十三話
「少々話がそれたな。互いの祖先のことは後に専門家に任せることにして、今は植物兵器の呪いについて、もう少し聞く必要がある」
「花を食べたせいで、あんたらはそういう姿になったのはわかった。それで、今も食べ続けてるのか?」
ミンナは軽く頷く。
「もぢろん。食い続げねば呪いで死んでしまうがら」
俺は森の中の花畑を思い浮かべて聞いた。
「じゃああの花畑は、やっぱり先住民の皆で育てて管理してるんだな」
「ええ。管理はおいの役目なの。日さ何度か見に行って、水上げだり雑草抜いだりしてらんだども、生命力の強ぇ花だんて、放っておいでもちゃんと花っこ咲いでけるわ」
彼女が管理を……だから花畑に現れたってわけか。偶然じゃなかったんだな。
「花は一日にいくつ食べている」
「一日にいぐづも食わねわ。五ヶ月さ一づ食えば十分なの」
「そんなに少なくて大丈夫なのか」
「ご先祖様年月かげで出してけだ数、五ヶ月さ一づなの。別にそれより多ぐ食っても問題はねんだども、生ぎるだめの花っこ無駄さ食ったぐねがら」
「五ヶ月……それを過ぎると死ぬのか?」
「いえ、まだ死なねぁ。呪いによる死は一年弱目安で言われでで、おいがだはそれより余裕たがいで花っこ食ってらのよ」
「一年弱……王妃様は呪いをかけられてどのぐらいなんだ?」
ミカは腕を組んで答える。
「賊の貴様が知る必要はない。だが、まだ時間は残されている」
「なら、王妃様にも花を食わせないとな。一年なんてすぐに経っちまう。ミンナ、あんたらも花を分けてくれるだろ?」
「ええ。同じ呪いで苦しんでらふとなら、おいがだも助げでけだいがら」
「よかった。これで王妃様が死ぬことはとりあえず――」
「花を召し上がっていただくことは、できない」
ぼそりと言ったミカを俺とミンナは見た。
「……は? 何言ってるんだよ。花を食わなきゃ一年で――」
「そんなことはわかっている。だが花を召し上がれば、妃殿下のお身体に障る」
「肌と髪の色が変わるってやつか? そんなの、死ぬことに比べりゃ大したことじゃ――」
「それだけではない。妃殿下はいずれ国王陛下のお世継ぎをお産みになられる大事なお方だ。植物兵器など得体の知れない物を食され、授かったお世継ぎに悪い影響でも出てしまったら取り返しがつかなくなる」
「でも、死ぬよりはましだろ。まだ生まれてもない子供の心配より、死が迫ってる王妃をまずは助けてやらないと」
「貴様にはわからないだろうが、王家にとってお世継ぎとなるお子は重要な存在なのだ。健康であるか、はたまた病弱であるか、お身体の問題有無で妃殿下のお立場も左右されてしまう」
「だから、まだこの世にいない子供の話してもしょうがないって言ってんだよ! 王妃が死んだら、その子供も生まれて来ないんだぞ。あんたはどっちの命が大事なんだよ」
「妃殿下のお命はお助けしたい。しかしそのために花を食されれば、授かったお世継ぎに影響が――」
「花っこ食うべど食いまいど、もう呪われでらんだんて、影響は避げられねわ」
ミンナの言葉にミカは険しい表情を向ける。
「さっき言ったように、呪われだふとが産んだ子供は、親の呪い受げ継いでしまうのよ。そさ花食った数は関係ね」
「例外は、ないのか」
これにミンナは首を横に振る。
「ねわ。んだんて森の仲間は全員呪いにががってら。生ぎ続げでゃなら花くしかねの」
聞いたミカは深刻な顔を浮かべて黙ってしまった。
「どうせ影響が避けられないなら、王妃に花を食わせたって同じだ。まあ、身体の色は変わっちまうかもしれないがな。素直に花を分けてもらって城へ――」
「この呪いは、普通の呪いなのか……?」
ミカがまたぼそりと呟いた。
「普通の呪いって、どういう意味だ」
「我々の知る呪いは、それをかけた者が命を失えば自然に解かれるものと認識している。だが花の呪いは現在も続いている」
「かけたやつが生きてるからだろ?」
「よく考えてからものを言え。植物兵器を作り出したのは誰で、いつの話だ」
「天才か疑わしい錬金術師だろ? 大昔に――あっ!」
