットはボロボロになっていた。
新しいターゲットをセットし、小沢さんがターゲットをレンジに戻す。
「じゃあ、今度は一〇〇メートル。もう一回六〇発撃ってください」
「えー、もう六〇発? それに一〇〇メートル?」
さすがにわたしは小沢さんに異議を唱えた。
「そりゃ、そうですよ。キャリブレーションしてるんですもの、短距離で始めて長距離で締めるんです」
小沢さんが口角を歪めて意地悪な笑みを浮かべる。
「この子の特徴を思い出してください」
小沢さんは片手を白衣のポッケに突っ込んだままわたしの前に立つと、XMP34を指差してまるで学校の先生のように言った。
「特徴?」
「この子は人体の揺れを吸収するためにバレルが〇.五度可動する戦車砲みたいな機構を備えています」
小沢さんが愛おしそうに目を細め、XMP34の銃口を示す。
「二十五メートル先のターゲットの場合、この〇.五度は直径二十一.七五センチの円を描きます。でもこれだけあれば射撃誤差吸収には十分なんです」
始まってしまった。技術的な事になると、小沢さんは話が長い。
小沢さんはわたしたちの目の前に、人差し指で弧を描いて見せた。
「ハンドガンでもライフルでも、銃弾は必ず弧を描いて飛んでいきます」
「それはそうだ。重力と空気抵抗には逆えん」
「さて、この円弧を計算できたら、どうですか?」
「そりゃ、わかっている弾道だからな、かなり正確に予測できるはずだ。だがな小沢、話が遠すぎて何を言ってるか判らん」
和彦さんの目が苛立ち始めている。小沢さんの話は婉曲すぎる。
和彦さんのイライラが手に取るように判る。とってもハラハラする。
「その通り」
小沢さんは両手をパチンと鳴らした。
この人、本当に空気読めない。
「そこでこれです」
小沢さんは銃口のそばの二つのレンズを指さした。
「この二つのレンズがカメラユニット。この子はカメラからの情報と、各部に内蔵されたセンサーから得た情報を使って銃の揺れを検出し、バレルを常に動かすことで銃口を常に同じ場所に向けています。でもこれを使えばもっといいことができるって話なんです。ブースターとこのカメラの連動の可能性に気づいたとき、わたし、嬉しくて失神しそうになりました」
小沢さんが両手を合わせる。夢見る少女のような表情になっている。
「簡単に言えばですね、このブースターを使って長距離と短距離でキャリブレーションすれば、以降この子は発射される弾の弾道を正確に予測できるんです。だから、あとはこの子に任せておけば」
小沢さんは右手の人差し指を左手の手のひらに突き立てた。
「弾は必ず的にあたります。距離は関係ありません。遠くの敵を撃つ時には、勝手にこの子が上向きの弾道で撃ってくれるんです」
「なるほどね」
得心が行ったのか、和彦さんが深く頷く。
「そういう訳だ。マレス、あと六〇発がんばれ」
「はい……」
+ + +
さらに六〇発撃ったとき、時計は十一時に迫ろうとしていた。
距離が五倍離れると、疲れ方は二十五倍になる。
遠くのターゲットに合わせてトリガーを引くのは大変なのだ。
この程度で手が腫れることはないけど、肩は疲れるし、お腹も空く。
もうペコペコだ。
お腹が鳴っちゃったらどうしよう。
「いい感じですね」
ターゲットに空いた穴を見ながら、小沢さんは頷いて見せた。
「ちょっと貸してください」
わたしから受け取ったXMP34のマガジンを交換する。
拡張されていない、普通の三十ラウンドマガジンだ。
小沢さんはターゲットを交換すると、ターゲットを最初と同じ、二〇メートルにセットした。
さっきまで一〇〇メートルで撃っていたせいもあって、二〇メートルはまるで目の前に見える。
小沢さんは無言のまま、白衣のポケットから出した防護ゴーグルをかぶった。
とりあえず一発。
放たれたワッドカッターが、わたしが撃つよりも微かに上の方に穴を空ける。
「あら姫様、引手が強いのね」
そのまま、小沢さんは片手で無造作にトリガーを引き絞った。
親指で切り替えたセレクターはフルオート。
バララララッ
両足を前後に大きく開いた小沢さんの手元から、二十九発のワッドカッターが次々と放たれていく。
細かい反動に小柄な小沢さんの身体が揺れる。だが、射線はまったく乱れない。
残りの銃弾は狙いたがわず、最初の弾痕へと吸い込まれていった。
「うん」
小沢さんは満足げに頷いた。
「いい感じに仕上がってますよ」
「ずるい」
さすがにわたしは小沢さんに文句を言った。
「そんな事ができるんだったら、小沢さんがキャリブレーションしてくれれば良かったじゃないですか。スナイパーライフルじゃないんだから」
「でも、姫様の銃でしょう? ワタクシメなぞが調整するなんてとても、とても」
小沢さんが肩を竦める。
ちょっと何を言っているのか判らない。
「じゃあ最後に立射、行ってみましょうか」
小沢さんはスイッチパネルを操作してターゲットを手元に呼び戻すと、今度は競技用ターゲットをセットした。
「距離を五〇にセットします。二〇メートルと一〇〇メートルでゼロインしているから、それでも当たるはずです。外したら、姫様の腕がイモだってことです」
「だとさ。マレス、しっかりやれ」
にやにや笑いながら和彦さんが言う。
なんか、ひどい。これは、イジメ?
わたしは渡されたXMP34のセレクター位置を確かめた。
セレクターはシングル。
五〇メートルは少し、遠い。
ブースターのスイッチを最大望遠に。
よし。
これなら、狙える。
わたしは左足に重心を乗せると、息を吐くタイミングでトリガーを引いた。
二発のワッドカッターが一〇点サークルの中心に描かれたXマークに白い穴を空ける。
「いいぞマレス、一〇点だ」
わたしはそのままセレクターを切り替えると、さらにトリガーを絞った。
バランッ、バラランッ、バララッ、バララッ、バラランッ……
さっき空けた穴を起点に左上に。
弧を描きつつ下に向かい、下を尖らせて再び上に。
最後にわたしは右側にも弧を描くとターゲットをハートマークに切り抜いた。
五〇メートル向こうのターゲットからハート形の紙片がはらりとこぼれ落ちる。
白く残ったハートマークを見ながら、小沢さんはバカにしたように鼻を鳴らした。
「お見事。そのブースターはまだ一点物だから大切にしてくださいね、お姫様」
「次はどこに行きたいんだ?」
オレンジ色のコンテナに装備品を戻し、エレベーターホールに戻ってきてから和彦さんはわたしに訊ねた。
「車両開発部?」
わたしは和彦さんに言ってみた。
「スケルツォ作ってるところ、見てみたいです。三十四階のクレア姉さまが居るところは行ったことがあるけど、車両開発部はまだ見たことがないの」
「だけどお前、本田とは仲良くしてるんだろう? 行ったことがないのか?」
本田鈴香ちゃんはわたしのお友達。スケルツォ繋がりで仲良しになった。
「ないの。いつも駐車場か、あとは上でお茶するくらいだから」
「しょうがねえなあ」
和彦さんは降りてきたエレベーターに乗ると三十二階のボタンを押した。
「あそこもすげーところだぞ」
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