011 拠点を探そう

 クロス達は海を見渡した山頂まで戻ってきた。

 太陽はすっかり、西に傾いている。

 ここに戻ってくるまで、行きとは異なるルートで拠点になりそうな洞窟を探したが、見つからずじまいだった。

 岩の上に昇って周囲を見回していたクロスは東の方を指す。


「……しかたない、今日は少し下ったところで野営して、あしたまた拠点の候補地を探そう。船を用意するとなると、しっかり準備しないといけないからな」


『うへ~』


 担がれているだけの生首がヘタレていた。


「なんで、お前が疲れているんだ?」


『気疲れだよ。また、さっきみたいなのがいきなり襲ってこないかなって、落ち着かなくて。むしろ、なんでクロスはそんなに元気なのさ?』


「スキルの効果かもしれない」


 パッシブスキルの『超健康体』の効果説明は、『肉体が毒、病気、精神異常に耐性を獲得する。』となっていた。ざっくりとした説明だが、これが特定の対象ではなく、毒や病気といった概念への耐性を付与するのならば、精神異常の中に、ストレスが含まれてもおかしくはないだろう――


『????』


 ――と言う仮説をヘンリエッタに話したら、理解が追いつかない顔をしていた。


「だから、スキルのおかげで、そういうのを感じない体になってるっていうことだ。わかれ」


『よくわかんないけど、ずるくない? いや、ずるだよそれは! 同じ転生者なのに』


「クレームは女神に言え」


 生首は大きく息を吸った。


『女神様〜っ! こいつばっかりエコ贔屓しないでくださいよ〜っ! ……もしかして、おじさんフェチなんですか〜っ! ちょっと解りますけど〜っ! JKにももうちょっと優しくしてくれていいじゃないですか〜っ!』


 ヘンリエッタの虚しい訴えはやまびこになって響いた。茜色の太陽の中を黒い鳥が飛んでいく。

 クロスは何言ってるんだこいつと、腕の内で息を切らすヘンリエッタを見た。


「気は済んだか?」


『ちょっとマシになったかも』


「じゃあ、移動するぞ」


 クロスは岩の上から飛び降りる。

 そして、着地の勢いに乗って走り出した。


『あっ、ゆっ、ゆっ、ゆっ』


 時間がないので野宿に適した平地をさっさと見つけ出さないといけない。クロスもヘンリエッタも遭難してからまる2日間、何も食べずに行動し続けている。スキルのおかげで不調は感じないけれど、時折感じる空腹感が徐々に強まっているということは、限界が近づいている証だ。


「近くに水場があって、でも地面が湿っていない場所があればいいが」


 地面が湿っていると火を起こしづらい上に、夜はその湿気で底冷えする。

 山頂には大きな岩が点在して、地面は砂利の多い砂地だったことから、水捌けのいい土地であることは確かなので、候補地は多いと考えられた。キャンプ地を見付けるのは、今の身体能力での広域な行動範囲ならさほど苦労しないだろう……とクロスは思っていた。


『見つからないね……』


 腰の高さを超える木の根を乗り越える。

 予想は大外れだった。

 まず、見張り山と名付けた独立峰の頂上から北東に二百メートルほど降りたところで、がらりと木々の植生が変わった。これまでは比較的乾いた森だった。樹木が若く、その間隔も広い。日光が地面まで届き、土は軟らかく、下草の様子も穏やかだ。

 しかし、見張り山の東はまるでジャングルのようだった。

 樹木が密集していて、薄暗く、幹や根に苔とキノコが生えているような密林だ。

 さらに山肌を北に回り込んでみると、ある境をこえたところから不時着してから嫌というほど見た明るい森が現れた。

 北側には水場がなく、そしてもう西側に廻りこむ時間的余裕が無っている。

 仕方なく、クロスたちは肥養な緑深の土地に戻った。

 しばらく降っていくと、二人は少し開け小川を発見し、それを辿っていった先に広場のような空間を見つける。

 不思議な空間だった。

 見張り山の東側は斜面に前世の実家のテレビで見た屋久杉ににた巨大な杉の木がみっちりと生えている。その最中に、根の波が途切れて、シロツメクサに似た野草が一面を埋める半径三十メートルの円形空間が形成されているのだ。しかも比較的平らなその場所の中央には何もなく、こんもりとした盛り土の周りを足首程度の深さの濠が囲んでいるだけ。

 いかにも地形からなにか曰くの雰囲気を感じる場所だった。


 クロスはたどってきた川から水が流れ込み、出て行く小濠の側に立って周囲を見渡す。続いて、屈んで小川から水を掬って口に含んでみた。口の中で冷たい水を転がしても、違和感はない。直線で山頂から一時間程度、流れ込む水の水源からは百メートルも距離はない。濠の中に水草が揺れる、魚も住まぬ清水だ。飲めそうだった。

 そして、おっさんは頷いた。


「よし、ここにしよう!」


『え、なんで!?』


 手元の魔王から困惑の叫びが上がってびっくりしたクロスは、アゴひげをさすりながら答える。心臓が元気に跳ねるくらいの大声だった。


「いや、もう薄暗いし。あの森の中で野宿するより安全そうじゃないか」


『いやいやいや! 木の上とかあるじゃん! あとはほら杉の木の根っこの隙間とか!』


「それだと、またさっきのバイコーンが襲ってきたとき、逃げたり戦ったりしないといけなくなる。対してこの広場ではその心配はない」


『なんでそんなこと言い切れるわけ?』


 クロスは自分たちがやってきた方向を指さした。

 薄暗い森の中に、四つ足の黒い大きな影がある。わずかに差し込む夕日を反射する朱い双瞳をこちらに向け、じっとクロス達を見ている双角の獣。

 海辺で対峙したバイコーンがそこに居た。


『わっ! いつの間に!?』


「ほんと、いつのまにだろうな?」


 しかし、先ほどクロスを見たとたんに興奮状態で襲いかかってきた黒い戦馬の面影はなく、広場の縁でじっとクロスを見ているだけだった。

 いや、入りたくても入ってこれない、という感じだ。

 しばらく観察していると、脚を踏み出そうとして躊躇し、元に戻す様子がうかがえた。

 

「ここは魔獣は入ってこない、特別な土地みたいだな」


『そんなの解んないじゃん! 入ってこないのはアイツだけかも知れないし……』


「とりあえず、あの猛獣が入ってこないのはいいことだろ。もしかしたら、奴が近くに居ることで、ほかの弱い魔獣が寄ってこなくなる可能性も考えられる。あれ、なかなかに凶悪だからな」


 もしクロスが勇者パーティの面倒を見ていた頃だったら、いまごろ轢き殺されていただろう。


『それは、そうかもだけど……』


 その言葉をクロスは同意と受け取った。

 

「じゃあ、ヘンリエッタ。お前はここでアイツを見張っていてくれ。おれは薪拾いと、今夜の食料調達に行ってくる」


『え、ちょ! クロス!? こんな処に置いていかないでよ! ねぇ!』


 クロスは空き地の中心の盛り土にPUT ON 生首して正面方向を双角獣の居座る場所へ整えた。そして、頼んだぞーと言って広場から出ていった。


 じっと、据え置かれた生首を魔獣の視線が捉え続けている。

 

『おなじ角仲間どうし、仲良くしてくれないかなぁ』

 

 ヘンリエッタはほろほろと目から涙を流しながら、クロスが戻ってくるまでの間、待つこととなった。




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