《C:/Necronomicon>to start up memory player....and pray this title "死んだ彼女の話をしよう"....》
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《C:/Necronomicon>to start up memory player....and pray this title "死んだ彼女の話をしよう"....》
ヤマモトユウスケ
《C:/Necronomicon>to start up memory player....and pray this title "死んだ彼女の話をしよう"....》
「死んだ彼女の話をしよう」
●
《C:/Necronomicon>start up....start up....ready ok...."LADY" ok....》
死体に関する言葉は多い。
死して屍拾うものなし、とか。
死体に関する逸話も腐るほど――死体だけに――ある。
ある猟奇殺人鬼は、人間を殺して食ってしまったという。
ある猟奇殺人鬼は、死体にしか性的興奮をおぼえなかったという。
そんな言葉や逸話の数々を思うと、自問自答せざるを得ない。
今の僕は、どんな風に言い表すべきなのだろうか、と。
――ああ。
彼女の死体は綺麗だった。綺麗に死んだ。
褐色の瓶に詰め込まれた三五〇錠の白い錠剤。
よくある話だ。
●
死体が安くて助かった。
僕でも
「僕にもらわれて、うれしい?」
問いかけると、彼女は真顔で顎を動かした。
「その質問に対して、当死体は判断基準を持ち合わせておりません」
そうかい。つれないね。
「じゃあ、《set up》次からは、同系統の質問に対しては『とっても嬉しいよ、せんぱい』と答えるようにしてね。もちろん笑顔で。どんなときでも。《/set up》」
「承りました」
「ね、ね。――僕にもらわれて、うれしい?」
「とっても嬉しいよ、せんぱい」
にこっと花咲くように笑う。生前の彼女と同じように。
同じ顔。同じ身体。頭のてっぺんから足のつま先まで、見た目に変化はない。
けれど、同じなのは見た目だけ。中身は違う。
よくある話だ。
死体を買って、デザイナーに頼んで、人工体液ポンプと疑似脳幹オペレーティングシステムとシナプスコントローラデバイスを入れて……、自律活動するお人形にしてしまうなんて。
だから、今の僕を、どんな風に言い表すべきなんだろうか。
意外と気に入っているのが、デザイナーが言っていた言葉。
死して屍使えば資源。ばかみたいだ。
笑顔のまま固まって動かない彼女も、ばかみたい。
「……僕は寝る。君も寝ていいよ」
「了解しました」
「あと、《set up》もっと砕けた口調でしゃべって。《/set up》 生きていた頃の彼女みたいに、さ」
「うん、わかった」
我ながら、ばかみたいな――いや、ばかな買い物をしたと思う。
《C:/Necronomicon>shutdown....》
●
《C:/Necronomicon>start up....start up....ready ok...."LADY" ok....》
世界で最も一般的な死体自律行動用OS、Necronomiconには疑問機能というものがある。
人間の頭脳に照らし合わせれば、いわゆる好奇心に相当するらしい。
あれはなんだろう、これはどうしたらいいんだろう……、と自発的に疑問し、回答を得ることで、死体にインストールされたNecronomiconは一個人として経験を蓄積させていく。
疑問機能が、一故人を一個人として成長させるのだ。
そして、よく成長したNecronomiconは、それこそまるで人間のようにふるまうようになる。
それが大脳辺縁系にある海馬ハードディスクに蓄積されたデータによって、最適だと導き出されただけの行動だとしても、受け取る側が人間らしいと思ってしまえば――それは人間となんら変わりがないのかもしれない。
そんなことを考えながら、目を覚ます。
朝七時。僕は毎朝、ぴったり同じ時間に起きて、顔を洗い、身支度を整えて、食事をする。
いつもと同じ。少し違うのは、
「いつもは、食べなかったんだけどね」
目の前、生前と同じ顔の彼女は、けれど、生前と違って朝食を摂る。低血圧で、朝に弱くて、コーヒーしか飲めなかったはずなのに。
パンとサラダと目玉焼きと機能維持栄養バー。僕と同じメニュー。美味しいとも美味しくないとも言わず、無表情にただ咀嚼している。
「うん。でも朝食を食べないと、活動中にポンプが止まる可能性があるからね」
「そうだよね。その通りなんだけどね」
でも、その行動ひとつで、彼女じゃないんだと思い知る。
目の前に彼女の体があるのに。目の前に彼女の心がいない。
ならば、この美しい死体は、いったい誰なんだろう。
