十七話

「……ジイさん、今日も来たぞ。起きてるか?」


 もうすでに通い慣れてしまった岩が作った穴の中。その薄暗い中に入った俺はいつものように地面で横たわるジイさんに声をかけた。普段ならうっすらと目を開けて見てくるのに、今日は目が開かない。まだ寝てるのか。


「ジイさん、寝てるところ悪いが、目を開けるなり声を出すなりしてくれよ。じゃないと生きてるか確認できないだろ。なあ、ジイさん――」


 俺は肩を揺さぶって起こそうとしたが、その触れた肩に違和感を感じ、思わず手を離した。前にも身体に触れたことはあって、こんなにガリガリで骨しかないような肌でも、それなりに温もりを感じる温度はあった。だが今触れた肌は冷気に当たったように冷たい。人肌の温もりは微塵も感じられなかった。これは、まさか――


「ジイさん、おい、ジイさん」


 顔をのぞき込んで頬にも触れてみる。が、やっぱり冷たい。俺は首筋に手を当て、脈を確認してみる。しかし感じるはずの脈の動きがない。間違いない。ジイさんは、死んでる。その姿も顔もいつもと何も変わってないから、死んでるようにはまったく見えないが、でも死んだんだ。ようやく……。


「ジイさん、全部あんたが蒔いた種だったが、あんたのおかげで刈り取れたみたいだ……ありがとな」


 別れを言って穴から出た俺は、すぐに城へ向かって走り出す。


 破呪の苗木を植えてから五年と数ヶ月――俺はミカに言われた通りスレカンタの森に通い、木を育て続けた。と言っても実際に育ててるのは先住民で、俺は様子を見るだけだったが。自然の中で暮らす彼らは植物の知識が豊富で、無事に育つよう虫を払ったり肥料を与えたりと、いろいろ手をかけてくれた。そのおかげもあって木は枯れることなく、順調に枝を伸ばし続け今に至った。


 一方で俺は、五年が経過する頃からジイさんの元へ通い始めた。本当に呪いが解かれるなら、ジイさんにかかった不死の呪いも解かれるわけで、その不死が解かれればジイさんは死を迎える……つまりジイさんが死ねば、育った木が聖なる力を発揮した証拠になるってわけだ。人の死を喜ぶなんて不謹慎極まりないことだが、ジイさんの死は俺達の成功を意味する。この五年間は無駄じゃなかったんだと、冷たくなった身体はそう俺に伝えたんだ。


「ミカ! 大変だ!」


 城に入り、たまらず叫びながらやつのいる部屋へ向かおうとした時だった。


「こんなに早い時間に来るとは、ちょうどいい」


 声に振り向くと、階段を足早に下りて来るミカの姿を見つけて、俺はすぐに駆け寄った。


「ミカ、さっきジイさんのところへ行ったら――」


「妃殿下のお身体が元に戻られたぞ」


「……え?」


 ミカは少し興奮したように繰り返す。


「妃殿下のお身体が元に戻られたんだ。呪いは、解けたんだ!」


「戻ったのか? 完全に?」


「ああ。先ほどお姿を拝見してきた。もう幼いお姿ではない。肌にも血色が戻られた」


 花を食べた者が生き続けるには花を食べ続けなきゃならないわけで、それは王妃も同じだ。ミカはできれば花を食べさせたくなかったみたいだが、呪いが解けるのが五年後じゃ食べさせないわけにも行かず、嫌がる王妃を説得して俺が貰ってきた花を五ヶ月に一度食べさせてた。その影響で先住民と同じように肌から少しずつ血の気が失せ、灰色の肌に変わってたようだが、呪いが解けた今、それもなくなったらしい。目の前の顔を見れば、その強い安堵感がよくわかる。


