008 神格精霊召喚

 日が昇った。ちなみにクロスは一睡もしていない。魔王討伐の旅では、勇者たちの訓練を監督する関係で徹夜は日常茶飯事だったが、当時のような疲労感を今のクロスは感じていなかった。

 スキルの『超健康体』の効果かもしれない。

 残り火に燃料をくべて、再び火をおこす。

 そして、寝床に指定した洞のなかをのぞき声をかけた。


「おい、起きろヘンリエッタ」


 口の端からだらしなくよだれを垂らして寝息を立てる生首が、うっすらと瞼を開いた。そして、また閉じた。


「ん~、まだ暗いのじゃ、マリア」


「俺はマリアじゃないぞ、寝坊助魔王」


 木洞の中は日差しが差し込んでこないのでたしかに薄暗いが、朝は訪れている。

 クロスはぐずるヘンリエッタの側頭部に生えた角を持つと、外に出して昨夜と同じたき火の側に据え置いた。

 生首が朝日のまぶしさに耐えかねて目を開く。


『あ~、おはよ……クロス……なにぃ? ……顔がぱさぱさするから、あんま焚火に近づけないでほしいんだけど?』


 意識が覚醒すると古めかしい異世界語を使う魔王の生首からギャルな日本語をしゃべるJK生首に切り替わる。

 クロスは「どちらかに統一しろよ」とぼやいた。


『え~、しょうがないじゃん? 異世界転生してからずっと、こっちの言葉ばっかり使ってたから、日本語の頭に切り替えるの、ちょっと時間がかかるんだよ』


「なら、寝言でもそっちが出るくらい馴染み深い異世界語の方でいいだろ。無理して日本語で話さなくても」


『いや』


「なんで」


『だって、なんとなくダサい喋り方してる気がするもん。だから、日本語が通じるクロスには日本語で話す』


 そういってヘンリエッタは口を尖らせた。

 クロスは口を突いて出そうになった驚嘆を我慢した。確かにヘンリエッタの使う異世界語は、由緒正しいものだった。言い方を変えると、尊大で、かつ年寄りくさい。あえてそういう喋り方をしていると思っていたが、違ったらしい。考えてみれば、こいつは魔族の中の王族で、最高権力者だった。周りの人間が丁寧な言葉でしか話してこない環境だったから、そういう言葉遣いが身についたということだろう。


「たしかに、爺くさい口調だな。『~なのじゃ』みたいな」


『うぇ!? わたしそんな語尾じゃないし! やっぱもう異世界語使うのやめる!』


 ヘンリエッタは顔を赤くして拗ねてしまった。

 しかし、それではこの先困る。おそらくクロスのような転生者しか理解できない『日本語』をしゃべる生首。見世物小屋直行間違いなしだ。クロスの行動圏内(教会や王国内の図書館)では、転生者に関する資料や文献を目にしたことはない。


「なら、ダサくない言葉遣いを覚えれば、こっちの言葉でしゃべってくれるのか?」


『え、う~ん……めんどくさいけど、どうしてもっていうなら、やってあげないこともないよ?』


 なんで上から目線なんだ、とクロスは疑問に思ったが、それを愚かに口にすることはなかった。

 こういう女の対処法は、この魔王と似た反応をしていた勇者でよく知っている。


「よし、じゃあそれで頼む」


 じっさいどうやって言葉を教えていくかは、おいおい考えるとして。

 クロスはステータスを開いた。

 そして、『神格精霊召喚』スキルを有効化する。

 スキルその使い方は、昨晩のうちに探し当ててある。夜が明けるまでいろいろと試した結果、前世の仕事でコンピュータのコマンドラインインターフェースを使っていた時のように、コマンド+オプションにヘルプを付けるように意識して唱えたら、スキルの使い方がまるで最初から知っていたかのように頭の中に浮かんできて自然と理解できるようになった。

 詠唱は必ずしも必要ないらしいので、今からの行動は無駄なのだが、クロスも男子なので。


 クロスは立ち上がり、焚火とヘンリエッタから少し離れた場所に移動した。

 両足を肩幅に開き、背筋を伸ばして胸をはり、片腕を斜め前にゆっくりと伸ばす。腕の先には、多少開けた空き地があった。


「やるぞ」


『どうぞ~!』


「……神格精霊召喚!」

 

 起動句を唱えると、クロスは体の芯から大量の熱があふれ出すのを感じた。空気が冷たくゾクゾクと総毛立ってしまうような、発熱が熾る。魔力が目に見えたなら、クロスの体内に激しい力の本流が渦巻いているのがわかっただろう。循環して増えていく熱量に、クロスはすこし危機感を覚えた。

 四、五秒の間、増殖していた魔力はやがて、伸ばした腕から先に抜き取られるように放たれて、青白い発光現象を伴う、魔法と成った。

 魔法はクロスの目標とした地点まで、複数の光線が絡まりながらも一直線に進んでいき。到達するとほどけて、縦2メートル、直径3メートルの円柱立体魔法陣を形成した。魔法陣は完成しながらも、続けてクロスの内から生み出される魔力を吸い取っていく。

