第十幕 共有

 今日も契約が取れたし、仕事は定時でキッチリ上がった。俺、徳田竜司は上機嫌でオフィスを後にしようとしていた。今日は……タチの気分だ。まぁ大体はそうなのだが。一旦帰って汗を流したら、着替えていつものバー「暗中航路」に滑り込もう。

 念のため、何かないか周りのデスクを見回す。そこには、必死にPCと向き合う佐々木の姿があった。

「大丈夫? 佐々木。何か手伝う?」

 と声をかける。この間、バーでお互いの秘密を共有してから、何となく気にかけるようになっていた。びくりと振り向いた佐々木。

「大丈夫、今日契約が取れたから……資料集めだけでも終わらせようと思って」

 すごいじゃないか、おめでとう!

「やったじゃないか、良かったね!」

 そう言うと照れ臭そうに身をすくめる。

「僕も君みたいに、ポンポン契約取れたらいいのにな……」

 そうぼやく佐々木。

「俺だって毎回取れてるわけじゃないよ……佐々木、最近頑張ってるから大丈夫さ」

 本当にそうだ。佐々木は最近目に見えて業績をあげている。具体的に言えば、奥さんと別れてから。

「最近調子いいじゃないか。自信持っていいんだよ、一緒に頑張ろう」

 俺がそう言うと、にこりとはにかんだように笑う。その顔が結構かわいいと思った。

「ありがとう、終わった。もう帰れる」

 そう言われ改めて、「お疲れ様です」と声をかけ、会社から飛び出した。


 彼も、今日はバーに来るかな。会ったら誘ってみてもいいかもしれない。などと考えながら家への道を急ぐ。着いたら即シャワー。癖のある髪は整髪料で後ろに撫で付け、メールチェックと着信履歴の確認を終えたら、コーディネートにとりかかる。

 まだ夜は肌寒いからジャケットは必須。ダークブラウンのレザージャケットがあったな、アレでいいだろう。中は……脱ぎやすさを考えて黒い柄物のカッターシャツ。

ボトムはワインレッドのチノパン、少しタイトめな奴でいこう。それに黒のショートブーツで完璧だ。


 鼻歌でも歌いそうな気分で家を出る。バーまでは二十分位か。電車に揺られた後、裏路地を風を切って歩く。

 夜風に冷えたドアを開けば、安息の地。今日はいつも以上に混んでいる。シュウ君が寄ってきた。

「すみません、今カウンターが空いていなくて。相席でもよろしいですか?」

 もちろん。そう答えると、髪をしっかりブリーチした派手な男性のいるテーブルに通された。

「今日は、ジントニックで」

 そう注文を伝え、席についた。先に座っていた派手髪くんがピクリと反応する。そうだ、この人は──。

「こんばんは。……君前に、柳楽さんと一緒にいなかった?」

 そう尋ねてみると、相手はニヤリと笑った。

「ええ、遊び友達っす」

 心の中でガッツポーズをする。なら十中八九ネコだ。

「今日も柳楽さん待ち?」

 尋ねてみると、派手髪くんはゆるやかに首を振った。

「今日は特に。男なら誰でもいい日すよ」

 そう答えた相手は、どこか意味深な雰囲気で笑っている。

「そうか。……俺でも?」

 低く囁けば、彼はシナをつくってこちらを見つめ返す。

「満足させてくれるなら……お兄さん、どれくらいもつ?」

 なるほどそうきたか。

「大体三発は余裕」

 そう言うと、彼は妖艶にその笑みを深めた。

「いいっすね……じゃあ決まりで」


「なかなか柳楽さんみたいにはいかないからなぁ」

 溢せば、「そんなにすごいんすかあの人」と彼。

「もちろん。抜かず三発は余裕だし、そのあと四、五発食らったことあるよ」

 そう言えば、恍惚の表情で「逃がせねえ……」と。

「全く同意見」

 囁けば、ヒソヒソ笑いがやがて爆笑に変わった。

「おかしいでしょ、あり得ないでしょ七発って」

 とくずおれる彼。

「いや、俺体力には自信あるんだけど……あの時ばかりは死を覚悟したね」

 本当に。しかも遅漏気味で、あの人が一発イくまでにこちらは大体二回はイかされているのだ。まさに体力勝負と言っていい。


「こわ……俺体力つけなきゃ」

 そう言う彼はとても細っこい。これであの最凶おじさんのパッションを受け止め切れるのだろうか? いや、柳楽さんの方で加減してるんだろうけど。

 笑いすぎて喉が乾いて、ドリンクを飲み干す。

「どこ行きます? 一番近いとこでいいすか?」

 彼が言う。

「もしかして……『ホテル彼は誰』?」

 と言うと、また笑い出してしまった。

「部屋は『匂菫』でしょ」

 息絶え絶えに言う。今度はこちらが爆笑する番だ。柳楽おじさんトークが盛り上がってしまう。


「なんだ、楽しそうだねぇ」

 後ろから声がかかった。なんと、散々ネタにしていた柳楽さんがそこにいた——笑いが止まらない。

「君たち大丈夫? お冷もらおうか?」

 と心配され、やっと笑いが収まった。

 事の顛末を話し「すみません、本当に」と言うと、柳楽さんはにこやかに笑った。

「いやいや。いつもごめんねぇワンパターンで。けど、ヤれたらどこでもいいとこない?」

 と。そりゃあそうでしょう、と二人で頷く。

「今日は二人で行くのかな?」

 と柳楽さん。

「そのつもりでした。まぁとりあえず休憩で」

「柳楽さんは?」

 派手髪の彼が尋ねた。

「今日は馴染みの予約が入ってる。そのあともう一人二人いけたらいいなぁ。明日休みだからね」

 わーお。

「敵わないなあ……」

 そうごちると、柳楽さんが腹を抱えて笑った。

「ぼくはホラ、セックス以外に才能ないからねぇ」

 などと宣う。

「『嘘だーー!』」

 俺と派手髪君、二人分の声が重なった。


 結局柳楽さんのお相手が来るまで話し込んでしまい、バーを出たのは二十時頃。

「ごめんね、ムードも何もなくなっちゃったな」

 そう言うと彼はこちらを見て、「そんなもの、また作ったらいいんすよ」と不敵に笑んだ。

「君カッコいいな……」

 そう言うとニタリと笑う。そして、

「醒ヶ井って言います、名前」

 さらりと教えてくれた。ならこちらも。

「俺は、徳田。今日はよろしく」

 そうすると、滑り込むかのようにするりと腕を組まれる。今度こそお互い黙ったまま、ホテルを目指して歩き出した。

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