十二話
「あの、あだがだは一づ、思い違いしてらようだんて、言っておぐす」
「思い違い?」
焚き火を挟んだ向こう、そこから数歩下がった位置で兵士達と一緒に聞くミカが眉間にしわを寄せた顔で言う。
「はい。あだがだの言葉聞いでらど、おいがだがどうやら呪いかげるにええで思ってらようだんだども、そんたごどは誰一人どしてでぎねぁ」
「ん? 呪いが、何だと……?」
「先住民は誰も呪いをかけられない……ってことか?」
何となくの意味を予想して聞いてみると、ミンナは頷いた。
「んだ。王国人呪われるのは、すべであの花のせいなんだ」
「妃殿下が口にされてしまったという花のことか」
「ミンナ、あれは一体何なんだ。ただの花じゃないんだろ?」
「あれは、人間だげが感じる香りで引ぎ寄せ、花っこ食いでゃでいう猛烈な食欲引ぎ出してかへる人工花なんだ」
人工花……?
「ということはつまり、その花を作り出した者が存在するのだな」
ミカの鋭い視線がミンナを射る。それに気付いたミンナは慌てて首を横に振った。
「違うんだ。作ったのはおいがだじゃねぁ」
「では誰だと言うんだ。あの森は古くから先住民族の領域で、我ら王国人は足を踏み入れていない。人工的に作られたと言うのなら、お前達以外には考えられないではないか」
「おいがだが作ったで言えば作ったのがもしれね……んだども、そうでねんだ」
「どちらなんだ。はっきり言え」
「つまり、最初さ花っこ作ったのは、とぎぇ昔の、おいがだの同族のふとなんだ」
「昔の同族? 先祖ということか?」
「血のつながった者はいねで思うんだども、同じ民族のご先祖様どは言えるす」
「呪いの力を持つ花を作り出すなんて、ミンナの先祖はなかなかすごいな」
「何がすごいものか。罠にかけて殺すような花など……そもそも、何のために作り出したのだ。まさか、王国人を排除するために――」
「それは違うす。作られだ当時はまだあだがだの王国は存在していねがったがら」
「じゃあ、何で作られたんだ、そんな物騒なもの」
ミンナは視線を落とすと、暗い表情に変わって話す。
「大昔、おいがだのご先祖様はこさ移り住んで来て、新だな暮らし始めだの。小さな国どして平和さ暮らしてだんだども、ふとが増えでいぐど権力争いで騒乱起ぎで、それがやがで民二分する内戦にまで大ぎぐなってしまったの」
「先住民族は昔、国を持ってたのか? 初めて知ったな……ミカは知ってたか?」
「いや、私も初耳だ。学生時代の授業でも習った覚えはない。……女、ほら話ではないだろうな」
これにミンナは少しムッとした顔を見せる。
「ばしでねわ。これは代々おいがだに語り継がれでいる真実の話よ」
「ふっ、そうか。ならば続けろ」
素っ気なく促すミカをいちべつし、ミンナは話を続ける。
「……その内戦で、天才ど呼ばれだ錬金術師味方する陣営のためさ兵器の開発始めだの」
「兵器……ってまさか、それがあの花?」
ミンナは小さく頷く。
「植物兵器というわけか。なるほど……そう言われるとそうとも思えるな」
腑に落ちたようにミカは呟く。人間が好む匂いで敵を誘い込み、呪いの力が詰まった花を食べさせ殺す……それがあの花が作られた理由で目的だったのか。
「んだども、兵器作りは難航して、完成はしねがった」
「え、あれで完成してないのか? 匂いでしっかり引き寄せてるし、食べれば呪いだって――」
「戦闘の場で欲していたのはそういうものではなかったのだろう。匂いで引き寄せたところで敵は呪われるだけだ。心身の異変には見舞われるかもしれないが、呪いはただちに命を失うものではない。死ぬまでには時間がある。それでも若干の戦力低下にはなるだろうが、敵兵自体の数を減らせなければ大した効果は望めない」