「長かったが、ようやく終わったようだ」


「そうみたいだな。この五年が無駄にならずに済んでよかったよ」


「……そう言えば今、何か言いかけていたな。私に報告か?」


「まあ……さっき見に行ったら、ジイさんが死んでたってことをな。王妃の呪いが解けたなら、ジイさんが死ぬのは当然だよな」


「そうか。カルペランは死んだか……。元凶が消え、これで負の連鎖も途絶えることになるな」


 負の連鎖……一番苦しめられたのは、間違いなく先住民の彼らだろう。


「森へ行って来るよ。呪いが解けたなら先住民にも何か変化が起きてるはずだ」


「ならば私も行こう」


 思わぬ申し出に俺はミカをじっと見返した。


「……何か文句でもあるのか」


「いや、まさかあんたが森へ行くなんて言うとは思わなかったからさ。この五年間も、一度も木の様子を見に行ってなかったのに……」


「呪いが解けた今、何も恐れることはない。それに、まだ一つやらなければならないことがあるからな。貴様にも手伝ってもらうぞ」


「それが俺の最後の仕事か? じゃあさっさと終わらせに行くか」


 俺はミカとその部下二人と共に、早速森へ向かった。これまで森へは木の成長具合を見るために一週間に一度通ってて、そのたびにミンナや他の仲間達と言葉を交わし、結構仲が深まってる。彼らを苦しみから解放できたのか……見えてきた森に俺の胸は高鳴った。


 入り口に到着して、ひとまず俺はミカ達を止める。


「森へは俺しか入れないって約束なんだ。だから話が終わるまでここで待っててくれ」


「早く済ませろ。こちらの仕事が始められないのは困る」


 無愛想な顔のミカをなだめて俺は一人集落へ向かった。ここへ来るのは四日ぶり。その時は何も変わった様子はなかったが、果たして今日はどうか――


「おお! ヨハンさんが来だぞ!」


 集落に一歩入ると、ちょうど通りかかった男性が気付いて声を上げた。それを皮切りに近くにいた者、家にいた者なんかが次々にこっちへ歩み寄って来る。


「見でけれヨハンさん、肌さ赤みが差したのよ!」


「おいは緑の髪、茶になったんだ。あど走れねがったのが走れるようになって――」


「あの木呪い解いでけだのよ! それ植えでけだヨハンさんのおがげよ!」


 笑顔で話しながら押し寄せてくる皆に気圧されつつも、俺はその姿を眺めた。喜びを見せるそれぞれの顔は、もう石像のような灰色じゃなく、血の気の通った健康的な肌に変わってる。髪の色も青や紫、緑などの奇抜な色が薄れ、人に馴染んだ自然な色に近付いてる。まだ元に戻る途中の者もいるみたいだが、それでも四日前とは全然違う容姿だとはっきり言える。


「よかった。本当の姿に戻れたみたいだな」


「ヨハンさん、どうも! 感謝してもしきれねわ!」


「もうこれで森にじっとしてなぐで済むよ」


 ……ああ、確かに。彼らは生きるのに必要な花を守るため、さらにはそれを王国人に食べさせないために、あえて交流を断って森に閉じこもってたんだ。だが呪いが消えればそんなことをする理由もなくなる。彼らは障害から解き放たれて自由を得たんだから――


「ヨハンさん!」


 よく聞き馴染んだ声に目を向けると、喜ぶ仲間達の隙間を縫って華奢な女性がこっちにやって来た。


「……ミンナ! 見た目が随分変わったな」


 出会いから五年が過ぎて、幼さもあった容姿は今じゃすっかり大人の女性だ。目の前に立ったミンナは満面の笑みを浮かべ、その頬は少し照れたように赤い。そして結われた青い髪は眩しいほどの金色に変わってる。同じ人、だと頭ではわかってても、ここまで変わると何だか別人に思えてくるな。


「ヨハンさんのおがげだす。皆呪いがら助げでけで、こんたに嬉しぇごどはねわ」


「俺も、今日までどうなるか正直怖かったが、でも助けることができてよかったよ。あの時、ミンナの命を奪わなくて、本当によかった」


「おいも、ヨハンさんどご信じでえがった。お願い聞いでけげ、どうも」


「時間はかかったけど、約束は守れたみたいだな。……呪いがなくなって、あんた達はこれからどうするんだ?」


「さあ……まだわがらねぁ。呪いが解げだばがりだんて。んだども、どうするにしても、おいがだは苦楽共にした一づの家族だす。お互いに協力して生ぎで行ぐごどに変わりはねで思うす」


「んだんだ。姿戻ったって、おいがだはおいがだだ」


「呪いが消えで、なもかもでぎるようになったんだ。これがらはもっと忙しくなるぞ!」


 男性も女性も、子供も老人も、皆揃って目を輝かせて、新たに開けた道にやる気をみなぎらせてるようだった。そんな表情を眺めてると、俺もつられて笑顔になりそうだ。これまで駆け回って努力した自分を褒めてやりたい気分だな。


