004 ポンコツ生首元魔王ヘンリエッタの受難

歩き出してから半日が経った。しかし、クロス達は未だに深い森の中にいる。もはや樹海だ。次第に薄暗くなっていくなか、拠点になりそうな場所も見つけられずにいた。何度かジャンプで木々を越え、目的地にした山までの距離を測ったが、数十キロメートルは離れている。


「なあクロス、やっぱりさっきの丘の上の大木に開いた洞を拠点にするべきじゃないか? 暗くなってきたぞ」


 一応、歩きながら自己紹介は済ませた。お互いに暗殺しに来た勇者パーティの一人と、世界の敵である魔王という認識のままだと、息苦しかったからだ。

 小脇に抱えた生首魔王のヘンリエッタは暗闇が怖いらしく、器用に頭だけでプルプル震えている。ほんとに謎生物だ。


「……そうか?」


 クロスの方は女神の加護の開花で様々な基礎能力が向上しているせいか、ヘンリエッタが言うほど暗がりには見えないのだった。


「なあ、クロス……。我にはもう1メートル先も見えないのじゃ。……だから頼むのじゃ。安全な、安全な場所に」


 振動が強くなり、生首は声まで震えて怖がりはじめた。

 ほんとうにどうやって居るのか判らないが、無理をさせても小うるさいので、クロスは引き返すことにした。


 一時間ほど引き返せば、丘陵の大木まで戻れる。

 その道中、クロスはヘンリエッタに訊くことにした。


「なあ、なんで魔王なんかやっていたんだよ?」


「は? ……もしかして、喧嘩売ってるのか?」


「いや、単純な疑問なんだがぁ……て、わるかった。そんな目で見るなよ」


 上目遣いで顔を赤くしてぷるぷる震えている少女のような生首が、人間に対して悪逆非道の限りをつくす戦争を仕掛けた張本人とはとても思えない。まあ、弱っていてしがないおっさんであるクロスを騙そうとしているのかもしれないが。顔が良いので、小動物キャラみたいな反応をされると、大賢者のおっさんは反射的にデレてしまう。

 クロスは澄まし顔をキープした。


「首だけで生きているのは驚異的だが、ここまで接してきた感じ、虐殺を命令できるような性格をしていないと思っただけだ」


「なんだそんなことか。確かに、我は人間なんかどうでもいいのじゃ。軍を動かしていたのは、父上の腹心だった将軍達だし……。我としてはなんか人間が攻めてくるから、追い返せと命令していただけなのじゃ。まあ、そんな油断が、この状態を招いたといえるんじゃがの、はは……」


 しょんぼりとした様子で話すヘンリエッタに、クロスは魔王と言えどそんなものか、と思った。

 やっている事の規模は異なるかもしれないが、本質的に雇われ聖騎士で勇者一行を導いていたクロスと変わらない。やりたくてやっていることではなく、周囲が望むから仕方なくやらざる負えなくなったことだったわけだ。


「勇者パーティが魔王を倒しても、魔族と人間の戦争は終わらないってことか。嫌な世界だな、全く」


 クロスはこの話を締めようと大きな声で言った。クロス自身、異世界人生の大半を、戦争とは直接関係のない地域で過ごしてきたので、魔族に怨みが積もっているわけではない。正直、勇者パーティに加わるまで迷惑な奴ら以上の認識を持っていなかったのも事実だ。


「や、倒されてないが! 我、まだ生きてるし!」


「え、倒されたって事にしようぜ。そうしたらお前は自由なんだぞ?」


 ヘンリエッタは、はっと視界が開けたような顔をする。今の今まで気が付かなかったらしい、やっぱり、この生首魔王、少々頭の出来がよろしくないのではないだろうか、とクロスは思った。頭しか残ってないのに頭が悪いとは、哀れだ。


「確かに、我、もう真っ昼間に面倒な軍議とかに出なくていいのか? いくら夜更かししてもメイド長に怒られないのか?」


「そう、魔王を辞めたら、なんでもできるぞ。夜遊びだってし放題だ」


「ヤッタァ!」


 ヘンリエッタは笑顔で歓喜の声を上げた。この樹海に夜遊びする場所なんか存在しないのだが、そのことを忘れてやりたい事をぶつぶつと呟く、小脇の元魔王な生首に、クロスは内心で「ポンコツ」と命名した。