話では王国ができる以前、ミンナも伝え聞くほどの遠い昔……数百年も前に生きてた人間が今も生きてるはずがない。こんな単純なことに気付かなかったとは……。
「……ミンナ、あんたが話した話は全部本当なんだよな?」
「確かめようがねがらわがらねんだども、でもおいは全部本当だど信じでらわ」
「しかしなあ、数百年も生きられる人間なんているはずないし、それだと呪いが解けない理由にならない。……ミカ、他に思い当たる理由はあるか?」
問いかけると、顎に手を当て考えてたミカは、焚き火に視線を落としながら答える。
「数百年前、何者かが呪いを使って植物兵器を開発し、それが散らばった……その話は本当なのだろう。王国は建国時代よりスレカンタの森に近付くことはなかった。それは花の呪いを受け、実際に被害を受けた者がいたせいだろう。そして原因が先住民族だと思い込み、恐れから現在まで交流することはなかった。つまりおそらく、数百年前から花の呪いは存在していた。しかし、貴様の言うように、数百年間も生きられる者などこの世に存在しない。いるとすれば、それはもう神だ」
「だが神様は植物兵器なんか作らない。作ったのは確実に人間なんだ。それなのに何で呪いは解けないんだ?」
ミカが言ったように、これは普通の呪いじゃないのか? 俺達の知る呪いは昔の呪いと何か質が違うとか? それとも解く方法が違うのか? 呪術の知識がまったくない俺じゃ何にも思い浮かばないな――何の答えにもたどり着かず、お手上げ状態の俺とは逆に、真剣に考え続けてたミカは、焚き火に向けてた視線をこっちに向けると、鋭い目付きで言った。
「死んだ錬金術師に代わり、どこかで植物兵器を作り続けている者がいる……そう考えるしかない」
「いやまさか。そうだとしたら、一度どこかで呪いは解かれてるはずだろ。錬金術師が死んだんだから。だが先住民はずっと呪われたままだ」
ムッとした表情になると、ミカはミンナに聞いた。
「お前達の呪いは一度も解かれたことはないのか」
「ねわ。おいがだはずっとこの姿で生ぎでら。元の姿さ戻ったなんて聞いだごどがねわ」
「では、別の似た花を食べたり、別の種を植えたりしたことは」
「そんたごどあり得ね。あの花は球根植物なの。種で増えるんでね。おいがだは森の中だげでおがれで、そごで咲いだ花しか食ってねわ。んだんて似だ花でもくごどはまずね」
「本当なのだろうな。嘘を言ってもためにならないぞ」
「本当よ。命つなぐ花なんだんて、途中で別の花さ植え替えだりなんてしねわ」
「ミカ、普通に考えりゃそうだろ。一度枯れでもすれば話は違うが、そうなりゃ先住民は存在しない。枯らさず花を食べ続けてるから今もいるんだ」
「ならば未だに呪いが解けない現状をどう説明する」
「どうって言われても……」
ミカは再びミンナに目を向けた。
「やはり、お前達の中に植物兵器を作り続けている者がいるのではないか」
「いるわげねべ。何のだめにそんたごどするのよ」
「だがそう考えねば辻褄が合わない。仲間のお前達の目を盗み、新たな呪いをかけたとしか……」
「んだんて、おいがだの中さ呪いかげられる者なんていねわ」
「どうだかな。嘘などいくらでもつけるものだ」
「お、おいがばしこぎだって言うの? 決まり破って話してらども……」
ミンナの顔に憤りが浮かぶ。それを見て俺はすぐに言った。
「おい、彼女を疑うな。決心して話しに来てくれたんだぞ」
「私は呼んでなどいないがな。さらに言えば、呪いをかけた犯人を知るために私は追い出さず、話を聞いてやっているんだ」
「だからそれは大昔の錬金術師だって――」
「ではなぜ呪いが解けない? その理由を私は知りたいんだ」
俺は頭をかきむしってミンナに聞いた。
「……何で、呪いは解けないんだ?」
「おいがおべるわけね。おべでればこんた姿で暮らしてねわ」
「そりゃそうだけど、でも何か一つでも思い当たることがあるんじゃ……」
そう言うとミンナはキッと俺を睨んだ。