「……あ、一つ頼みがあるんだが、いいか?」


「何? なもかも言って」


「実は森の外に人を待たせてて、最後の仕事をしたいんだ。入れてもいいかな」


「呪いが解げだがら、王国人どご入れね理由はもうねわ。んだども、最後の仕事って何するの?」


「まだ聞いてないが、多分、不要になったものの始末だろ。……じゃあ呼んでくるよ」


 囲む人垣を割って出た俺は、森の外へ行ってミカとその部下を連れて再び集落に戻る。


「な……なぜこんなに集まっているんだ?」


 初めて来た集落で、大勢の先住民から視線を注がれたミカは、たじろぎながら俺に聞いてきた。


「皆感謝してるんだよ。まだ怖がってるのか?」


「誰が怖いなどと言った! 少しばかり、驚いただけだ」


 引きつった表情は、そうは見えないが。


「それで? ここでの仕事ってのは?」


「貴様もわかっているだろう。植物兵器の処分だ」


 やっぱりあの花の始末か。


「害はなくなったとは言え、あんなものを残しておくことはできない。カルペランと最後に話した時も、あれは残らず処分してほしいと頼まれているしな」


 あの花が全部焼かれて灰になった時に、何もかも終わるんだろう。長年の苦しみも、不条理な忍耐も、そしてジイさんの後悔も――俺は集まる先住民達に聞いた。


「呪いで死ぬことがなくなって、もう花を食べる必要もない。だから処分したいんだが……」


「構わねよ。もうおいがだにはいらね花だ」


「二度ど食わねで済むで思うど清々するよ」


「面倒見だミンナにはわりぇんだども、あの花は処分してもらったほうがえわ」


 そう言えば、花の世話をしてたのはミンナだったな――じっと耳を傾けてたミンナに俺は聞く。


「……ミンナ、処分してもいいか?」


「そのふとの言う通り、兵器なんて残しておげねわ。もぢろん処分してえわよ。……んだども、さっとだげ残念な気もするんだどもね」


 そう言ってミンナは寂しげな笑みを見せた。これまで自分達を苦しめ、しかし命を助けた花でもある。その心境は複雑そうだ。


「でも平気よ。処分してしまえば未練なんてすぐ消えるわ。さあ行ぐべ」


 気持ちを吹っ切るように明るい声で言うと、ミンナは集落の奥へ歩き出す。その後を俺達は付いて行った。


 枝葉の隙間から入る穏やかな光を浴びながら細い道を進んでると、前を歩いてたミカの足がふと止まった。


「……どうかしたか」


「あれが、もしかして植えた破呪の木か……?」


 見つめる視線の先――分かれ道の奥には、開けた空間に置かれた祭壇と、その前で空へ向かって成長を続ける若木があった。


「ああ、そうだよ。……そうか。ミカは初めて見るんだな」


 苗木の頃は足の膝ほどの大きさしかなかったが、五年育てた今は俺の背丈を負い越す大きさにまでなった。このまま成長すれば幹も太くなってよじ登れるぐらいの大木になることだろう。


「全部あの木のおがげよ」


 立ち止まってる俺達に気付いたミンナが横から言った。


「んだんて皆、あの木おいがだの神木にそーっつってらわ」


「神木? 植木屋で買って来たただの木だぞ?」


「おいがだにどっては、ただの木でねわ。苦しみがら解放してけだ大事な木なのよ。んだんてこれがらも大事さ守って行ぐわ」


「その神木を用意して植えたのが俺達だ。……実に光栄なことだな?」


 隣のミカに言うと、冷めた声が言う。


「呪いが解けたから言えることだ。もし失敗していれば、この森は炎の海になっていたことだろう。紙一重の結果に浮かれるな」


「上手く行ったんだから喜んだっていいだろ。……ん、もしかしてあんた、昔の自分を反省してるのか? 犯人を仕留めろとか森を焼けとか俺に――」


「いつまでしゃべっている。行くぞ」


 顔をそらしてミカは歩き出す。まったく、反省も素直さも、見せて恥ずかしいことじゃないってのに。何年経とうと面倒なところは変わらないな。


 歩き進んで道の最奥まで来ると、そこには久しぶりに見る白い花畑があった。そう言えばここまで来ても、あのいい匂いがあまりしないな。少し香ってはいるが、理性を奪われる危うい感覚はしない。それも呪いが解けた影響なんだろうか。しかし陽光を受けて宝石のような輝きを放つ姿は前と変わらない。いつ見ても綺麗な花だ。ミンナが手放すのを残念がる気持ちが少しわかる。だがこれは植物兵器の残骸なんだ。自然界に残しておくことはできない。


