第3話
複数の世界が重なり合った世界を歩くことはかなわない。確かに世界は複数あり、観測が行われるまではミルフィーユのように重なっている。
だが、それに干渉することはできないのだ。観測された瞬間世界が枝分かれしていくというのはあくまで解釈の問題。実際にそうなっているかはわからず、それは現文の読解問題に似ている。
設問1:この時の作者の伝えたかったことを述べよ。
そんなもの、作者に聞いてみなければわからないだろう。文章を読み、出題者が作者の気持ちを解釈しただけ。
だから私は量子そのものに聞いてみることにした。
それが目の前にいるヨシノであり、私である。
量子テレポーテーション。
エンタングルメントを利用した、テレポーテーションは今なお国際法によって使用が制限されている。
テレポートした人間は元の人間と同一なのか否かという問題があり、量子化した際にコバエが混じりこんでいたらハエ人間になってしまうのではないか問題まで、未解決の問題があまりに多すぎるためであった。
いくつかの生体実験は行われていたものの、動物愛護団体の抗議も多く、それほど進んでいるわけではない。人体実験となればなおさらだ。
これは極秘の実験。私が独断で行ったことであり、共同研究者たる藤堂サクラ女史でも知らないこと。
今、量子化装置のある研究室は大変な騒ぎになっているかもしれないし、そうではないかもしれない。この重ね合わせの世界においてはありとあらゆる可能性があり、ないといえる。
「つまりにゃんでもありということじゃにゃ?」
「もしくは、人類の計算が及ばない領域か」
「おぬしに計算できないというだけではないかの」
減らず口を叩くヨシノに、私は何も言えない。いくつかの論文が引用され、科学誌に掲載されたことがあるとはいえ、私自身はノーベル賞を獲得したことはないし、すさまじい研究成果を残しているわけではなかった。
だが、彼女は――。
ヨシノがため息。「にゃんじゃ、またサクラのことを考えているのか」
「考えてなんか」
「いーや考えていたね。……夢見る生娘ようにゃ顔しよってからに」
「悪かったな」
「悪いに決まっておろうが。童のことはほっとく癖に、女のケツばかり追いかけて」
「追いかけとらんわっ」
「おや、童は後を追いかけているという意味において『ケツを追いかけている』という比喩表現を行ったのじゃが、もしや性的な意味で――」
「ああもう! うるさいうるさい!」
前を歩くヨシノの足をひっかけようとつま先を伸ばしたが、ヨシノは液体のようにするりとよけていく。
「なんじゃ図星か。隠さなくてもよいではにゃいか。あの女も御主人様のことが気に入っているように見えるしの」
「……そうなのか」
「逆に言うのじゃが、気に入っていないやつの家に上がり込んでくると思うのかの?」
「確かに……」
「もっとも、いつも一人でいるご主人様を憐れんでのことかもしれないがの。どちらにせよ構ってもらっていることには変わらないのじゃ」
まろ眉をひょこひょこ動かし、ヨシノが言う。腹立たしいことこの上なかったが、同時に嬉しさがこみあげるのを感じた。サクラさんに嫌われていなくて本当の本当に良かった……!
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