第二幕 遭遇――徳田竜司
憂鬱な雨。湿度を移されて重くなるスーツが身体にへばりつく。冷たいビールが欲しい……。あとは清潔なホテルのシャワー、熱を発散できる相手。
たまにはネコもしたいな、と俺──徳田竜司は考えていた。しかし、障害となる己のガタイの良さ──百九十センチを超える長身に、趣味の筋トレが合わさり、中々相手を見つけられずにいるのだ。
最近顔を出していない店を思い出す。季節は巡っても、あの店の暑苦しいドアは変わらない。行って、みるか。あの店のマスターは、若い頃伝説のタチだったと言う。ならば多少期待もできるかもしれない。
「いらっしゃいませ」
懐かしいバリトンだ。中に入った俺は、程よく効いたクーラーに息をつく。
「いらっしゃいませ、お久しぶりです!」
小走りで駆け寄ってきたホール担当はシュウ君と言って、大学生のバイトだ。まだあどけない顔のバリネコ、ウリはしていないがお客にとても人気がある。
「久しぶりです、今日は生ビールで」
注文を伝えるとはにかむような笑顔を振りまき、カウンターに入っていった。
ビールを受け取ってカウンターに座り、マスターに挨拶をする。マスターは微笑み返した後「その辺のは食い尽くしたかい?」と尋ねてきた。俺は笑って首を振る。
「たまにはネコもしてみたいんですが、皆タチをご所望みたいで」
「ほう……」
何か言いたげなマスター。ふいと身体を返し、カウンター端の長髪の男に話しかけているようだ。ここはいつも薄暗いし、マスターの影になっているので相手の姿はよく見えないが、顔も身体も整っているらしいことは分かる。コレは……紹介してくれるのか?
淡い期待を胸に抱く俺の隣に、先程の長髪男がゆっくりとやってきた。
「隣、いいですか?」
もちろん、と返して椅子をすすめる。相手の所作を見れば、椅子に滑り込む際に、持ってきた酒をほとんど音も立てずにカウンターに置いていた。。細身だけれどワイシャツ越しにでも分かる、これはそこそこ鍛えている身体だ。体幹が鍛えられているから、ハイタイプのカウンターチェアに乗るにも手間取ったりしない。なんて綺麗な所作だろう、無駄がない……。
俺より少し低いくらいの身長。けれどなんだか優雅で、余裕綽々な感じが見た目よりこの人を大きく見せている。はっきり言えばとても好みだ──。
じっと見つめていたら、相手の視線とかち合った。紫の瞳。穏やかな光を保つそれは暖かい灯火のようだ。ボーっと見つめてしまう俺を気遣ってか、相手が口を開いた。
「タチを探してるんだって?」
なんて話が早いんだ。そんな都合の良い事があっていいのだろうか?
「っ……ええ……」
困惑気味に返してしまったが、相手に怯んだ様子は全くない。ニコリと人好きのいい笑みを浮かべて一口、酒を煽った。
「ぼくは、ネコを探してたんだ。奇遇だねぇ」
年上だろう相手の、堂々たる姿にクラリとする。これは、もしかしてイケるのでは……?
「俺みたいな、その……ガタイがいい相手でも、勃つもんですか」
正直に聞く。顔は悪い方でもないけど、いい方でもない自負があるから。ガチガチな筋トレ趣味がなさそうな、いわゆる普通の男に自分みたいな奴が抱けるのか疑問だった。
相手はこちらを見つめ返して、破顔した。
「もちろん!ぼくは好きだよ、イイ身体の子」
なんていい笑顔だ。心の底から肯定されるようで、それがこんなに嬉しいなんて!
「……よかった」
気の利いた返事が何も浮かんでこない。言葉に詰まった俺を、相手は特に追求しなかった。
「でもまぁ、相性はあるからね。とりあえずヤってみないことにはなんともかなぁ」
とあっけらかんとしていて、それはとても気が楽だった。
「ただ、ぼく固定の相手は作らない主義だから。ちゃんとお付き合いしたいタイプならそこはごめんねぇ」
こちらこそ。遊びの相手で全然問題ない。仕事が忙しくて中々相手が出来ても構えないからと話したら、どこも一緒かと笑ってくれた。
名前を聞いていいものか。少し逡巡して、今夜の結果によるなと考えた。相性が良ければ、連絡先も欲しいから……はやる気持ちを抑えてビールを流し込む。相手も飲み終える頃だ。
「あの……」
声をかけると、相手と目が合う。
「そろそろ行こうか、ホテル」
と微笑まれた。こちらも笑って返す。
「ええ、行きましょう」
相手の足が向くまま、狭いけれど清潔そうなホテルに着いた。こんな近くにもホテルがあったなんて。なんの問題もなく部屋に通され、二人して汗まみれの服を脱ぐ。
「君は本当に、イイ身体してるねぇ……」
と惚れ惚れするような視線を向けられる。鍛え上げた身体を褒められるのは正直慣れているしとても嬉しい。
「ありがとうございます、鍛えた甲斐がありますよ」
いつもと違うのは、食われるのがこちらだと言う事。相手の細められた目はさながら猛禽のそれで、やかな目の色と相まって腰骨がゾクゾクする。
とは言え、相手も腕や腹筋にはしっかりした筋肉が見えていた。
「あなたも大概じゃないですか?」
「ぼくは運動なんてセックスしかしてないよ」
なんて人だ……。からから笑う相手を前に、いよいよ脱帽した。
「シャワー先にお借りしますね」
と告げ、俺は足早にバスルームへ向かった。
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