「では、始めよう。すべての花を、根から残らず掘り返せ。抜いた花はこちらに運べ。私が焼却する準備をしておく」


 指示された二人の部下は手前から土を掘って根っこから花を抜いていく。それを俺とミンナも手伝う。後ろではミカが地面を掘り、持って来た火種を用意してる。ある程度抜いた花をまとめて掘られた穴に放ると、ミカはそこに火を付けた。白い花びらはじわじわと焦げて焼かれ、白い煙を上げて燃え始める。これで、この恐ろしくも綺麗な花も見納めだな――次々に火の中へ投げ込まれる花は形を歪ませ崩れていく。ミカも加わり、俺達は花を掘り返しては火に投げ入れる。それを繰り返し続け、一面の花畑だった場所は、二時間ほどで土だけの殺風景な景色に変わった。それを眺めるミンナの目は、やっぱり寂しそうでもあった。


「花でも野菜でも、ミンナの好きなものを植えればいい。こんなに広いんだから植え放題だろ?」


「好ぎなものが……おいがだのおべね、王国の花っこ植えでみでもえがもしれねわね」


「その時は言ってくれ。種と球根ならすぐ調達してくるから」


「どうも。そうしてもらえるど助がるわ」


 寂しげだった目は俺の提案に嬉しそうに微笑んだ。


 すべての花を燃やし尽くし、小さな火がくすぶる穴をのぞくと、底には真っ黒な灰だけが残されてた。焼き残しがないのを確認してからミカはそこに土をかぶせ埋め戻す。


「……これで、仕事は終了だ」


 つまり、俺の仕事も全部終わり……ミカにこき使われることもなく、やっと自由の身になれる……!


「我々はこれでひとまず帰るが、呪いの脅威がなくなったことを伝えれば、また近いうちに王国の者がお前達と話をするために来るだろう」


「それは、交流するだめに?」


「我々はお前達のことをよく知らない。最初は敵か味方かを見定めるだろう。そこで邪険な扱いをしなければ、王国側も友好的な扱いをし、親睦を深める方向へ進むはずだ。お前達も交流を望むのなら、危険な存在ではないと示し、真摯な態度を見せることだ」


「わ、わがった。皆にもそう伝えでおぐわ」


「助言してやるなんて、親切だな」


 言うと、ミカは横目でこっちを見やる。


「先住民族を恐れる者は今も多くいる。そんな者達が接触すれば、ふとした誤解から敵とみなされかねない。そういう悲劇を起こさないためだ」


「それなら王国のお仲間に言ったほうがいいんじゃないか? 怖がってるのは王国人のほうなんだし」


「私一人が言って聞いてもらえるのなら苦労はない。王国の中枢はそこまで柔軟ではないのでな……余計な話をしてしまった。今のは忘れろ」


 ミカは頭が硬いと思ったが、城のやつらがそれ以上なら、こいつはこれでもましなほうなのかな……。


「ここでの用は済んだ。城へ戻るぞ」


 部下を連れ、ミカは歩き出す。


「あ、待てって――それじゃミンナ、元気でな。いつか王国で会える日を待ってる」


「ええ。おいも王国さ行げるの楽しみにしてらわ。ヨハンさんのしてけだごどは、おいがだ全員、忘れねがら」


 笑顔で手を振るミンナに大きく手を振り返し、ミカを追って俺は森を後にした。先住民の皆が王国の街を歩くのか……物や文化は少しずつ取り入れるにしても、あの訛りは話すたびに目立つだろうな。それを想像すると少し面白かったが、それ以上に楽しみでもあるな。