「呪いで一番苦しんでらのはおいがだなのよ! そんたのおいがだが一番おべでゃわよ!」
「そ、そうだな、あんたらが一番苦しんでるんだよな……」
俺は作り笑いでどうにかミンナをなだめた。まだ何か言いたそうな目を見せてたが、視線をそらすと彼女は小さく息を吐き、それ以上は言ってこなかった。まったく――俺はミカをじろりと見やった。
「わからないものはわからない。それを嘘つき呼ばわりするな」
「だがわからないでは話は進まない。こちらは妃殿下のお命が懸かっているんだ。一日も早く犯人を仕留める必要がある」
「その犯人は先住民じゃないって言ってんだ。彼女は嘘は言ってないよ」
「かもしれないな。その女は知らない……だけで、犯人は仲間の誰かかもしれない」
「何度言えばわがるのよ! 仲間は――」
声を荒らげたミンナを制して俺は言った。
「本当に頭が硬いな。彼女がこんなに否定してるのに、何でそんなに疑うんだ」
「では逆になぜ貴様は疑わない? 呪いの花はスレカンタの森にしかなく、そこには先住民が長年暮らしている。呪いと彼らの関係は深い。犯人がいるのならば先住民としか考えられないだろう」
「でも先住民は呪いはかけられないって言ってる」
「我々にそれを確かめる術はない。……女、わからないのか、それとも言いたくないのか、そのどちらでも構わない。何であれこちらは犯人を仕留めるだけだからな」
「どうやって仕留めるんだよ、誰だかわからないのに」
聞くとミカは冷めた表情で言った。
「貴様が一人ずつ仕留めるのも時間がかかるだろう。その手間を省くなら、森ごと焼いてしまうのが簡単だ」
ミンナも俺も驚いてミカを見た。
「本気で言ってるのか? そんな馬鹿なこと」
「馬鹿? 能率的な手段だろう。火を放てば慌てた先住民が犯人を差し出すかもしれない。そうならなくとも、燃え広がった炎はやがて犯人を囲み仕留める。呪いの花も一緒に焼かれ、すべて消えて――」
「やっぱりおいが馬鹿だった!」
ミンナは急に叫んだ。声をさえぎられたミカは怪訝な表情を向ける。
「……女、何のことだ」
「決まり破って王国人さ全部話したごどよ! それなのに森も花も全部焼ぎ払う……そんた仕打ぢされるなんて……!」
「待ってくれミンナ、それはあいつが勝手に言って――」
すぐさま言った俺をミンナは失望の目で睨んできた。
「ヨハンさん、おいはあだ信じだども、ひどすぎるわ!」
「だから待ってくれって! ……おいミカ! 彼女の前で何てこと言うんだよ!」
「私は思い付いた一つの方法を述べただけだ。ただちに実行するとまでは言っていない」
「実行しなくても、口に出せば彼女に対して脅しになるってわからないのか! ……本当にすまない。森に火を放つなんて、俺は絶対に許さないから」
ミンナに向き合って言ったが、こっちを見る彼女の目には深い疑心の色が滲む。
「こうなるどわがってだ……王国人ど関われば、多がれ少ながれ花の匂いに誘われで呪われるふとが出る。そうなればおいがだどご恐れでひどぇごどされるべど。関わらねのはお互いのだめだった。お互いの安全のためさ、んだんて決まりは作られだの……」
王国人を避け、交流しなかったのは、花の呪いから俺達を遠ざけ、自分達が生きる術を守るためだった。そうしなければ、呪いを恐れた王国人が花畑を、先住民達を、危険だと排除しに来るかもしれないと、彼女達は昔から鮮明に想像ができてたんだ。そして今、その想像通りのことをミカは言いやがった……。
「おいがだはあまりに長ぐ苦しんでぎだ。でもいづの日が、解放されるど信じでもいるの。そのきっかげになればで思って、おいはヨハンさん、あだ信じで付いで来だんだ。それなのに……助げでけるでいう約束は守ってぐれねの?」
「約束は、ま、守るに決まって――」
「貴様、先住民と勝手に何を約束した」
ミカの鋭い視線と声が俺を突き刺す。
「別に……何だっていいだろ」
「よくはない。貴様は我々の要望、指示に従って動いているのだ。つまり監理下にある。勝手な行動は認められない。何かあればすべて報告するのが義務だ。隠さずに言え」
