第24話


「やっぱり夜のスカイツリーは見惚れるほど綺麗だな」


 約束通りいつもの隅田川べりのベンチにいた夏季に私は声をかけた。


 十七時半を過ぎた時刻だが、もうすでに夜の暗さである。


 ところが夏季は「私は?」と言った。しかも不貞腐れた表情で。


「えっ、何が?」


「私には見惚れてくれないのね」


 私は夏季がいったい何を言っているのかがすぐに分からなかった。


 そもそもスカイツリーの美しさと彼女の可憐さとを比べられないし、そんな比較はセンスがない。


「いつも可愛いなって思ってるよ」


 この場はそう言うしかない。


「フン、取ってつけたような言い方、嫌いよ」


「何かあったのか?」


「何が?」


「機嫌が悪いから」


 待ち合わせ場所に来てからの私たちの会話は、ちょっと変である。


 私がいきなり夜のスカイツリーが綺麗だねと言ったことが、どうやら夏季にとっては気に入らないらしい。


 難しい年頃の女の子だということは分かる。

 でもそれだけの理由で片付けるのはセンスがない。


「キスしてよ」と夏季は言った。


「いいよ、キスしたいなって思っていたんだ」と私は言い、顔を近づけて軽く唇を合わせた。


 女子高生なんだからこれくらいのフレンチキッスが適している。


 深くキスをすると、僕たちはもう後戻りできないところまで飛んで行ってしまうような気がしたからこれでいい。


 私はそう思った。


 夏季はしばらく黙って川向こうのスカイツリーを眺めていた。

 軽いキスで機嫌が直るならそれでいい。


「船木のマスターから聞いたことなんだけど」と私は切り出した。


「うん、行ってくれてありがと。どんな話が聞けたの?」


 私の左肩に頭をもたれかけて夏季は訊いた。


「お母さんの実家は日本海が見える町って言ってたよね」


「そう」


「宮津らしいよ。ほら、天の橋立で有名なところだよ」


 夏季は「天の橋立なら知るてるよ。行ったことはないけど」と言った。


「お店が忙しくてね。マスターとあまり話が出来なかったんだ。だから分かったのはそれだけ」


「お母さんの実家が宮津市で、旧姓が糸井さんということね」


「そうだな。でも離婚して元の苗字に戻しているかは分からないからね。今も江田のままかも知れないよ」


「どうなんだろう~」


 夏季は私の肩にもたれかけていた頭を起こして、隅田川の対岸の方に目を向けた。


 目の前を屋形船ではない河川工事の船がゆっくりと上流に向かっていた。


 私は船木のマスターから聞き得た夏季の父の昔の話や、両親が知り合ったのが船木だったことなどは、まだ今は言わないでおこうと思った。


「ともかくお母さんと弟さんの居場所を探してみるよ。手掛かりは旧姓が糸井さんで、実家が宮津ということだけだけど、僕は平日暇だからね」


「どうやって?」


「一応、これでも探偵やってるんで・・・というのは昔の探偵物語という大ヒットした映画の中での松田優作さんのセリフだけど、ちょっと方法を考えてみるよ」と私は笑いながら言った。


 すると夏季は「どうして片山さんは私にそんなに親切にしてくれるの?」と言って私の左手を取り、そして強く握った。


 横顔を見ると頬を涙が伝っていた。

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