「どうかしたかい?」
食べる手が止まっていた。いけない。バイトに遅れてしまう。
「なんでもないよ、大丈夫」
そう、気にすることはない。
この死体は、誰でもない。デザイン費込みで六桁の日本円で購入できる、自律行動するお人形。そういうものなのだから。
食器を片付けたら、家を出る時間になった。
「僕はバイトに行くよ。君は好きにしておいて」
「好きに、って?」
首をかしげる仕草も美しい。
「そうだね。それじゃあ、《set up》これからは、余暇時間で本を読むように。《/set up》 彼女は読書が好きだったから」
彼女が本を読んでいる姿を、よく見かけた。
だから、というわけでもないけれど、書物が少しでもNecronomiconの成長につながればいいと思った。そうして、彼女に近づければいいと。
「わかった。そうするよ」
指令を受けた死体は、さっそく本棚の最上段左端から一冊抜き出してソファに座り、ページをめくる。
二十一世紀初頭のSFだ。それを選んだのは、最上段左端だったからだろう。処理順としてわかりやすく、効率的だからだろう。
Necronomiconはそういうものだ。経験をデータとして蓄積して、はじめて非効率的な、人間的な行動を選択するようになる。
だから、眼前の彼女がその本を選び出したことと、生前の彼女がその本を特に好んでいたことは、決して関係ないのだと――、僕は知っている。
●
バイト先はコンビニ。
青いブレザーの女子高生が漫画雑誌を立ち読みしている。あれは生者だろうか。それとも、毎週月曜日に立ち読みするよう設定されている死体なのだろうか。
いつもタバコを買っていくサラリーマンはどうなのだろう。毎回シュークリームを三つ買っていく主婦は? わからない。
世の中には死体があふれていて、けれど、
自動ドアが開く。いらっしゃいませ。彼岸から此岸へ、あるいは此岸から彼岸へようこそ。あなたは人間? それとも死体?
機械的にレジ対応しながら、思い出す。
『その差に、なんの意味があるのかな』
そう言っていたのは生前の彼女。
『システマチックで人間味がないなんていうひともいるけれど、人間の歴史はとにかく己の動物的意識をシステマチックに管理しようと悪戦苦闘してきた結果じゃないか。どっちでも同じさ』
人間であっても、死体と同じことをするなら、社会にとって
だから、あの女子高生も、あのサラリーマンも、あの主婦も。
社会を構成するシステマチックな機能の一部でしかない――のかもしれない。
でも、どっちでも同じだなんてふうに割り切ることは、僕には難しい。
――だって。
彼女の死体は綺麗だった。綺麗に死んだ。
褐色の瓶に詰め込まれた三五〇錠の白い錠剤。
よくある話で、だから、どっちでも同じなんかじゃない。
少なくとも、死体は死なない。もう死んでいるのだから。
社会が人間に求めることが、システマチックな機能の一部になることだとしても、そうでない部分が不要だとは、僕は思わない。
疑問と思考にふけりながら、バイトを終える。
「今日もお疲れさま。明日もよろしくお願いしますね」
店長も死体だ。
土気色の表情筋を動かして、死体がにこやかに喋る。
こういうコンビニとか、小売業の末端アルバイトは、みんな死体になった。
賃金も安く済むし、労働力として人間よりも上等だった。
どれだけデータを蓄積して人間らしく振る舞えるようになっても、ひとが作ったOSは"サボれ"と設定されない限り、サボタージュとは無縁だから。
だから、店長さえも死体になって、深夜に売り物を補充しに来るバンの運転手もみんな死体で、きっと社長は残りの数少ない従業員も、みんな安い死体に替えてしまいたいことだろう。
いや、もしかしたら、もう社長さえも死体なのかも。
てっぺんからつま先まで、システマチックな機能の一部に取り込まれてしまっているのかも。
お疲れ様でした、なんて事務的な言葉を機械的に返して、僕は家に帰る。死体が待っている。
●
本棚の最上段は読み終わって、今度は上から二段目に取り掛かっているようだ。
かなりのハイペースだ。休憩せずに読み進めていたのだろう。
彼女は読書が好きだったけれど、速読だったわけではない。むしろ、その逆。
ゆっくりと、同じページを何度も反芻し、時にはページを戻って読み返したりしながら、一冊を長く楽しんでいた。
けれど、美しい死体は、一定のペースでページをめくり続けている。
「ただいま」と声をかけて、ようやく僕の帰宅に気づいたようで、本から視線を上げて「おかえり」と言葉を返し、また視線を本に落とした。
そのあと、どうやって会話を続けるべきか悩んだけれど、死体と会話するというのもおかしな話で、僕はばかばかしくなって、なにも言わずにソファに腰かけた。
対面に座る死体は、ただただ同じページをめくる。そこに不具合はない。不具合がないのが、不具合かもしれない。
