第19話
翌日、私の担当フロアは四階だった。
この日はG1レースの秋華賞か行われることもあって、開館前から客が長い列を作って待っていた。
九時十分になると館内にアグレッシブな音楽が流れてシャッターが開き、待ちわびた客たちが一気に駆け込んでくるのは毎度の光景である。
夏季は昼前に四階に現れた。
昨夜は送って行って別れ際に、投げつけるように「好きだ!」と私が言ったことが、何だか照れくさく感じるのであった。
夏季のほうはこれまでと同様に、六番柱の常連客が集まっている記入台近くにぼんやり立って、オッズモニターを眺めたり新聞をジッと見たりしていた。
そして私が近づくと、誰にも聞こえないように小さな声で「昨日の夜はありがと」と言って、再びオッズモニターに目をやるのであった。
「ありがと」の意味は、私が別れ際に彼女の背中に向かって「好きだ」と言ったことへのものなのか、それともいつも相談に乗ってくれてありがとうという感謝の意味なのか分からない。
そんなわけで、その日の午後を過ぎてメインの秋華賞が終わるまで、私はモヤモヤした気分が続いた。
秋華賞が終わると館内の客は一気に引く。
結果は二着三着に人気薄の馬が飛び込んでかなりの穴馬券だったようで、レース終了と同時に下りのエスカレーターは大混雑となった。
「危険ですからエスカレーターを駆け降りないように願います!」と、何度も叫ぶように注意しても馬券が外れた客の耳には届かない。
スタッフ二人で退館客の混雑にしばらく対応してから六番柱に戻ると、いつの間にか夏季の姿はなかった。
私がキョロキョロしていると、マスターが「あの子、秋華賞当てちゃったよ」と言う。
隣の常連客でシャチョーと呼ばれている紳士も「配当、四万円ほどだからね。連単買ってたら十万円超えてたよ」とも言った。
そういえば昨夜、「本命は来ないと思うの。だから穴狙いね」とか、およそ女子高生とはかけ離れたことを言っていた。
まったくヤレヤレである。
そこに夏季が払い戻しを終えてこちらにやって来た。
前に注意したのに、札を胸の前でペラペラさせながらだ。
「ダメだよ、お金をハダカで見せちゃ。前にも注意しただろ」
私は近づいて小声で注意した。
「でも当たったの、百円だけ。四万円少しになった」
「ともかくお金を財布にしまいなさい」
私が苛立って言うと、「は~い、ごめんなさい」とようやく手に持っていた札を赤い財布にしまった。
「オネエちゃん、おめでとう。でも惜しかったな。ゴール前のデッドヒートで一着の本命馬が飛んでたらすごい馬券だったな。ハナ、クビ、クビの差だからね」
マスターが言った。
私は苦笑いしてその場を離れた。
すると夏季が駆け寄ってきて「大穴当てちゃったから、晩御飯奢らせて」と言う。
「今夜はお父さんと食べないの?」
「オンナが七時ごろまでいつも帰らないのよ。だからお願い」
夕暮れがますます早くなってきたから、いつもの場所ではなく、ホッピー通りの手前にあるマックの一階で待つようにと私は言った。
夏季は「うん、待ってる」と言って常連客達の方へ戻って行った。
私と夏季のふたりのやりとりを、記入台のマスターやヌリエモンらが不思議そうに見ていた。
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