 本人にバレたら確実にむくれるだろうな、と思う。

 失礼なことを考えつつ進んでいると、ポンコツ魔王がはっと何かに気づいた表情で黙った。


「どうした?」


「こんな樹海のど真ん中で、夜遊びとかできるわけないじゃろ」


「……そうだな」


「うう、城に帰りたい。ぬくぬくな寝室で、暖かいココア飲んで、本読みながら柔らかいクッションを敷き詰めた寝台でゴロゴロしたいのじゃ」


 ポンコツが言った状況を想像して、クロスは思う。


「仮に、切り離された体が保管されてあったとして、何かしらの方法でくっ付ければ治るものなのか?」


「や、我も首を切られたのは初めてだし、わからんが……。父上が戦場で片腕を失ったときは、千切れた先は魔力の砂になって消えてしまったと言っておったから、もしかしたら、我の体、もうない、かも?」


 ヘンリエッタはどんよりとした空気を纏った。

 

「なら、体がないからページが捲れないな」


「魔力さえ回復すれば……今すぐ体を再生できるのに」


 クロスはそうなったら服も一緒に再生できることを願った。

 二人きりの樹海で、年齢不詳ながら、おそらく人間に当てはめると20代の成熟した女性で、顔がいいヘンリエッタの裸体に遭遇するのは、大賢者なクロスにとって結構まずい。

 異種族に性的興奮を覚えるかはわからないが、確実に気まずくはなる。


「いや、でも聞く限り、お前みたいなのを魔王にしておくくらい、魔族の将軍たちってのは、先代魔王の血統に拘りがあるんだろ。帰ったらまた魔王として担ぎ上げられるんじゃないのか? そしてら、だらだらできなくなるな」


 主に、後継者づくりと言う意味で、危機感を覚えただろう魔族軍幹部に婿を押し付けられたり、色々大変な生活が待っていそうだ。


「え、あ、確かにそうかもしれん。わ、我はどうすれば良いのじゃ、クロス」


「さー、どうなんだろうな。とりあえずは生き延びるのが最優先事項だからな。快適な生活は、その問題が片付いてから、次の次の次くらいに考えること、って感じだ。いま考えてもどうしようもない」


「……辛い」


 落ち込んでいるポンコツを抱えなおして、クロスは笑って言った。


「同情はできないが、まあ、この樹海を抜けるまでの間は面倒見てやるよ。その点に関しては安心しろ。だからとりあえず知っている情報を吐け?」


「え、何じゃいきなり。聞き間違いかの? セリフの前後で言っていることが思いっきり矛盾した気がするのじゃが……」


「いや、お前ここに来てから偶に、この樹海について如何にも何か知っている風な言動をしていたのに、偉そうに命令するだけで何も話そうとしないから、ちょっと脅しが必要な気がしただけだ。そうだな……情報提供を拒んだら、そこ木の根の間に挟んで置いていく」


「え、え! ちょっと待つのじゃ! 落差が大きすぎてついて行けないのじゃ! 冗談じゃろ?」


「割とマジだな。生首持ち歩くのだるい」


「守ってくれるって言ったのに!?」


「一言も言ってないな。お前ができない面倒を見てやるとは言った。つまり、首だけじゃできない、食事の世話とか、雨に濡れないようにするとか、そういうのはやってやるよ」


「な、仲良くできると思ったのに、とんだ鬼畜じゃった」


「何言ってるんだ、魔王を暗殺しにきた勇者パーティの一員が、魔族に対して鬼畜じゃないわけないだろ、冷静に考えて。こう見えて、お前を暗殺するための手段を二年もかけて練っていたような男なんだ」


 クロスは、ヘンリエッタの滑らかな顎に手を添えて、笑顔でそう告げた。ポンコツ魔王はポロポロ涙を溢して震える。


「怖い、怖い、怖い、知りたくなかったのじゃそんな本音! うう……もうやだ……」


「まあ、暗殺は失敗だったわけだが。とにかく、素直に知っていることを吐いたら、おまけで守ってやるよ?」


「わかった、わかったのじゃ、知っていること全部話すから! ま、守ってほしいのじゃ! 置いて行くのはやめて欲しいのじゃ!」


「よし、じゃあ、今日の宿まで戻ったら、簡易契約の魔法で調印する。洗いざらい話してもらおうか」


「なんか、ヤバい奴と一緒になってしまったのじゃ……」



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