13歳になった僕と大人になったあなた
13
午後の授業を終え、友人たちが週末に街へ繰り出そうと相談しているのを聞いていたロジェは、渡り廊下の向こうから呼び止められた。
「オリヴィエール先輩」
リボンタイの色からして後輩の女の子のふたり組だ。
「何か?」
「あの…」
女の子たちはうつむきがちに口ごもるので立ち去ろうかとロジェが迷っていると、意を決したように小振りな手が何かを差し出してきた。
白い封筒に金の封蝋が施してある、手紙だ。
「き、気持ちだけでも受け取ってください!」
「申し訳ありませんが、受け取れません」
手を差し出しもしないロジェの返答に、女の子は絶望した顔で涙ぐんでしまった。
「あの」
大丈夫かと尋ねようとしたロジェを先制して、彼女は甲高い声で叫んだ。
「わたし、納得できません! 先輩が、どこからきたのかも分からない聖女さまを押しつけられているなんて」
ざわりと周囲の野次馬の声が揺れる。そのうえ女の子は叫ぶだけ叫んで、走ってどこかへ行ってしまった。ロジェは頭を抱えたい気分で後ろ姿を見送るしかない。
「よぉ、色男! 今日は三人目だな!」
友人の軽口がひどく恨めしかった。
十三歳になって背が伸び始めてから、急に声を掛けられることが増えた。
それは先ほどのように手紙であったり、呼び出しであったり、誰かを介しての紹介であったり、何かしらの方法でロジェと二人きりで面会を要求するような手合いだ。
ロジェがマリと婚約しているのは周知の事実だ。どれほど疎い者でも、ロジェのことを少し周囲に訊けばすぐに知ることが出来るだろう。
それでもああいった誘いや手紙は増えていく一方だった。
「そりゃあ、君がモテるからだよ。色男ロジェくん」
今日も実験に失敗して、教授に説教をくらって研究室を出てきた変人のカロルが訳知り顔に人差し指をふるった。女子学生用の制服のスカートが少し焦げている。きっとまた薬品を間違えたのだ。
「ロジェ、君は図書館で女の子に本を持ってあげたりしているだろう」
「重そうだったからだよ」
「食堂でドアを開けてあげたり」
「他にも人がいたからね」
「年頃の女子の染まりやすい心を君は理解していない!」
長い付き合いだが彼女のこういうところは今一つ理解できない。逆にロジェも訊いてみる。
「じゃあ、僕がこうしてカロルをわざわざ約束の時間に迎えに来ているけれど、君は僕に恋心を抱くのか?」
「それは無いね!」
やっぱりよく分からない。
今日は友人の何人かで図書館で勉強会をする予定だ。だからこうしてカロルを連れてきたというのに、先に来ていた友人たちもロジェを色男と突ついてくる。
「今まで散々、眼鏡をかけたカカシだってからかってきていたくせに」
「大人になったということじゃないかな。それに、みんなお年頃だしね」
クラスの中でも大人びたエルネストがゆったりと笑う隣で、目つきの悪いステファンが睨んでくる。
「聖女さまがいる分際でうらやましい!」
「君は女の子に優しくすればいいんだよ、ステファン」
ステファンは気は優しいくせに、言動が乱暴だからとクラスの女子に避けられているのを気にしているのだ。
「ははっ、色男は言うことが違うなぁ」
後ろから殴るような言葉を投げてきたのは知らない男子学生たちだった。ネクタイの色はロジェたちの一学年上の八年生だ。
「いいよなぁ、年上の女を好きに出来て」
「何せ聖女さまだろ。さぞ具合もいいんだろうよ」
今までロジェを散々からかっていたステファンが立ち上がろうとした。それを押しとどめて、ロジェは上級生を振り返る。
「先輩たちのお言葉は、聖女さまにお伝えしておきます」
マリの功績は万民が知るところだ。公で口汚く罵れば、白眼視されるのは彼らの方だった。現に今、図書館でも遠巻きにされていることに気付いたのだろう。
舌打ちして去っていくのを見送っているとカロルがニヤニヤと笑っている。
「そういうところだよ。ロジェ」
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