006 はつらつ生首と自己紹介

 クロスは慄いていた。


『え、クロスって平成生まれ? へ〜、前世たしても年上じゃん。まじ? いつ転生したの? わたしは西暦2018年! ……え、ちょっと待って、じゃあクロス未来人じゃん、すごっ! ねえねえ、二十年後ってどんなゲーム出てた? エペは? 荒野行動ってまだ続いてる? あれめっちゃやりこんでたんだよね』


 語尾が「のじゃ」で一人称が「我」な古めかしい異世界語を使う、魔王が、ギャルになったのだ。

 止まる勢いを知らない質問攻めに、クロスは手のひらを突き出して待ったをかけた。


『待て、一方的に質問しないでくれ』


『あ、ごめんね。うるさかったよね』


 ヘンリエッタは露骨にしょぼんとした。クロスはまるでこっちが悪いような気分になった。


『とりあえず、お互い順番に自己紹介をしよう』


『うん! いいよ!』


 ヘンリエッタがじっと真っ直ぐにクロスの目をみている。間。クロスは目を逸らした。


『……あ、俺からか?』


『え? あ、わたしからでも全然おっけーだけど?』


『いや、先で』


 クロスは妙な緊張感を肌に感じながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。日本語を話すのは三十二年ぶりなので、噛まないように気を使っていた。


『前世での名前は、三田結十、紐を結ぶの「結」に、漢数字の十で「ゆいと」だ。享年三十二歳、当時は何の変哲もない派遣SEのサラリーマンだった。現生では、転生したときに会った女神に加護をもらったけど、人類圏ではどうしてか使えなくて、さらにコンピュータのない中世レベルの異世界じゃ、知識無双もできなかったから、あきらめて地道に努力したけど、運悪く勇者を発掘してその世話を押しつけられた社畜で、信仰心が死んでるオジさんだ』


 一気に喋りきったクロスに対して、ヘンリエッタは『おーぱちぱちぱち、ドンマイ!』と口で言った。


『じゃあ、次は私の番ね。前世での名前は~、月島詩! お月様の月に、大島の島で~、ごんべんにてらの詩でららって読む感じ! 享年? は、たぶん十七歳かな? あした誕生日だなぁって思って寝たら、なんか生まれ変わってたんだよね~。生まれ変わったって判ったときは、お母さん、お父さん、まじごめんってへこんだ。ま、でも今が楽しいなら勝ち確ッしょ、ブイって感じ? 今のパパとママは、多分どこかを旅行中で、代わりに魔王やってました! 魔王まじ大変だった! 将来の夢は安定した稼ぎのあるすきぴに嫁いで、パパとママみたいな幸せな家庭を作ることなんで、よろしく!』


 クロスは眉間に力が入り、唸るのを我慢できなかった。


『ちょっと待ちぇ……』


『待ちぇ?』


 クロスは口を押さえて、ヘンリエッタに手のひらを差し向ける。


「……この体で日本語を喋るの久しぶりすぎて噛んだ」


『あーね、異世界語のほうがしゃべりは単純だもんね。私もはじめは舌ざくざくになったもん』


「こっちで話させてもらうが、前魔王はまだ生きているのか?」


『全然元気だよ? 人間に化けて南極をめざすとか言ってた。ペンギンが覧たいんだって。たまに使い魔で絵はがき送ってくれる』


「おいおい、なんだよそれ……」


 クロスは歯を食いしばり、苦悶の表情でうつむく。


『クロス?』


「めちゃくちゃうらやましすぎるだろうが! 野郎ぶっ殺してやる! こっちが二年間どんな思いで魔王討伐のたびをしてきたと思ってやがる!」


『いや、そっちが旅に出た頃にはもうパパ魔王引退してるからなぁ。八つ当たりやめなよ。大人げないよ?』


「お前のパパに八つ当たりできないなら、お前に八つ当たりするけどいいのか?」


『えっ、全然、よろしくないですけど!』


「じゃあ、とりあえず、先代魔王がいまどこら辺に居るのか、判っていたら教えてくれ。そうしたら見逃してやる」


『……あ~。最後にパパから送られてきた絵はがきはどこからだったかなぁ。えーとこれじゃない、これでもない』


 ヘンリエッタがぶつぶつと呟きながら、視線を左右に動かす。何かを視認している様子を観察していて、クロスは思い当たる。そう、これは網膜投影式のARディスプレイなのでは? と、なれば俄然興味が湧いてきた。

 先代魔王(そもそも魔王が代替わりしていること自体、人類としては初耳だが)が人類圏のさらに南まで潜入していることは、可能であれば伝えた方がいいのかもしれないが、現状はおそらく無理なので記憶の片隅にとどめておくことにする。


「なあそれ、もしかして目の前にパソコンのウィンドウみたいなのが見えているのか? そんで、覧ている光景をスクショできて、今確認しているみたいな?」


 ヘンリエッタはクロスを見た。


『え、すごいじゃん。なんで判ったの?』


 タロウは、心の中でもう一度「ゲームかよ!」と叫んだ。


「いや、ラノベとかアニメでそういうの一般的になってたし、2030年くらいから、スマホの代わりにコンタクトレンズ型のAI/ARデバイスが普及しはじめてたから、俺も使ってたし。視線が単方向に小刻みで何度も動くのは、アイトラッキング操作型デバイスの特徴的な所作だから、気がついた」


『ごめん、日本語で説明して?』


『いやだから、ラノベとかアニメでそういうの一般的になってたし、2030年くらいから、スマホの代わりにコンタクトレンズ型のAIARデバイスが普及しはじめてたから、俺も使ってたし。視線が単方向に小刻みで何度も動くのは、アイトラッキング型デバイスの特徴的な所作だから、気がついた、っていったんだよ』


『あはは、ごめん。日本語で説明して?』


「おい、わざと言ってるだろ」


『いや、まじで。理系の頭いい人の話って、専門用語多すぎて何言ってるか判らないときあるよね!』


 そう言われてクロスは苦笑いする。親や高校時代の友人には同じことを言われた。


「ま、まあいい。それは置いておいて。ステータス魔法の呪文を教えてくれないか?」


『ううん? 呪文、呪文か~』


「なんだ、難しいのか?」


『んー、いや、まじ簡単だよ。自分の脳天から爪先まで魔力を流しながら「ステータスオープン」って唱えるだけ。だから呪文とかちょっとわかんないんだけど、魔法が使えるクロスなら余裕でしょ』


 聖職者ながらクロスは、陣や魔道具に魔力を流すための訓練を教会に隠れて行っていたので、魔力が感知できるし、自分の体表や接触物に対して魔力を通す感覚を憶えている。

 魔力が液体となり体表を滑り、つむじから頸椎、脊椎を通して両脚の大腿骨、脛骨を渡り足の先まで小川のように流すイメージで操る。


「ステータスオープン」


 喚起の声で体内と皮膚上を循環させていた魔力が波打って、ひとりでに型を作り始めた。

 その波形は、使い慣れた神聖魔法に似ていた。魔力がクロスの体の隅々に行き渡り、馴染んでいくと、頭の中に「デーン♪」と、低い和音の効果音が響いた。


 そして、前世で見ていたような半透明のARウィンドウ半透明のウィンドウが開く。

 そのウィンドウには、買ったばかりのPCを立ち上げたときのように、ブルーの背景に「ようこそ」という一文と、くるくる廻るワーキングインジケーターが表示されていて、クロスは呟いた。


「……ここ、本当に異世界か?」



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