老いぼれの異星人
——エンジン損傷、エンジン損傷、エラーコード908——
暗黒の宇宙を飛ぶ船体から危機を告げるアナウンスが繰り返されている。何者かが外からエンジンを狙ってつついたらしい。
「くそっあの宇宙鳥め、なかなか厄介なことをしてくれたな」
エンジンを切って慣性飛行に切り替える。
「しかし、どこかに停めないとな」
船首にある望遠鏡を覗くと丁度真っ直ぐ進んだところに地球より遥かに小さい惑星が見えた。
「なんだあれは、まるで宇宙に建つ一軒家だな。だが、都合が良い。あそこになんとか着陸しよう」
そのままゆっくりと船は進み、着陸可能圏内に入った。自動着陸モードに切り替える。……これも故障しているらしい。
しかたなく手動に切り替えてハンドルを握る。しかし彼は手動着陸の経験が浅かった。
「これはまずい、教習の時とはまるで違うぞ」
船は減速することなくふらふらと小さな惑星に近づいていく。もう操縦が無駄なことを悟った彼は緊急防護スーツのボタンを押した。
ぼんっと膨らんだスーツは身長より少し大きめの球体になった。船はそのまま墜落した。
スーツが衝撃を吸収してから体にフィットすると、彼は瓦礫の中から這い出た。
「まったく、気晴らしにと思って旅行に出たらこれだよ」
瓦礫を払うと、どうしたものかと辺りを見渡した。すると、古びた木製の家のようなものがぽつんとそこにあった。
その家のそばまで行って壁を触ってみたが、どうやら木ではなさそうだ。家の横には頑丈そうな材質で見たことのない生物の像が建っている。
歪な形の扉のようなものをノックしてみた。
「ごめんくださーい」
返事はない。
「勝手に入りますよ、失礼します」
扉は頭上に向かって開いた。中を覗いてみると誰かが焚き火をしているのが見えた。
「……"とんなことろ"に人間とはなんとも珍しいな。どうした、えーっとなんと言ったか迷子! 迷子かな? ……あ、いや、一番最初の言葉を間違えたな。"こんなところ"だったか。すまない、地球語は久しぶりでね」
見たことのない異星人が緑色の火に照らされている。顔は小さく、握り拳ほどでそこから細長く伸びた首が関節の無いぐにゃぐにゃの体へ繋がっている。表情は……笑いかけてくれているのだろうか。
「あの、すみません。船が粉々になってしまってちょっとお邪魔させてもらいました」
「それはいかんな、まあゆっくりしていくと良い。何も無いところだが……そうだな、全て有るとも言える」
「ちょっと何を言っているかわかりませんが、あなたはなぜこんなところに?」
「はて、地球語を間違えたか……? まあよい。おまえさんの目には老いぼれが一人で辺境の地に住んでいるように見えているな。少し違う。私はアイビルだ。そして、私の母星に住んでいる者もアイビルだ。生物は個が集まった集団ではない、その種族自体が個として存在しているのだ。互いに助け合い、手を取り合う。それは全て自分のために。他人などどこにも居ない。未だに争いを好む人類にはわからないだろうがな」
言い返す言葉もなく、ただ家の中を見渡した。見慣れないものばかりだ。
「ここから帰れる方法を知っていませんか?」
「焚き火の燃料を足してくれんかの」
「あの、帰る方——」
「そこにあるキューブを柔らかくなるまでほぐして火に入れておくれ」
仕方なく言われた通りに燃料を足した。緑の火を覗くと別の惑星の文明が見えた。
「今日はここに泊まっていくと良い。少々焦ったところで運命は変わらないものだ。さあ次は飲み物を入れておくれ、右から二番目の棚に入っている液状の——」
その後も老人は話をほとんど聞かず自分の召使いのように顎で使った。首が長い分、指示は伝わりやすかった。彼はここから帰ることも出来ないため、素直に指示に従った。
「いやいや、助かったよ。自分でやるには億劫でな。そこのベッドで寝ると良い。睡眠の前に言う言葉も知っておるぞ、"おやすみ"だったな」
そう言うと五秒と経たずに眠ってしまった。ベッドと言われたものは水槽のように見えて触ると水のように揺れていたが、手は濡れていなかった。
意を決してベッドに入ってみると今日一日の疲れが一気に引いてそのまますぐ眠りに落ちた。
どれぐらい時間が経ったかわからなかったが、目が覚めてベッドから起き上がると体はすこぶる調子が良くなっていた。老人はまだ眠っているようだ。
外の空気を吸おうと家を出るとバラバラになったはずの船が新品同様に元通りになっている。いや、元よりピカピカだ。
驚いて老人を起こそうとしたが、一向に起きる気配がなかった。そのまま別れを告げて船に乗り込むと、運転席に一枚の書き置きがあった。
——心に余裕を持って素直に生きていれば、いつか良いことに巡り会えるはずだ。また来ると良い。それまで生きていれば、だが——
彼は手紙を大事にしまうと宇宙へ飛び立った。
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