第4話
第四話 特別な女の子?
翌日の日曜日、この日は春競馬のクラシックレース最後のグレードワン、いわゆるGⅠレースが関西地区の競馬場で行われる。
担当の四階フロアで準備中に窓から外を見ると、開館前から鉄火場衆が長蛇の列であった。
フロアに十数台設置されている記入台のマークカードケースに、いつもより多めのカードを重ねて、エンピツケースにも大量の無料エンピツを投入して準備万端だ。
午前九時十分に一階の職員やスタッフがシャッターを開けると、館内には行進したくなるような軽快なミュージックが流れ、スポーツ新聞や競馬新聞を片手に持った鉄火場衆が一気になだれ込む。
我々スタッフのエスカレーター警備担当は、片側を駆け上がらないように大声で注意し続けている。
四階から上階の隅に設置されている各階百席ほどの無料シートを目指して、我先にと階段を駆け上がる客や、エスカレーターから降りると必死でその方向へ走る客など、開館後しばらくは慌ただしい。
この日は前日に続いて四階の担当だったが、週によって五階担当であったり六階だったりする。
特に窓口で中の女性スタッフと対面で馬券を購入できる六階フロアは高齢の客が多く、無料シート争奪戦や窓口トラブル、時には転倒事故などが起こるので大変である。
発売開始の九時二十分を過ぎると各フロアもようやく落ち着き、前もって自宅でマークカードに記入してきた客は、発売機で馬券を購入後はあっさり帰っていく。
入館後、手際よくマークカードに書き込んでから馬券を買って、そのまま帰っていく客も多いが、何時間も記入台から離れずにいたり、中には最終レースまでずっと館内にいる客もいて、そういう鉄火場衆たちはいわゆる常連客で、自然と顔見知りが集まってガヤガヤとやっている。
三十分ごとに替わる私の担当場所が、立哨担当から上りのエスカレーターの担当に替わったとき、ちょうど昨日の女の子が階下から上がって来た。
「また来たの?高校生が日曜日に来るところじゃないよ」
エスカレーターを降りて4階のフロア内に行こうとする彼女に、私は背後から声をかけた。
「でも、片山さんが昨日いいよって言ってくれたから」
彼女は振り向いたあと数秒間考えてから言った。
「違うよ、昨日は他のスタッフや職員さんからもし訊かれても、僕に伝えてますって言うんだよってことだったんだ。今日はまた別だよ」
「でも・・・土日はここに来てるんだもん」
「そう言われても未成年だからね。しかしよく僕の名前を覚えていたね」
「だって私、記憶力天才だから」
「えっ?」
「今まで誰からも年齢とか訊かれたことなかったのに、片山さんが初めて。今日も他の人からもし訊かれたら、片山さんに伝えてますって言えばいいんですね?」
彼女はまるで免罪符でも得たかのようにニヤッと笑って言った。
「いや、そうじゃなくて、女子高生がこんなところに来ちゃダメって言ってるんだよ」
「今日もお願いしま~す」
「いや、ちょっと待って」
彼女は私の制止も聞かずに、昨日の記入台のところへ行ってしまった。
自分の担当場所を離れるわけにはいかないので、次の動哨担当に替わったら今日こそ退場してもらおうと思って追わなかった。
館内は途切れなく入場者が増え続け、等間隔に設置されているオッズモニターや実況テレビの近くは、いつの間にか鉄火場衆であふれ返っていた。
しばらくしてようやく担当が替わったので、昨日彼女がいた常連客たちのところへ行くと、「おネエちゃん、今日は当てような」などと、声が飛んでいるのが聞こえた。
彼女は定位置なのだろうか、記入台の横の柱にもたれていた。
女子高生が場外馬券売り場の常連客たちのそばで、新聞を見たりオッズモニターを観たりしている光景が、私にはまるで異世界のように感じられた。
「ねえ、本当に今日は退場してくれないかな。遠くから見てもやっぱりおかしいよ。イレギュラーな感じがする」
私は近づいて言った。
「イレギュラーって、何ですかそれ?」
「君のような若い子がって言うか、どう見たって未成年にしか見えない女の子が、こんな場所で競馬新聞を見たりオッズモニターを見たり、変だってことだよ。他のスタッフや職員の人たちは、よくこれまで誰も訊かなかったもんだな」
私以外のスタッフや館内の職員が、彼女を不審に思って問いかけないことが不思議であった。
「ここに土日に来るようになったのは最近なんです。だから年齢を訊いてきたのは片山さんが初めてだよ」
彼女は丁寧語とタメ口を混ぜてそう言ったあと、「もう放っておいてください。誰にも迷惑かけないんだから」と付け加えた。
記入台の常連客のひとりも「この子は最近来るようになったんだよ。特別なんだから、ニイちゃん、大目にみてやってよ」と言うのである。
「特別って、何がですか?」
「それは俺の口から言えないやな」
私は訳が分からなくなってきた。
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