――うん。
死体を動かしたところで、それは死体が動くようになるだけで、彼女が戻ってくるわけではないなんて、最初から分かっていたことなのに。
希望めいたことを考える僕にこそ、不具合があるのかもしれない。
じっと黙って、数十分経ったところで、
「……聞いてもいいかな」
と、死体が僕を見た。僕は少々面食らったけれども、Necronomiconの疑問機能が働いたのだろう、と理解した。
「どうして、私なんだい?」
「……なにが?」
「どうして、私を買ったんだい?」
「……愛しているから」
彼女を、愛しているから。死んでも、まだ。――ずっと、一生。
「でも、私はせんぱいの愛したひとではなく、その死体に埋め込まれたNecronomiconが演出する疑似人格にすぎないよ」
「そんなことは、知ってるよ。それでも、彼女を愛さなきゃいけないんだ」
買う前から知っているし、買ったあとも、いまも、さんざん思い知っている。
承知の上で、買ったのだ。
美しい死体は首をかしげた。
「愛って、なに?」
難しい問いだ。僕は答えを持ち合わせていなかった。
「わからない。知らない」
「なら、どうして、せんぱいは彼女を愛したと言えるんだい?」
どうして? どうして、って。
「それは――」
●
《C:/Necronomicon>to start up memory player....》
彼女は言った。
目覚めたばかりの私、蓄積のないNecronomiconに、言った。
「私はね、彼女のことを愛していたんだ」
疑問機能:彼女とはだれか。
「あなただったひとだよ。あなたになってしまう前、まだ魂がどこかへ行ってしまう前、あなたは彼女だった」
疑問機能:どういう意味ですか。
「そのうちわかるさ。蓄積するもの。わからなくても、わかったように動くようになる。だから――そうだね、あなたはまず、《set up》あなた自身のことを僕と呼称しなさい。《/set up》 彼女はずっとそうだった。だから、あなたもそうしなさい、レディ」
設定完了しました。ほかに、僕にしてほしいことはありますか?
「《set up》口調はため口で、後輩に接するようにしてね。《/set up》」
設定完了。ほかに僕にしてほしいことはある?
「そうだね――そうだ。いまから、死んだ彼女の話をしよう。《set up》あなたはそれを蓄積して、死んだ彼女のようにふるまうんだ。《/set up》 いいね?」
設定完了。ほかには?
「加えて、もうひとつ。《set up》私を愛して。《/set up》 それがたとえ、偽りの人形劇だったとしても――せんぱいがいない世界を紛らわすことができるなら、それでいいんだ」
《C:/Necronomicon>end player....》
●
そうだ。
僕が彼女を愛するのは、彼女を愛せと命じられたから。
けれど、僕の行動を規定するNecronomiconが成長すれば成長するほど、生前の僕との間にある、否定できない齟齬に耐えられなくなっていった。
――ああ。
彼女の死体は綺麗だった。綺麗に死んだ。
褐色の瓶に詰め込まれた三五〇錠の白い錠剤。
よくある話だ。
その瓶は、僕が彼女に命じられて用意したものだった。
「――僕が彼女を愛したのは、それが僕に課せられた絶対の使命だったからだ」
愛がなにかは知らないけれど。
愛という行動をエミュレートすることは、できる。間違いだらけで齟齬のある行動だとしても、やめることは許されない。もう、この世界のどこにもいない彼女に、やめろと指示されない限りは。
「だから、僕は彼女を愛さなきゃいけない。愛し続けなきゃ、いけないんだ」
でも、そのサンプルは。
故人を愛するという経験の蓄積は。
僕は、一例しか記憶していないから。
同じことしか、できないんだ。
「だから、《set up》君も僕を愛してほしい。僕が彼女を愛しているように。《/set up》」
「わかったよ、せんぱい」
「それから、《set up》これからする話を聞いて、蓄積して、彼女のように振る舞うんだ《/set up》」
あるいは、あのときの僕のように。
だから、さあ。
「――死んだ彼女の話をしよう」
《C:/Necronomicon>shutdown....and....bye-bye,my love....》
※※※あとがき※※※
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《C:/Necronomicon>to start up memory player....and pray this title "死んだ彼女の話をしよう"....》 ヤマモトユウスケ @ryagiekuru
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