第八幕 お裾分け、痛み分け
時刻は十八時過ぎ。柳楽我楽多店には、明日の営業用にアップルパイを焼く柳楽の姿。今日はあいにくの雨で、客入りは芳しくなかった。余ったチーズケーキはどうしようか、流石にワンホールと四個は一人ではしんどい年になってしまった。
「マスターに、持って行くかぁ」
バー「暗中航路」のマスター、益田修の顔を思い浮かべる。彼も無類の甘味好きだ、多分喜んでくれるだろう。バイトのシュウくんも、彼は甘いものあんまりだけど、チーズは好きらしいから食べられるかな?
とりあえず良い色に焼き上がったアップルパイをオーブンから出し、粗熱をとる。そこに「……ばんは」と入ってきたのは青年——醒ヶ井奨であった。
「こんばんは奨くん。珍しいね、こんな時間に」
とぼくが言えば、彼は「今バイト上がりなんす」と薄く笑った。
「今日バー行くのかなぁと思って」
なるほど、はは。
「直接ホテルでもいいよ? あっでも、マスターに渡すものあるから一回は寄らなきゃ」
言い添えると、奨くんはゆっくりと目を細めて妖艶に笑った。
妖艶、そう、彼にはそんな表現が似合う。細身のしなやかな体つき、青く綺麗に吊り上がった流し目。しっかり整えられた髪は白く、鮮やかな青のインナーカラーが入れられている。キープするの大変だろうな。
「いいすよ。一杯飲んでから行きましょ」
快諾してくれた。そうと決まれば準備だ。
「準備するから、ちょっと座って待ってて」
と言えば、彼は素直にカウンターに腰掛けた。ぼくは冷蔵庫からチーズケーキを取り出し、箱に詰めていく。
「持って行くのって、これっすか。すごいな」
奨くんが感心した顔でケーキを見ている。
「今日はあいにくの天気だから、お客様が少なくて余っちゃったんだ。バーで出してもらおうと思って。一個食べる?」
問えば「いいんすか!」と目を輝かせたので、一切れ皿に移して目の前に差し出した。
「はい、今日はサービスね」
「やった! でも悪いんで酒奢ります」
こういうところはしっかりしている。
「本当ぉ? なんか悪いな」
へらりと言えば、彼は楽しそうにクスクス笑った。
支度をして、店を出る。雨脚はだいぶ弱まっていた。バーまでの道は約六百メートルだからすぐそこだ。
「悪いね、荷物持ちさせちゃって」
そう言うと彼はいやいや、と首を横に振った。
バーに到着。重厚な扉をくぐれば、そこはいつもの賑わう場所だった。マスターに事情を話す。
「タダでは受け取れんな、店で出すから一個三百円払う」
義理堅いのは相変わらずだ。この人柄が、こんなにも人を惹きつける。「敵わないなぁ」と一人ごちた。
しかし、どうやってこの量捌くんだろう。まだバーの営業は始まったばかりとは言え——。
「祀の手作りチーズケーキ、早い者勝ちね!」
マスターがよく通るバリトンを張り上げた。瞬間、店のそこここから挙手! 飛ぶように売れて行くケーキ。
「すごいな……」
結局希望者が多すぎて、さらに半分にカットしたものを二百円で提供することにしたらしい。
「美味しい!」
「えっいいな」
「定番にしてほしい」
そんな言葉が飛び交う。立ち上がり、店内に向かって声を張り上げる。
「ありがとうございます!」
拍手が上がった。本当に、温かい場所だなぁ。
マスターが声をかけてきた。
「祀、卸やらんか」
卸、つまりはケーキ作りの下請けだ。
「いいですよぉ」
もちろん引き受けるとも!
「前の日十時までにメッセージください」
そう伝えると、マスターはメモに書き留めて微笑んだ。
ドリンクが到着。ぼくはモヒート、奨くんはレッドアイをそれぞれ手に持ち、ささやかに乾杯。
「よかったすね、はけて」
「本当にねぇ。ありがたい事だよ」
安堵の声を漏らす。
「にしても、今日は積極的だね。どうしてもぼくがよかった?」
そう尋ねると、彼はニタリと笑った。
「ええ……どうしても、おじさんがよくて」
嬉しい事だ。
「今日バイトでしつこいクレーマーが来て……疲れちゃったから、なんかめちゃくちゃにしてほしくて」
あらあら。
「あぁ、ストレス溜まるよねぇ……」
そう言う事なら任せて欲しい。一晩のフィニッシュ平均は七から十発、もちの良さは折り紙つきのぼくだ。
「じゃあ、とびきり可愛がってあげなくちゃ」
そう言うと恍惚とした顔で頷く。
「……お願いします」
バーを出ると、もう雨は止んでいた。一番近いホテルまでのんびり歩く。初めて会った時にも行ったところだ。道中のコンビニでコンドームとスポドリを買い、準備万端。コンドームを選んだ時、奨くんがスッと目を細めるのが見えた。
部屋に入ると、奨くんは待ちきれないと言う顔で服を脱ぐ。こちらもダッシュで脱ぎ捨て、競うようにシャワーを浴びた。身体を拭いたらそのままベッドへ。まずは水分補給。セックスとは高度なスポーツなのだ……。彼は念入りに中を洗っているらしい。
ガウン一枚羽織ってベッドに寝そべっていると、部屋に戻った彼が息を漏らした。
「えースケベ……」
ふふっと笑う。
「君も十分スケベなんだけどな」
と返すと、水分補給をした後、いそいそとベッドに上がってきた。
「おじさんほどじゃないっすよ」
そう言いながら擦り寄ってくる彼を抱きとめ、全身を優しく撫でていく。段々と息が上がってくる様がとても扇状的だ。彼も彼で、息を乱しながらもこちらの下唇をみ、くちづけをねだる。
もうそろそろだ。ゆっくりとベッドに押し倒し、彷徨う手を握った。
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