「……師匠ぉ!」


 城の地下――看守が牢の鍵を開けると、それを待ち切れないように飛び出して来たヘンリクが俺にがっちりと抱き付いてきた。


「遅すぎっすよ! もっと早く来れなかったんすか!」


 泣きながら怒鳴るような声で、ヘンリクは俺を抱き締めて叫ぶ。


「すまなかったな。こっちにもいろいろ事情があったんだよ。だがこうして自由になれたんだ。勘弁してくれ」


「こんな狭いところに何年も閉じ込められて、俺、辛かったんす! でも師匠のこと信じて待ってて、本当によかったっす!」


 俺の顔に頬をこすり付けるほど密着されて、そのむさくるしさに思わず身体を押し離した。


「わ、わかったから、少し離れろって。ひげがチクチクして気持ち悪い」


「あっ、すみませんっす。ずっとひげ、剃れてなくて……」


 離れたヘンリクは苦笑いを浮かべる。牢の中にいたんじゃ剃刀なんか使わせてもらえるはずもない。口と顎はモジャモジャのひげに覆われ、短かった茶の髪も肩に付くほど伸びてる。改めて見ると、若かった顔にも小じわができて、この五年で結構老けたな……。


「お前も、おっさんになったな」


「こんなところにいたら、おっさんにもなるっすよ。でも、まだ俺、師匠の弟子っすからね。話せなかった五年分のこと、ちゃんと教えてくださいっす」


「そうだな。何もしてやれなかった時間分は、何かしらで返すよ。師匠としての責任でな」


「再会が済んだのなら、もう行け。手続きが終わって、貴様らの罪も消え、すでに自由を得ている」


 後ろで控えてたミカが事務的な口調で言った。


「ああ、行くよ……最初はあんたを信用してなかったが、言う通り自由の身にしてくれて、ありがとな」


「礼を言われる筋合いはない。こちらは予定通りに動いたまでだ。だが、自由になれたからと言って羽目を外すなよ。またどこかで盗みを働けば、再びここへ戻り、今度こそ生きて戻れなくなると知れ」


「同じヘマをしないのが一流の盗賊ってやつだ。ここへは二度と戻るつもりはないよ。だからあんたと会うのもこれが最後だ。寂しいけどな」


「ふっ、つまらない冗談だ」


「本当に少しそう思ってるんだが……あんたはもうちょっと愛想よくしたほうがいいと思うね。周りから結構誤解されないか?」


「どうでもいい話がしたいのなら、城を出てから相手を探せ。私はまだ仕事があるんだ」


「はいはい。さっさと出て行くよ。……じゃあな」


 俺はミカの肩を軽く叩いて、ヘンリクと薄暗い階段を上って行く。


「ヨハンネス」


 不意に名前を呼ばれて振り返った。牢の前に立つミカはこっちを見てた。


「……何だ」


 別れの挨拶でもしてくれるのかと思ったが、ミカは瞬きを繰り返すだけでなかなか口を開かない。


「早く行けって言ったのはそっちだぞ」


 これにわずかに顔をしかめたミカは、ようやく口を開いた。


「……何でもない」


「はあ? 何だよそれ。世話になった相手にさよならぐらい言えないのか?」


「調子に乗るなよ……!」


 ギロリと睨まれた俺は笑顔を返し、ミカの目からそそくさと逃げた。……そう言えば、あいつに名前で呼ばれたのって、初めてだったかもな。


 その後、街に戻った俺とヘンリクは、五年で少し顔ぶれの変わった盗賊仲間達と会い、夜には死刑台から生還しためでたい二人として祝われ、朝まで宴に興じて自由を満喫した。ちなみに呪いにかかって何も食べられなかった若い同業者も、俺が花を食べさせたおかげで生き残り、感謝の言葉を言いながらごちそうをむさぼり食ってた。よく知らないやつだが、味覚が戻ったようでよかった。


 ひげも髪も切って元通りになったヘンリクは、すぐに仕事へ行こうとせがんできたが、牢にいた五年で体力はかなり衰えてる。盗賊の資本は動ける身体だ。まずはそこからのやり直しだ。自由になったら隠居生活ができると思ったが、それはもう少し先になりそうだ。ヘンリクの出来次第じゃ、こっちの予定も変える必要があるか。盗賊引退は……まあ、その時になってみないとわからないな。とりあえず今はヘンリクを一流の盗賊にしてやることに全力を注ぐことにする。自分のことはそれからでもいいだろう。何せ俺は自由を取り戻したんだからな。

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