第23話
マスターの店「船木」を訪れた週の土曜日、私の担当フロアは六階だった。
水曜日に船木へ飲みに入ったことを、夏季には翌日の夕方に電話で知らせておいた。
午後四時過ぎに電話をかけると夏季は電話に出たが「ごめん、今話せないの」と言ってすぐに電話が切れた。
授業が16時を過ぎた時間帯でも行われているものなのか、私は自分の高校生時代を振り返ってみたが、遠い過去のことなので思い出せなかった。
午後五時を過ぎたころに再度電話をかけてみると、ちょうど帰るところで、もう少しで自宅に着くと言う。
「高校って何時まで授業があるの?」
「何で?」
「今話せないってさっき言ってたから、授業中だったんだろ?」
「ううん、違うの。さっきは学校の図書室で勉強してたのよ。木曜日は六時限で終わるよ。午後三時十分までね」
「そうなんだ。しかし勉強熱心だね。偉いよ」と私は素直に褒めた。
だが夏季は「そんなのフツウだよ」と言った。
船木から聞き得た内容は、電話で伝えるよりも会って話したいと思った私は、「土曜日にもし場外馬券売り場に来るならその時に話してもいいし、来ないなら外で都合のいい日に会おう」と伝えた。
すると夏季は「行くに決まってるよ。トーゼンじゃん」と生意気なことを言う。
「そんな言い方ないだろ」と私が嗜めると、ごめんなさいと素直に謝り、さらに「でも、外で片山さんと会いたいな」とも言うのであった。
ところが土曜日の今日、六階フロア担当の私が1時間半おきの三十分休憩の際に、四階フロアの六番柱あたりを遠目で覗いてみたが、夏季の姿は見えなかった。
レースも昼の短い休憩が終わり、午後の最初のレースのオッズが表示されたころに四階六番柱前の記入台あたりに行くと、ちょうどマスターが食事から帰って来たところだった。
「この前はありがとよ。ウチはいいネタ仕入れてるから他の店より少しばかり高いんだ。勘弁な」
「いえ、あの新鮮な刺身にしては安いんじゃないですか?」と私は応えた。
「今日は上かい?」とマスターが訊く。
「そうです。六階担当なんですよ」と私は答えてその場を離れ、上りのエスカレーターに乗った。
本当に今日はどうしたのだろうと夏季のことが気になったが、次の休憩の時に電話をかけてみようと思った。
ところが午後二時過ぎに休憩となって、六階からエスカレーターで下りる途中に四階を窺うと夏季が来ていた。
私は六番柱にもたれている彼女に近づいて「来ないから心配したよ。電話しようと思っていたところだったんだ」と耳元で言った。
「今日はオンナが来るのが夕方になるってお父さんが言うから、お昼ご飯一緒に食べたの。でも片山さん、可笑しい」
そう言って夏季はケタケタと笑った。
「何が可笑しいの?」
「だって、前はここに来るなって何度も言われたのに、今は来ないから心配したって、それ可笑しくて」
夏季は言葉にすれば「キャハハハ~」といった声で笑い続けた。
「声が大きいよ。ほら、常連さんたちがこっちを見てるよ」
記入台のマスターも社長もヌリエモンも周りの来館客も、私たちふたりを怪訝そうな顔で見ていた。
「ちょっと話したいことがあるから、いつものところで待ってて」
そう言い残してその場を離れ、私は下りのエスカレーターに乗った。
すると夏季があとを追ってエスカレーターを駆け降りて来て、「いつものところってどこ?マック?それとも川べり?」と訊いてきた。
私は来館者や他のスタッフも近くにいたので慌ててしまい、「川べりで」とだけ言うのが精一杯だった。
全く困った女子高生だ。
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