第29話
台東区立中央図書館の一階カウンターの受付で、日本全国の電話帳の所蔵があるかを訊いてみると、ここには無いが国会図書館に行けば閲覧が可能と教えてくれた。
国会図書館は当然だが国会議事堂のすぐ近くにあるらしいので、とりあえず向かってみようと思った。
京都府宮津市内の「糸井」という姓の電話番号を控えておきたいからである。
図書館を出て、月曜日だけ払戻し業務を行っている場外馬券売り場に顔を出すと、スタッフが四人で業務を回していた。
控室には休憩中の岡本スタッフがいたので、国会議事堂へはどう行けばよいかを訊いてみると、浅草から上野へ出て日比谷線に乗り換えて霞が関というルートが最も近いのではないかとのことだった。
何の用事でそんなところへ行くのかと不思議がられたが、東京に来てから未だ国会議事堂を見ていないからと返事し、少しだけ世間話を交わしてから退館した。
場外馬券売り場を出て浅草寺を抜けて都営浅草線の駅に向かった。
浅草寺や仲見世通りなどは、土日の賑わいが嘘のように訪れる人も少なく静かだった。
上野駅で日比谷線に乗り換えて霞が関で下車し、地上に出て少し歩くと遠くに議事堂が見えた。
時刻はすでに午後四時を過ぎていた。
緩やかな坂道を国会議事堂方向に向かって歩いていると、ポケットのスマホが震えた。
見ると夏季からだった。
「もう花屋に寄ってくれたの?」と私は訊いた。
「そう、学校が終わってからすぐに行ったの。そしたらメールに書かれていた一軒目のお花屋さんが、今年の誕生日の配達記録を見てくれて、すぐに分かった」
夏季は少し興奮気味に言った。
「本当か⁈」
「国際通りから入ったドンキの近くのお花屋さんに最初に行ってみたの。そしたら送り主は魚喜って教えてくれたよ」
「えっ、魚・・・何だって?」
「魚喜っていうの、漢字も控えてきたよ。魚が喜ぶって書くの」
個人の名前じゃなくてお店の屋号ように思えた。
「電話番号は?」
「それが分からないって。送り主さんの名前だけなんだって。あまり粘るなって片山さんが言ってたから、ありがとうございますって言って出てきたよ。どうしよう?」
これで分かっている手掛かりは、実家が宮津市ということと旧姓が糸井、そして魚喜というところから毎年花が送られてきているという三点である。
「夏季、よくやったね、ありがとう。明日の朝から宮津に行って調べてみるよ。途中経過は向こうから連絡するからね」
「分かった。気を付けてね」
電話を切ったあと、私は国会図書館には立ち寄らずに帰ることにした。
明日朝早く東京を発って、京都経由で宮津市に向かおう。
日比谷線で南千住に向かいながら、スマホで宮津市内に魚喜という名前の店が存在するかを検索してみたら、宮津駅から遠くないところで営業している居酒屋であることが分かった。
花束が宮津から送られてきていたことが分かって、母と弟の居所は案外スムーズに判明するような気がしてきた。
明日は宮津市に到着したら宿にチェックインして、夜になったら魚喜に客として入ってみようと思った。
私はWEBで検索した一泊五千円ほどのビジネス旅館に、とりあえず一泊だけ予約を入れた。
それから旅の支度をして、明日に備えて早めに寝た。
春に大阪から東京にやってきた時に、三着持っていたスーツは一着だけ残して捨てたのだが、バックパックに放り込んで持ってきていたその一着が役に立ちそうだ。
みすぼらしい格好で訪ねてはいけない。
翌日、八時過ぎに目が覚めると、夏季から「おはよう。これから学校に行くところ。片山さん、よろしくお願いします。好きよ」とメールが届いていた。
返信のメールは「心配ないよ、必ず居場所を見つけてくるから」と書いて、先日のように文尾にハートマークを付け加えた。
午前十時前の新幹線で京都へ向かった。
のぞみ号でニ時間ニ十分ほどで京都駅に着き、特急はしだて号の豊岡行に乗り換えて十四時半前には宮津駅に到着した。
予約しているビジネス旅館のチェックイン可能時間までにはまだ一時間ほどあるので、先ずは宮津市役所へ行ってみようと思った。
駅の周辺地図を見ると、市役所はJR宮津駅から西に五分ほど歩いたところにあった。
市役所内には必ずその地域の電話帳が置かれているはずだ。
電話帳で糸井姓の電話番号を念のため控えておくためである。
秋がますます深くなってきたが、この日は澄みわたった青空の好天であった。
わずかな手がかりが頼りだが、私の気持ちは根拠のない自信に満ちていた。
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