第十七幕 問いかけ

 寒暖差の激しいこの季節。ぼく、柳楽は着るものに迷っていた。今日はバーのバイト、シュウ君と一日デートの約束である。この間誕生日に初めて私服を見たけど、あの子は結構今風の服着てたな……。

「まぁこっちはいい歳こいたおじさんなんだし、いいか別に……」

 そう一人ごちて、醒ヶ井くんに選んでもらった服を手に取った。寒さ対策には薄手のストールで十分だろう。今日は暖かい日の予報だ。


 十三時、待ち合わせの喫茶店前に着くと、既にシュウくんが緊張した面持ちで待機している。いつから待っていたんだろう……お待たせしてしまったかな。

「ごめんね、お待たせシュウくん」

「いいえ、緊張のあまり早く着いちゃって!……すみません」

 彼はそう言って赤い顔を上げ、にこりと笑った。今日はスタンドカラーのシャツにワインレッドのボトム、変わった形のベストを着ている。今時のお洒落という感じで、とてもよく似合っていた。相手を促して、喫茶店の中へ。まずは腹ごしらえだ。

「何食べよっかなぁ!」

 シュウくんがワクワクとメニューを見ている。そういえば大学生だもんねぇ、まだまだ食欲旺盛だろう。

「今日はぼくが払うからね、好きなだけ食べていいよ」

「えーー悪いですよ……」

 渋るシュウくん。でも食欲には抗えないようで。しばらくしたら観念したらしい、「うう……すみません」と唸る声が聞こえたので笑ってしまった。店員さんを呼んでまずはアイスコーヒーを二つ、ぼくはカルボナーラ、シュウくんはボロネーゼとオムライスをとりあえず注文した。


「今日はどんなデートにしようか? どこか行きたいところある?」

 僕からの問いに、彼はストローで珈琲を吸いながら視線を泳がす。そう、実はデート内容を何も決めていないのだ。若い子が行くところをぼくはあまり知らないから……昔ながらのところならいくらでも案内できるのだけど。

「どっか行くのもいいんですけど……こうしてゆっくりお話ししてみたかったんです。バーではあんまり長いことは話せないし」

 確かにそうだ。繁盛してるバーだけど、バイトは彼一人。いつも忙しなく動き回っているものな。

「じゃあ、ゆっくりお話ししよう。もし話題が尽きたら、シュウくんおすすめの店に連れて行ってほしいなぁ。そのあと、晩御飯食べてホテルでいい?」

「はい!」

 いい笑顔で返事をするシュウくん。嬉しそうな顔を見ると、こちらまで心が温かくなる。それからは色々な話をした。食事をしながら、締めのデザートを食べながら。通っている大学のこと、最近行ったシーシャ屋の話、この間紹介された清水くんのこと、醒ヶ井くんのいる古着屋で、コーディネートをしてもらった話……。他愛のない話をしていく内に、だいぶ辺りが薄暗くなってきた。

「そろそろ出ようか? 晩御飯前にちょっと歩いておこう」

「そうですね! すみません、ご馳走様です」

 彼は本当に礼儀正しい良い子だと思う。色んな人に愛されてきたんだろうなぁ、今後もそれが続くことを、こっそり信じてもいない神に祈った。


 喫茶店を出て、時刻は十七時。夕飯を食べる店を探しつつふらふらと歩いていると、シュウくんが突然大きなくしゃみをした。

「大丈夫? 冷えたかい」

「流石に夕方になると寒いですね……俺もストール持ってくればよかったな。」

 そういうと、何か思いついたように笑う。

「俺のおすすめの店、行きません? 服屋だから、ストール買っちゃおうかなと思って」

「なるほどぉ! 行こう行こう」

 そこから歩いて十分ほど。表通りに面した服屋に案内された。人気の店のようで、若い子がたくさんひしめいている。ドアを開けるとそこにはなんと、びっくりした顔の清水くんがいた。

 突然の来訪にびっくりしつつ笑っている。シュウくんがストールが欲しいと言うと、スマートに売り場に案内してくれた。季節柄か、様々な種類のものが陳列されている。棚の前に立ったシュウくんがおねだりをした。

「柳楽さんに選んでほしいなーー」

「えーーいいのかい? おじさんのセンスで」

 そう言いつつも、棚に目を走らせていく。一応雑貨店経営とはいえ服飾品も扱っているのだ。諦めるのはなんだか悔しい。結構キレイ目な系統の服が多いな。沢山の色の中から、まず少し大きめの千鳥格子柄のストールを手に取った。続けて白地に赤のボタニカル柄、深い暖色系のミックス織りのもの。こんなところだろうかねぇ。

「今日の服に合わせるならこんな感じかな……どれが好き?」

「柳楽さん、店員さんみたい……」

 笑いを堪えながら言って、選別に入ってくれた。鏡の前に立って、首元に交互にあてていく。それを後ろから、いつの間にかやってきた清水くんが覗き込む。

「へえ、センスいいですね?」

「うわっ清水か、ビックリした……」

 プロが来てくれたなら大丈夫、ぴったり合うものを選んでくれるだろう。あとは任せてしまおう。

「今日の服ならどれでも合うよ、後は好みかな」

 真剣な目をしたシュウくんが口を開く。

「千鳥かな〜〜他の服にも合わせやすそう」

「オッケーー毎度あり!」

 よかった。自分が一番最初に選んだものだ。案外、センスは悪くないのかもしれないなぼく……。レジで会計をしてもらう時に札を切ってもらい、シュウくんがいそいそと首に巻く。

「どうですか……?」

「すごい似合ってるよ!ちょっと大人びるねぇ」

 そう言うと、嬉しそうに破顔した。店を出て、また歩き出す。夕飯はチェーンの焼肉屋でとることに決まった。次々肉をかっ込んでいくシュウくんを見るのが楽しい。つられてぼくも結構沢山食べてしまった。


 大満足のお腹を抱え、ゆっくりと歩いてホテルへ。ぼくとは初めてだし、しっかりと解してやらないとな。とりあえず部屋へ入って準備をし、ベッドの上へ集合した。のんびりとじゃれ合っていると、シュウくんがふと、口を開いた。

「柳楽さんて、固定の相手を作らないの……何か理由があるんですか?」

「理由かぁ」


 これこそが、彼の今日の目的だったのだろう。改めて問われると、スッと答えが出ないな。もうこれはぼくの生き方になってしまっている。

「まずはトラブル防止かなぁ。ぼくは沢山の人と遊びたい性質だけど、普通は固定の相手ができたらそうしないものらしいし」

 シュウくんがフフッと笑う。

「あとは、単純に性欲のタガが外れているからねぇ……ぼくのに付き合わせたら、大抵の人は弱っていっちゃうよ」

「平均七から十発ですもんね……」

 納得したように息を吐きながら頷くシュウくん。それでも、彼は続けてさらにこう言った。

「でもそれって、……寂しく、ありませんか?」

 ……優しい子だ。

「ところがね……全然そう思ったことがないんだ。毎日楽しくてしょうがないよ」

 そう言うと、シュウくんはほっとしたような笑顔になった。


「楽しくやれてるなら、それが一番ですよね」

「そうそう! じゃ、楽しい夜にしようか」

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