有無を言わさない尖った目が俺を睨む――言いたくなかったんだがな。
「……ここで話をしてもらう代わりに、先住民が死なないように俺が守るって、約束したんだよ……」
「死なないように……? それは犯人を仕留めよというこちらの要望を放棄した、ということか?」
「そ、そうじゃない。呪いをかけた犯人は仕留めるよ。ただ、それがわからなくて、先住民を片っ端から殺すとか、それはさすがにできない」
「では、こちらがそう指示した場合、貴様は拒否するのだな」
「あんたは無関係なやつまで殺しても平気なのか? 俺は兵士じゃないんでね。人殺しには慣れてない。だからそんなことできない」
「相棒が処刑されるとしてもか?」
言うこと聞かなきゃそれを出すよな――俺はミカをねめつけた。
「じゃああんた、本気で森を燃やす気か? たった一人の犯人を仕留めるために、何十人も道連れにさせるのか?」
強く聞くと、ミカは軽く息を吐いてから言った。
「私だって無関係の者の命は奪いたくはない。犯人さえ特定できれば、無駄な犠牲を出さずに済む」
「だが彼女は犯人を知らない。仲間にもいないって言ってるんだ。意を決して話してくれた彼女が、この期に及んで嘘を言うとは思えない」
「……そうかもしれない」
「それなら――」
「しかし我々には悠長にしている時間はないんだ」
「王妃のことか? だがまだ時間は残されてるって――」
「残されていても確実に死が迫っている以上、これは急ぐべき問題だ。それに、妃殿下がこの話をお聞きになれば……貴様も垣間見ただろう。妃殿下のご性格を」
俺は忍び込んだ部屋での姿を思い出す。呪いで少女の姿ではあっても、その中身は恥をさらしたくないからと嘘をつき、そのためなら人の命など何とも思わない自分本位な女……俺は到底尊敬できそうにない。
「私には定期的に妃殿下へ進捗状況をお伝えする義務がある。現在の状況をお伝えすれば、妃殿下のことだ、全先住民を排除しろとご命令なさるだろう。つまり遅かれ早かれ、森は焼かれることになる。護衛としてお側にいるから、お考えになることがわかるのだ」
「言われることがわかってるなら、そうならないようにすればいいだろ」
「どうやって? 呪いと関わるそこの女は犯人を知らないと言っている。そう言われてはこちらは特定できない。ならば疑わしい者ら全員を排除するしかないだろう」
「極端すぎるだろ! 排除する前にもっと話を聞いたって――」
「長年交流を拒んできた先住民が決まりとやらを破って、この女のように話してくれると思うのか?」
「う、それは……」
俺は不安げな表情を見せるミンナを見下ろす。彼女は相当な勇気と覚悟を持って話してくれたはずだ。他の先住民も同じ気持ちを持ってくれるか……はっきり言って可能性は低い気がする。何せあの花は彼らの命綱なんだ。その秘密を王国人に話すなんて抵抗しか感じないだろう。
「もう一度言うが、これは急ぐべき問題だ。犯人が特定できないのなら、疑わしい者が住む森を焼き、あぶり出すか、そのまま焼き殺すしか手段はない。……悪いな、女。我々は妃殿下をお救いしなければならないのだ。それとも、何か言い忘れていることでもあれば、この場限りで聞いてやるが……?」
細めた目を向けてミカが聞く。ミンナが犯人を知りながら隠してるとまだ思ってるんだろう。だが俺にはそうは思えない。彼女は膝に乗せた両手で拳を作り、真っ白になるほど握り込んでる。伏せた顔にはこらえる怒りと落胆が見える。こんなはずじゃなかったんだろう。俺だってそうだ。話を全部聞ければ問題は解決するものと思ってたのに、まさか悪化するとは……。
「……おい、帰るす」
丸太からすっくと立ち上がったミンナは、そのまま焚き火から離れて立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待てって……」
俺はすぐに呼び止めたが、ミンナは無視して行ってしまう。その後を追って俺は彼女の肩を引き止めた。
