第4話

「時に、チキン御主人様よ」


「一言余計だが、なんだ」


「好きなら告白すればいいではにゃいか」


「一応聞くが誰に」


「そりゃあ、御主人様が熱視線を向ける女、つまりはサクラじゃよ」


「何をバカな。彼女とは友人としての良好かつスムーズな友好関係を築いていきたいからこそ――」


「とぼけるのはよすのじゃ、見苦しい。ご主人様があの女のことを愛しているのはとっくの昔にお見通しじゃ」


「何を根拠にそんなことを……」


「童の名前。サクラからの連想じゃろうて」


 私は何も言い返せなかった。まさしくその通りだった。


 ヨシノとサクラの共通点は?


 ソメイヨシノ。


 勝ち誇ったようなにゃあにゃあという鳴き声が聞こえた。


「いくらなんでもペットに名づけるにしては重すぎるのじゃ。童のことも考えろにゃのじゃ」


「……それは本当にすまないと思っている」


 私は頭を下げる。顔がめちゃくちゃ熱かった。誰かが暖房の設定温度を上げたかと思ったが、ここは量子的な場所であり、地球温暖化の影響はなかった。


「珍しく謝られると、なんだか調子が狂うのう。じゃが、いい気分だ」


「そりゃあよかった。頭を下げた甲斐があったよ」


「それにじゃ、童としても御主人様と同じ意見にゃのではあるじゃにゃ」


「そりゃあどういう?」


 とことことヨシノが歩く。マーブル模様が、調子よく跳ねる。


「あの女、非常に嗜虐心を駆り立てるものがある。おぬしもそうにゃのじゃろうて」


「そんなことない。嗜虐心といえばあれだろう。監禁したいとか拷問したいとか?」


 呆れたような目線がかなり痛い。何か間違ったことを言ってしまったのだろうか。


「間違ってしかいにゃいのじゃ。嗜虐心と拷問趣味は違うし、監禁は病んでいるのじゃ」


「恋煩いというやつか」


「そうじゃないのじゃが、もうそれでいいのじゃ……」


 とにかくじゃ、とヨシノがにゃんと一鳴きした。


「童もサクラのことは好きで、ちょっかいかけたいわけにゃのじゃよ。じゃにゃければ、このような危険な実験に参加するものか」


「あ、好意からやってくれているわけではなかったのか」


「当たり前じゃろ! 一体、何度危険な目に遭わされたと思っているのじゃ! お前ら科学者に」


「だから、ほとんど思考実験で」


「思考だろうにゃんじゃろうが、危害を加えられたことには変わらん!」


 ゴロゴロ憤慨するヨシノは、チカチカと可能性の光が明滅する地面を転げまわる。その姿はまるで駄々をこねる子供のよう。


 そんなネコの姿を見ていると、ため息がこぼれてきた。


「にゃにため息をついているのじゃ……? ため息したいのはこっちにゃのじゃが」


「なんで、お前を実験に用いることにしてしまったのかなと、今更ながらそう思ってね」


「はあ!? 童のことを無理やり量子テレポーテーション装置にぶちこみやがったのは、ド腐れご主人様の方にゃのじゃ!」


「いや、ほかのネコ連れてくればよかったなって」


 そもそも、こうしてネコを量子化させたのは、ネコが量子論を代表しているみたいなところがあるからではなく、ネコ男になりたかったからでもない。まあ、ゲン担ぎといったところはある。昔、船にネコを載せると沈まないというジンクスがあった。それにあやかったというわけだ。


 量子という広大な海を進むために、ヨシノを連れてくることにした。


 頼りにしていたのに、まさかこんなことになってしまうとは。こんなことになるとわかっていたら、ヨシノを連れてこなかった。


 憤慨していたヨシノは、私の足を駆け上り、首元に噛みついてくる。払いのけようとする私VSそれでも牙を突き立ててくる愛猫との、何度目かの戦いが始まるのだった。

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