第28話


 翌日の月曜日は何故か気持ちが昂ぶって朝早く目が覚めた。


 早速、夏季の母と弟の居所調べに取りかかろうと思ったが、よくよく考えてみると、昔と違って今の世の中には個人情報というものが存在することにハッと気づいた。


 そんな当たり前のことに気がつかなかったのは、夏季の希望を叶えてやりたいという気持ちに焦りがあった表れだと思った。


 花を誕生日に届けてくれた店は、おそらく夏季が住むマンションから最も近いところにあると考えられた。


 一応、私はWEBで浅草の国際通りあたりから近い場所にある花屋を検索してみた。


 すると意外にも、花屋は浅草界隈だけでも十軒以上も営業していた。


 今は花屋とは呼ばず、フラワーショップ或いは生花店と載っている。


 だがフラワーショップを一軒一軒訪ねて、毎年七月三十日に江田夏季宛に花束を送っているのはどなたでしょうか?と訊いたところで、守秘義務や何やらでそれは教えられませんと言うに決まっている。


 折角の夏季からの情報ではあるが、そこから母と弟の居所や連絡先を得ることは困難だろうと思った。


 だが待てよ。


 守秘義務に関しては第三者への開示は出来ないとしても、当人や身内が花屋を訪ねて、送り主について訊いた場合は教えてくれるのではないだろうか?


 私は狭いアパートの畳の上に体育座りをして、インスタントコーヒーを飲みながら考えを巡らせた。


 或いは、夏希が父に何気なく「お母さんと弟は今何処に住んでいるの?」と訊いたとしたら、「何処どこに住んでるよ。会いたいなら行ってこい」とはならないだろうか?


 でも、あれはひと月半ほど前だっただろうか、夏季から相談があると声をかけられて、隅田川べりのベンチに座って話を聞いたことがあるが、両親が離婚した時に「夏季は絶対に離さない」と父が断固として言ったらしいと聞いた。


 そして、これまで父に男手ひとつで何不自由なく育ててもらったから、母に会いたいなんて言えないと夏季は話していた。


 だからやっぱり、母と弟の居所などについては、夏季から父に問いかけるのはやめた方がいいと私は結論付けた。


 両親の離婚に関する話はそんな単純なものではない。


 こうなったら平日は探偵になってやろうと私は思った。


 土日は場外馬券売り場のバイトで、平日はどこにも属さない私立探偵だ。


 依頼人は鉄火場ガールこと江田夏季、依頼内容は幼い頃に両親の離婚から離ればなれになってしまった母と弟の居所である。


 夏季のことが好きだから、もちろん費用なんかはもらわない。


 そんなふうに結論付けると、全身に力が漲ってきたような気がした。


 だが、いったい何から取りかかっていいのかがやはり分からず、二杯目のコーヒーを飲みながらさらに考えたが、具体的な方法は思いつかなかった。


 ともかく折角の夏季からの情報なので、彼女が住んでいるマンションから近い二軒のフラワーショップに対して、一応問い合わせをしてみて、結果はどうあれ宮津へ向かおうと私は考えた。


 昼を少し過ぎた時刻に「今、電話に出られないかな?」と、私は夏季にメールを送った。


 数分後に返信が届き、「昼休みで食事中だから、食べ終わったら私から電話する」とあった。


 電話を待っている間、今日のうちに新幹線で京都まで行き、一泊してから翌日宮津へ向かうか、或いは明日の朝に発って一気に宮津へ向かうかを考えていると夏季から電話がかかってきた。


「ごめんな。学校にいる時は電話とか控えようと思っていたんだけど、ちょっと急ぎの頼みがあるんだ」と、私は電話に出てすぐに言った。


「そんな気遣いは要らないよ。大丈夫だから。それで、何をすればいいの?」


「うん、夏季の誕生日に花を届けてくれた花屋さんを念のため二軒だけ、学校の帰りに寄ってくれないかな」


「どこのお花屋さん?」


「あとでメールに書いて送っておくよ。訊き方は、私の誕生日の七月三十日にいつもお花が届くんだけど送り主って分かりますか?って、これだけ訊いてみてくれるかな。

 分からなかったら粘らなくていいし、すんなり送り主を言ってくれたなら、連絡先とかもさりげなく訊いてみて」


 送られた当人が来ているのだから、花屋も一応は調べてくれると思うが、時間を取らせたり、すぐに分からないからあとで連絡をするとか言われると面倒だと私は思った。


「うん、分かった。言われたようにするから」と夏季は素直に返事したあと、「午後の授業がもうすぐ始まるから切るね」と言って電話が切れた。


 今日のうちに西に向かうのはやめて、夏季からの結果連絡を待って、明日の朝早くに東京を発とうと決めた。


 そのあと私は、夏季に寄って欲しいフラワーショップの名前と場所を書いたメールを送った。


 そしてさらに、昨日夏季が調べ物があるからと場外馬券売り場に来る前にいた図書館へ向かった。


 図書館には電信電話会社が発行している全国の電話帳が置かれていると聞いたからである。

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