第25話
「意外によく泣くんだな」
女子高生のくせに場外馬券売り場、言わば鉄火場にやって来る夏季が私の前で涙を見せるのはこれで二回目だろうか。
なぜそんなに親切にしてくれるのかと言われても返す言葉が見当たらず、ピント外れなことを言ってしまった。
「そんな言い方しないで。私だって女の子なんだから」と夏季は言った。
その通りである。
「ごめん、どう返事していいか分からなくて。でも夏季、僕は別に親切にしている意識はないよ。君のこといつも心配しているし、お母さんと弟さんに会いたいのは当然だから、何とか見つけられないかなって考えているんだ」
言葉が言い終わらないうちに、夏季は私の胸に顔をぶつけてきた。
握った手を放して、私は両手で彼女の身体を抱きしめ、そして小さな背中を撫ぜた。
「昔の大ヒットした探偵物語という映画、夏季は当然知らないよね」
「知らな~い」と夏季は私の胸に顔を沈めながらくぐもった声で言った。
「もちろん僕もまだ生まれていないころの映画なんだけど、興味があってDVDやネットで何度も観たんだ。でも探偵って尾行だけじゃなくて、居所が分からない人を探したしたりもするんだよ」
私はズボンのうしろポケットからハンカチを取り出して、それを夏季の顔のあたりに差し出しながら言った。
ところが夏季は涙を拭ったあと、「片山さん、このハンカチ何か変な匂いがするよ。洗ってないんじゃない?」と言うのだった。
「一週間ほど前に洗ったんだけどなあ」
「汚いなあ、普通は二日ほど使ったら洗うよ」
胸から顔を上げて、顔をしかめながらハンカチを私に返して夏季は偉そうに言った。
さっきまで泣いていたくせにと私は思った。
「ともかく乗り掛かった舟って言葉があるじゃないか。時間はたっぷりあるからちょっと調べてみるよ」
「ありがと。お願いします」
夏季は素直に言って、立ち上がった。
日はどっぷりと暮れていた。
土手に上がると、週末の隅田公園にはいつの間にか大勢のカップルや観光客がいて、対岸のスカイツリーの美しさに見惚れているようだった。
浅草寺はきっと人が溢れているだろうから、私たちは言問通りをそのまま国際通りのほうへ歩いた。
「今夜も友達と食事して帰るって言ってるの?」
「うん、お昼はお父さんと一緒に食べたから、今夜も外で食べて帰る。付き合ってくれるでしょ?」
「もちろんいいけど、たまにはその女の人と三人で一緒に食べてあげたらどう?お父さん、きっと喜ぶよ」
いつまでも土曜日の夜に外食して帰るのはよくないと思って私は言った。
だが夏季は「絶対に嫌なの!」と即答するのであった。
私たちは西浅草三丁目の交差点角にある「浅草ラーメン」と看板が上がっている店に入った。
店内は意外に広く、カウンター席や四人掛けテーブル席、そして二人掛けテーブル席などが広いスペースに設置されていて、週末の食事時でも席はいくつか空いていた。
私たちは二人掛けテーブルに座って夏季は醤油ラーメン、私は豚骨ラーメンを注文した。
周りの客はほとんどがビールなどのアルコールを飲みながら食事をしていた。
何しろ生ビールが百九十円と書かれていたし、醤油ラーメンが五百円で豚骨ラーメンが六百円、つまみの類や餃子も驚くほど安い。
「ねえ、サワーが全部百円だよ。飲んでいい?」
早速、夏季が訊いてきた。
仕方がないのでレモンサワーと私も生ビールを注文、そして餃子と枝豆を追加した。
「この店、夏季の家のすぐ近くだけど来たことあるの?」
「ないよ。一度入ってみたけど、お酒飲んでる人ばっかりだったからやめたの」
運ばれてきた生ビールとレモンサワーで小さな声で乾杯をした。
「お母さんと弟の居場所が分かりますように~」と夏季は言い、私は「スムーズに見つけられますように」と言ってグラスをカチンと合わせた。
明後日の月曜日から早速その作業に取り掛かろうと思ったが、何から始めたらよいのか、この時は漠然としていた。
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