第9話


 翌日の日曜日、私の担当フロアは四階だった。


 昨夜、江田夏季のマンション近くまで送って行き、明日も来るのかと訊いたら「トーゼン」と生意気な返事をしていたのに、昼を過ぎても彼女は現れなかった。


 三回目の休憩タイムが終わるころに、この日私と同じ四階担当であった和田スタッフが休憩室に入って来て、「あの子、さっき来たよ。いつもと違う格好でさあ」と言う。


「六番柱の常連さんの近くにいる女の子のことですか?」


「そうそう、今日はちょっと化粧していたよ」


「オトナの女性ですからね、たまには化粧もするでしょう」


 私は白々しいことを言っているなと、心の中で苦笑いをした。


 和田スタッフとの交替で休憩を終えて四階フロアに上がり、六番柱のあたりを窺うと、何と江田夏季は目の醒めるような純白のミニスカートを履いていた。


 上はTシャツなんかではなく、ベージュとオレンジ色のチェックのブラウスを着て、首には小さな真珠のネックレスまでしていた。


 いつものところどころに破れがある古びたジーンズにTシャツ姿とは大違いだった。


 これまでは意識して容姿や顔を観察したことはなかったが、小柄ながらスタイルも良いし、「可憐」という言葉が頭に浮かぶほどであった。


「どうしたの、今日は」


「何が?」


 江田夏季は意外に目が細かった。


 その細い目と視線を合わせると、何だか気の強さを感じてドギマギしそうになるのであった。


「何がってその、いつもと服装とかが違うから」


私は少し口ごもりながら言った。


「どういうことですか?」


 フン!という表情で言ったあと、彼女は予想紙に目を移した。


「いつもは破れたジーンズなのに、今日は何かあるのかなってね」


「失礼ですよ、破れたジーンズって。ファッションなのに」


 不機嫌そうな顔つきで言うので、私はいったんその場を離れて窓口周辺の警備に移った。


 発売機や払戻機の窓口の端から端まで注意深く見て回り、そのあと男子トイレを確認して、さらにもう一周回ってから六番柱のあたりを窺うと江田夏季がいない。


 どうしたのかとキョロキョロしている私にマスターが「あの子、さっきのレース当てたんだよ。まあ100円だけしか買っていないけどね。でも3万円ほど配当があるから、大喜びで払い戻しに行ってるよ」と言う。


 マスターのその言葉が言い終わらないうちに彼女が戻って来た。


 しかも一万円札と千円札を両手に持って胸の前でパタパタさせながら。


「何してるの!お金をそんなふうに見せたらダメだよ」

 

「だって大穴当てて嬉しいんだもん」


「分かるけど、ダメ!悪い人が見てるかもしれないんだから、危ないよ」


 私は真剣に注意した。


 すると江田夏季は「はーい、ごめんなさい」と素直に謝ったりする。


 その様子を見ていたマスターやヌリエモンらがケラケラ笑っていた。


「昨日はありがと」


 突然、江田夏季がつぶやいた。


 今度は私の方が「何が?」と訊いた。


「送ってくれたから。嬉しかったの」


 吐き出すように言ってから、「今日もあのベンチにいるよ。来てください」


 丁寧語とタメ口混じりに早口で言い、彼女は再び予想紙に目を移した。


「日曜日は早く帰れるって昨日も言ってたんじゃなかったの?」


 私は数秒間考えたあと、周囲に聞こえないように気遣いながら言った。


「そうなんだけど、今日はダメなの。て言うか嫌なの」


 彼女の言っていることがよく分からない。


 ともかく一ヶ所に長くいるのは客や同僚から不審に思われるといけないので、「分かった。じゃ行くから」と言い残してその場を離れた。


 しかしいったい何だっていうんだ?







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