第35話

 宮津での目的は得られたことだし、一泊しただけで東京に帰ることにした。


 京都で乗り換えて、十三時過ぎののぞみ号に乗った。


 シートを少しだけリクライニングして、窓の外を眺めながら昨夜の出来事を振り返った。


 魚喜を訪れてからの展開が本当に不思議に思った。


 夏季の母の名前は春代と分かり、離婚して宮津に帰ってきてからは魚喜で働いていたが、二年ほど前に近くで店を出したと聞き得た。


 そしてそこを訪れると、まるで私が来るのを待っていたかのように別れた夫、つまり夏季の父との結婚に至った経緯や別れた原因などを語ってくれた。


 勿論、娘の夏季のことをずっと案じていることや、すぐにでも会いたいが元夫も息子と会いたいのを我慢しているに違いないので、これまで会いに行くのをためらってきたと言っていた。


 春代から別れた夫への悪意に該当する言葉はただのひとつも出なかった。


 そして店を出てから春代が私のあとを追ってきて土産を差し出した時に、店に他の客がいなかったことがあったとしても、長い時間にわたってプライベートを語ってくれた理由が分かった。


 彼女は途中から気づいていたのだと。


 しかし何故気づかれてしまったのだろう?


 春代は別れ際に、「いろいろと話を聞いてくれてありがとう。それから、あの人によろしく言っておいてね。娘のこともいつも心配しているからってね。そして、私はなんとか元気にやっているって伝えて」と言った。


 私が宮津に来たのは夫からの依頼だろうと思って、「あの人によろしく言っておいてね」と言い残したのだ。


「でも春代さん、依頼人はあなたの娘さんなんです。競馬好きで勉強が良くできてレモンサワーが好きな夏季なんですよ」


 私は新幹線の窓の向こうの景色に向かって、無意識に呟いていた。


 いずれにしても、これが本当に依頼を受けた探偵の仕事なら調査が発覚したことになるだろうが、私は大好きな夏季の思いを叶えてやりたい一心での行動である。


 だから何ら問題はない。


 そんなことを考えているうちに、のぞみ号は熱海あたりにさしかかり、夏季への連絡をすっかり忘れていたことに気がついた。


 時刻はすでに十五時前になっていた。私は夏季にメールを送った。


「今日の午前中に宮津を出て、今は新幹線で東京に向かっているよ。お母さんと弟さんが住んでいるところは分かったからね。詳しいことは会ってから話そうと思うけど、それでいいかな?」


 まだ授業中かも知れないと思っていたらすぐに返信が届いた。


「嬉しい!早く会いたい」という短いメールだった。


 だがそのあと数分後に、「会いたいのは片山さんとだよ!お母さんと弟の居場所が分かったのなら早く会いに行きたいけど、今すぐに会いたいのは片山さんだから」と、文末にハートマークまで付いてメールが飛んできた。


 私はしばらく考えてから、「じゃあ、明日か明後日にでも学校が終わったらどこかで会おうか?」と返信した。


 するとまたもやすぐに「今夜じゃダメなの?」と送ってきた。

 実は私も早く夏季に会いたかった。


「十六時前には東京駅に着くから浅草に行くよ。どこで会おう?」と私は返信した。


「もちろんいつものところ」と返ってきた。


 いつものところとは、スカイツリーが隅田川の対岸に見える川べりである。


 東京駅に着いて山手線で上野駅に出て銀座線に乗り換え、浅草駅で降りて浅草寺を左手に見ながら隅田公園に入り、いつもの隅田川べりのベンチに行くと夏季が待っていた。


 もう来週は十一月になる。


 まだ十六時半なのに川向こうのスカイツリーには西に沈む夕陽の淡いオレンジが照射していた。


あと一話で完結の予定です。


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