 それから2分ほど悪寒に耐えていると、魔法陣の魔力の吸い取りが止み、クロスは膝をついてせき込んだ。、 


『大丈夫~!? 顔が真っ青だよ!』


「……問題ない」


 数回深呼吸をすると、身体に活力が戻ってきた。

 呼吸をするだけで魔力が回復する、この回復力にクロスは、霞を食って生きる仙人になったみたいだと思った。

 そして、これを実現するスキルに思い当たる節がある。

 『聖魔循環炉』というパッシブスキルの効果だ。これの説明は『魔素と聖素を循環増幅する炉を形成する』という、これまた簡素なものだった。『循環、増幅』という文言から何となく両方の要素が増えるのだろうということしかわかっていなかったが、実感してみればわかりやすい。

 いったい何がその炉の燃料になっているのかなど、いろいろ気になることはあるが、クロスはその懸念を一旦横に置いておくことにした。

 ついでに、人間が魔力と呼んでいるものが、このスキルを与えた女神からすれば、魔素と聖素という粒子に分類されることを示している。これは国に帰って発表すれば世紀の大発見かもしれないが、これも棚上げだ。


 なぜなら目と鼻の先の立体魔法陣が、鼓動していた魔力と光の波動を収束させていき、今にも最終段階に突入しようとしていたから。


 魔法陣の外周を形成していた光線が、円筒の中心へと寄っていき、砂時計のような形になった。密集した光線が球状にわだかまって、少しずつ大きさを増している。


「あれが、神格精霊なの……か?」


『ちがうよ、精霊はあんな、凶悪な魔力の塊じゃない』


「は? 知っているのか」


『精霊はもっとこう、ふわふわ~としてて、居ると思ったら居なくて、居ないと思ったら居る、みたいな! 幽霊みたいな存在なんだよ!』


 それは幽霊みたいではなく幽霊なのでは? と、クロスは思ったが、それを議論している暇はなかった。


 魔方陣の光が中心点となった座標に集積して球を形作り、空気を破る衝撃波と共にクロスめがけて飛んできたのだ。


「うわ、あっぶな!?」

 

 素早くサイドステップしたことで、寸でのところで躱すことができた。一昨日までのクロスだったら、直撃を受けていただろう。

 バリっと背後から木質の割れ弾ける音が響いた。

 クロスが振り返ると寝床にしていた大木の幹に、新しい洞穴ができていた。揺さぶられた枝葉がばらばらと落ちてくる。


『うぇ、ちょっと!』


 顔面に木の枝と葉が降り注いで文句を言っているヘンリエッタに、クロスは走り寄って持ち上げて抱えた。

 洞の中で滞空していた光球に顔はない。しかし、クロスは光の奥から視線がこちらを向いたことを肌で知覚した。そして、さらに光球の中身が「なんでこいつ避けたんだ?」と疑問に思っていることまで、なんとなく判ってしまった。

召喚者と糸で繋がっているかのように、それはクロスめがけて再び音速を超えた。


『わっまっ!?』


 反射だった。懐に抱えたヘンリエッタを盾としてつきだしていた。


『わーーーーへぷっ!?』


 しかし、光球は生首を貫通して、クロスの心臓付近に直撃した。


「ぐっ、あああ!? あ?」


 クロスに直撃した光球は弾けるように消えてしまった。空気の壁を破る音と衝撃を発生させていた魔力の塊がまるで存在しなかったように、クロスの体に吸収されたようだった。


『……盾にされた』


「なんだったんだ」


『なんで盾にしたの!』


「あ~、あ、ちょっと待て」


 ヘンリエッタの憤慨の声のウラで、女神の加護が覚醒した時と同じような『てれれん♪』という通知音と共に、『神格精霊のダウンロードが完了しました。展開を開始します』という、またこれまでの剣と魔法のファンタジー世界観をぶち壊す脳内メッセージが流れた。

 確認のためステータスのスキルページを開く。


「パッシブスキルがまた進化したみたいだ」


『へー、それで。どんなスキルになったの』


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- 賢者の若木


所持者はいつか全てを理解する。所有者の行動、思考を補助する精霊の依り代となる。


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 賢者の芽が若木へと名を変えていた。

 パッシブスキルだということは、何かしらのサポートを行うAIのような機能を果たすのではないかと考えていると、クロスは後頭部がムズムズしてその予測が「正解なのだ」という、小さなささやき声を聞いた気がした。

 そのことをヘンリエッタに簡潔に説明すると、ふーんと半眼でクロスを睨むようになった。


「なんだ?」


『ずるい』


「なんだって?」


『ずるい、ずるいずるい! 私だって同じ転生者なのに、なにこの待遇の差! クロスずるい!』


「いや、そんなこと言われたってなぁ」


 拗ねて膨れる元魔王生首をなんとか宥めたのち、クロス達は再び目的地の山頂を目指して出発した。



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