「待ってくれ。話は終わって――」
振り向かせると、ミンナの黒い瞳にはじんわりと涙が滲んでた。
「おいは決まり破って、仲間裏切る真似してしまった……どう言い訳すればえの」
「心配するな。あいつに森は焼かせないから」
「んだども、あのふとはその気だわ。おいがだのごどなんて考えでもいね。……助げでけるんでねがったの? 約束してけだがら話したども!」
涙目のミンナは俺の上着をつかむと、感情をぶつけるように揺さぶってきた。
「や、約束は、守るつもりでいる。だが、呪いをかけた犯人が特定できなきゃどうしようもない……」
「あだもおいがばし言ってらで思ってらの? おいも皆も、誰も犯人なんておべねわ。おべでらなら、この呪いはどっくに解げでらわ!」
揺さぶってくる両手を俺はやんわりと引き離した。
「と、とにかく落ち着いて……あんたは正直に話したって思ってるよ。嘘なんて言ってない。そうだろ?」
「当だり前よ。おいはばしは言ってねわ!」
「なら俺はそれに応える。犯人はあんたらじゃなく、別にいるんだ。それを捜してみるから、だから……」
「どうやって捜すの? 手掛がりなんてねんだべ?」
「まあ、そうだけど……」
ミンナの不信の眼差しが突き刺さってくる。それを振り払うように俺は言った。
「犯人捜しは難しいかもしれないが、呪いは、ほら、王国にも昔からあるものだし……そうだ、呪いを解く方法は一つとは限らないかもしれない。犯人を仕留めなくても解く方法を探せばいいんだよ」
「そんた方法があるの……?」
「王国では山ほど本ってものが作られてる。それを読めばあらゆるものの詳細を知ることができる。探せば呪いについての本もきっと一冊ぐらいはあるだろ。多分……」
「……本当なの?」
いぶかしむミンナに俺は明るく答えた。
「ほ、本当だって。だから大丈夫だ。俺が呪いについて調べてる間は、森を燃やすなんてことはしない。絶対に!」
「方法見づがらねがったら、どうするの?」
「そうじゃなくて、必ず見つける。見つけてみせるから、どうか信じて待っててほしい」
「こっちの話は信じでもらえねがったども、あだがだは信じれど?」
「あの石頭はどうでもいいが、俺のことはどうか信じてほしい。頼む」
眉間にしわを寄せた表情でミンナはじっと見つめてくる。俺は必死に笑顔を作ってそれを見つめ返した。信じてくれ、お願いだから――そんな心の声が通じたのか、一度視線を外すと、ミンナは再び俺を見て言った。
「……そう言うだば、わがったわ。あだのこどは信じる」
「あ、ああ、ありがとう」
「お願いだんて、約束は守って。でねど話した意味がなぐなる。おいは仲間裏切りだぐね」
「わかってる。どうにかするから、集落で待っててくれ。何かあればまた会いに行くよ。こっそりな」
「ええ……え話待ってらわ。じゃあまだ、その時さ……」
ミンナは踵を返し、去ろうとする。
「戻るなら森まで送るけど……」
そう言うと顔だけ振り向かせたミンナは、片手を振って大丈夫と言うように断り、そのまま丘を下る坂道の先へ消えて行った。それを見送り、俺は深く息を吐く。どうにか彼女を失望させずには済んだが――
「話は済んだのか?」
焚き火の奥で腕を組んだミカが聞いてくる。こいつも問題だな――俺は側まで歩み寄って言った。
「森を焼くなんて、やめてくれよ。その前にできることはまだある」
「ほお、それは何だ。犯人をどう特定する?」
「犯人じゃない。呪い自体をどうにかするんだよ」
「どうにかとは? そんな方法を貴様は知っているのか」
「知るわけないだろ。だが本とか、呪術師に聞いて調べればあるかもしれない……だろ?」
これにミカは小馬鹿にするように鼻で笑った。
「呪いはかけた者を殺すことで解く……それが定説で常識だ。今さら何を調べることがある」
「あんただって呪術のことは素人だろ。古い本を調べれば、呪いを解く別の方法がある可能性だって――」
