第十一幕 市場調査

 柳楽祀は、両手に抱えるほどのケーキ箱を持って昼の街を急いでいた。今日は市場調査の日、もとい、女子会ついでに近隣店のスイーツを食べまくる日なのだ。

 柳楽は根っからの甘党である。それを活かして近くの店で新商品が出る度に市場調査をし、自分のケーキ作りの参考にしていた。しかし、だんだんと歳のせいか量が食べられなくなり、友人でありセフレの空知に相談したところこんな提案をもらったのだ。

「一人で食べられないなら、皆で食べようよ。侑紀も呼んでさ」

 かくして、ケーキを方々から買い集め、空知笑美の家へと集まって食べる会が結成されたのだった。もちろん女性陣は大喜び。柳楽自身もノリノリで準備をしていた。



 ややあって、ぼくは無事目的地に到着、呼び鈴を鳴らす。迎える笑美ちゃんはこれから外出なのかと思うほど、しっかりとお洒落をしていた。その奥にも美人の侑紀ちゃん。系統は違えど、こちらも着飾っている。ぼくは「外出時は必ずジャケットを羽織る」という己の信念に深く深く感謝した。

「おまたせ、ほとんど買えたよ」

 そう言うと笑顔で迎え入れられた。小春日和の遠慮なき温度から解放される。

「お疲れ様ー、広げるのはやるから任せてよ」

 絵美ちゃんはそう言うとダイニングにケーキ箱を広げていく。侑紀ちゃんはフォークや紅茶のカップを並べているらしい。ぼくはジャケットを脱いでエプロンを着け、お湯を沸かし、紅茶の用意とは別に珈琲を淹れていく。紅茶と珈琲どちらが合うのか、それも重要な判断材料なのだ。


 ひとしきり準備が終わり、テーブルに着いた。各自一つずつケーキを皿に取り分け、皆でシェアしながら判断していく。

「これはちょっと甘すぎかも。全体的には悪くないんだけど」

「こっちは酸味がいい感じ! 私は夏に食べたいかな」

「ぼくかなり甘いの好きだから甘くしがちだけど、バランスも大事だね」

 こんな風に口々に言い合いながら、食べ進めていく。ぼくはこの時間が好きだ。次から次へと「作品」が現れる。美術鑑賞のような心持ちだ。盛り付けの華麗さに見惚れ、舌触りの良さに唸り、絶妙な味に恍惚とする。五感すべてが楽しい。夢のような時間だ……。


 二人も夢中に、しかし冷静に食べている。お願いしている所感のメモも忘れない。本当に頼もしい友達を持った。ほとんど食べ終わった頃、侑紀ちゃんがため息をついた。

「美味しい……幸せ。でもまた太っちゃうよーせっかく二キロも落としたのに!」

 と。笑美ちゃんが笑いながら言う。

「運動すればいいのよ! ほら、夜とか……ね?」

 それは、聞き捨てならないなぁ。ピクリと反応を示したぼくに、うっとりと囁いた。

「今日、泊まっていけるでしょ?」

「もちろん!」

 元気よく答えたぼくに、侑紀ちゃんが頬を染める。「それって……そっちかぁーー!」

 と一人撃沈した。

「侑紀ちゃんは帰るの?」

 そう尋ねれば、真っ赤な頬で笑って言った。

「ヤダ……私もシたーい!」

 話は決まりだ。女性陣にはリビングで食後の休憩をとってもらいつつ、残り物を片付けて、カップや皿を洗う。

 この後のお楽しみを考えたら、これくらい朝飯前だ。特に女性の方が負担が大きい分、出来るだけ休んでいて欲しい。

 洗った皿を拭き上げる頃には、二人はのんびりコスメの話をしていた。リビングに入っていくと、

「祀さんってメイク似合いそうだよね」

 と突然話を振られた。本当に突然だなぁ。

「若い頃、バーでドラァグショーみたいなのをやってね。その時はそれっぽいメイクしたよ」

 そう言った途端、女性陣の目つきが変わった。

「何それ……見たい!」

「えっ自分でメイクしたの? してほしい!」

 口々に言い寄られる、圧が強いぞ圧が。

「その時ゲストで来たドラァグの人にやってもらったから、自分では無理だよ……」

 そう笑うと、二人はすかさず「メイクさせて!」とぼくを鏡台の前に座らせた。まぁ、いいか。好きにしてもらおう。

「いいけど、色合うかなぁ……」

 ちょっと心配になってそう言うと、侑紀ちゃんが自分のメイクポーチを取り出した。

「ご心配なく! 私色黒だから!」

 こりゃあ逃げられない。ぼくはネクタイを外し、ワイシャツのボタンを二つ緩めた。

「じゃあ、よろしくねぇ」

 二人がかりでメイクを施されていく。自分はたまに言われるがまま、視線を上にしたり、首を左右に回したりするのみだ。でも不快ではない。段々と出来上がっていく顔を見ながら深呼吸する。エステとかって、こんな感じなんだろうな。

 相手の温度を感じる。優しく丁寧に扱われる。それはとても貴重な体験であり、癒されるものだ。ぼくは、ぼくと関わる全ての人に、そんな体験をさせてあげたい。


「『出来た!』」

 二人が声をあげる。鏡に映っていたのは、中性的な、色とりどりの華々しい顔だった。

「おお……すごいな」

「おじさん超エキゾチック……」

「すごい、こんなに似合うのね……」

 三人で笑う。

「ありがとう、なんかエステみたいだったよ。女子はこうやってリフレッシュするんだねぇ」

そう言うと、二人は優しく微笑んだ。

「そうねぇ、面倒な時もあるけど。綺麗になれるのは気分が上がるからいいわよ?」

 確かにそうだ。

「ねえ、今日はそのまましてほしい……」

 そう呟く二人に、ぼくはただ笑顔で応えた。

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