「そんなことにどれだけ時間をかけるつもりだ? 余裕はまだあるとは言え、数ヶ月も待つことなど……いや、妃殿下の苦しみを思えば、一ヶ月だってお待たせすることはできない。ただちにスレカンタの森に火を放ち、犯人をあぶり出すべき――」
「一ヶ月以内に調べ切れば、それなら文句ないのか」
俺が睨むと、ミカも負けじと睨み返してきた。
「一ヶ月で別の方法が見つかるのならば、こんな状況は続いてなどいない」
「あんたらは隅から隅まで調べたのか? 呪いの常識だからって犯人仕留めることしか考えてなかったんじゃないのか?」
「だとしても、それは間違いではない。なぜならそれが呪いを解く常套手段だからだ」
「だが犯人は見つかってないんだ。別の方法も模索するべきだろ」
「犯人は森に住む先住民の中にいる。そうとしか考えられない。だから私は火であぶり出せと言っているんだ」
「ミンナは犯人はいないって……あー、ったく……!」
頭を抱えたくなってくる。これじゃ堂々巡りだ。
「……俺はここから解放されたら、足を洗って悠々自適に暮らしたいんだよ。最後の仕事が先住民の排除なんて、そんな気分悪く終わらせたくないんだ」
「貴様の気分など知ったことではない。これは妃殿下のためにすることだ。貴様の都合など関係ない」
「あんただって俺と同じだろ? 火をつけて先住民を殺すなんて、本当はやりたくないはずだ。城に戻って王妃に話を聞きに行ったのだって、間違って無実のやつを殺したくなかったからだろ? 違うか?」
「あれは……念には念を入れた、確認だ」
「なら火をつける前に、念を入れて調べてくれよ。それぐらいできるだろ。自分の行動に後悔したくないだろ?」
「………」
黙り込んだミカは目を伏せて考え込む。俺の説得が響いてくれたか。青い目に映る焚き火が揺らめくのと同時に、その視線も揺れる。こいつも王妃と自分の心との間で葛藤があるのかもしれない――そんなことを感じ取りながらしばらく待つと、ミカの口がおもむろに開いた。
「そこまで調べたいと言うのなら、いいだろう」
「じゃあ早速明日から調べに――」
「一ヶ月だ」
「え……?」
ミカは睨む目付きで言う。
「一ヶ月以内に新たな方法や進展がなければ、我々は予定通りに火を放つ」
譲歩してくれたのはいいが、一ヶ月ってのはやっぱり短かすぎる。調べるって言っても、今のところ何の目星もないし……。
「不満顔だな。だが一ヶ月と言ったのは貴様だ。こちらとしてはそれでも長いんだ。それだけ待つのだから、せいぜい隅から隅まで調べることだ」
「あんたも一緒に調べてくれるんだろ?」
「私に頼るつもりか? あいにくだが私は貴様のすることは時間の無駄にしか思えない。常識外の方法を探すより、犯人を突き止めるほうが有意義だと考えている。まあ、先住民に話が聞けない状況では、それも無駄な時間になる可能性は高いが」
「でもミカが一緒に調べてくれなきゃ、俺はどうやって調べればいいんだよ。一人で勝手に調べに行っていいのか?」
しばし考える素振りを見せてからミカは言った。
「明日からの一ヶ月間は、特例として貴様を釈放してやる」
「釈放って、いいのか? 俺が逃げるのを散々疑ってたのに」
「もちろん今も疑っている。だから一ヶ月間の毎日、決まった時間に、貴様は城にいる私に逃げていないことを証明するため顔を見せに来い」
「ま、毎日、城まで行くのか? 面倒なことを……」
「面倒だからと来なければ、その直後に相棒は処刑され、貴様はただちに逃亡者として手配されることになる。そうなりたくなければ計画的な行動に努めろ。釈放とは言え、まったくの自由を与えたわけではない。怠惰に過ごせば命取りになると知れ」
釈放しても手綱は付けたままってことか……まあ今回は自由を求めてるわけじゃない。ミンナとの約束のため、先住民を助けるために動くんだ。正直、先なんて全然見えないが……それでも調べるしかない。俺なりに、できる限り……!
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