「お、おお、さすが護衛補佐だな。すぐに分析とは」
「こんなもの分析でも何でもない。軍事学校で学んでいれば誰でもわかることだ。前線で戦う者が求めるのは敵戦力を削ぐ支援、つまり敵兵を減らすことだ。私が兵器を作る立場であれば、呪いではなく猛毒を仕込むがな」
「確かに。死ぬまで時間がかかるものより、その場で死ぬ毒のほうが効果的だよな……ミンナ、その錬金術師って、言うほど天才じゃなかったのかもな」
これにミンナは戸惑う目を向ける。
「おいは、そう伝え聞いでらだげだんて、本当のどごろはおべね……」
「まあそうか……それで? 完成しなかった花はどうなったんだ?」
「開発拠点戦場になって、失われだの」
「施設が破壊されたのか」
「兵器開発がでぎねぐなったんだども、戦いは拮抗した状況で続いだ。でも数ヶ月後、お互いの兵士達バタバタど倒れ、なしてが死さ始めだの」
「しさ? 死に始めたってことか?」
ミンナは頷く。
「戦ってね女子供まで、何百人死んだで言うす。そのせいで民激減して、戦いどごろではなぐなって、内戦は終わったそうだ」
「戦えるやつがいなくなって、それで終わるって、何ともひどい終わり方だな。だが何で急に皆死に始めたんだ? 伝染病でも流行ったのか?」
「病気ではなぐで――」
「失われた兵器のせい、だな」
ミカが鋭く聞くと、ミンナは頷いた。
「んだ。一度は失われだで思われだ兵器の花っこ、数ヶ月かげで民呪い殺してだのだ」
「どういうことだ? 誰かが悪用したってことか?」
「花を見ただけで呪いの力があるとわかる者は錬金術師以外にはおそらくいないだろう」
「じゃあ、錬金術師の仕業か?」
「敵兵だけならともかく、無差別に呪い殺す動機はない。そこをよく考えろ」
言われて考えてみるが、俺の脳みそじゃ答えを導き出せなかった。それを察したミカは馬鹿にするような溜息を吐くと、ミンナを見ながら言った。
「花は植物だ。つまり、錬金術師の手から離れ、戦場という自然に放り出された兵器は、そこでたくましく繁殖し、生き長らえていた……そういうことだろう?」
「その通りだ。あの花は手加えられだせいが、しったげ繁殖力強ぐで、短期間で花っこ咲がせるんだ。んだんて、月日経づにづれ、呪いで死ぬふとが増えで、最終的さ民は数十人程度しか生ぎ残らねがったそうだ」
あの花の匂いは、一度嗅ぐと振り切れない誘惑のように頭を麻痺させ、眠ってた本能を引きずり出してくる。食べる寸前まで経験した俺はあの匂いの恐ろしさをよく知ってる。数十人無事だったっていうのも、俺にしてみれば奇跡的に思える。だってあれは誰かに止められない限り、絶対花を食っちまう、自分の意思じゃ避けられないものだった……。
「全滅してもおかしくないのに、本当、よく無事に生き残れたな」
そう言った俺にミンナは暗い表情を向けた。
「無事だばでね。花のせいで、全員呪われだのよ」
「え、だが呪われたやつはいずれ死ぬんだろ?」
「現在、お前達がいるということは、その祖先となる者達が生き残ったということになるが、呪われれば子孫を残せるほど長くは生きられないはずだ。それを覆して生き残った理由は何だ」
興味深げに聞くミカを見つめてミンナは言う。
「それは、ある発見したがらよ」
「発見? どのような」
「伝わってら話では、呪われだ者絶望して、自殺するべど自ら花っこ食ったらしぇの」
「先がないって知ったら、絶望もするよな……」
「呪いの力のある花じっぱり食えばすぐに死ねるで思って……苦しみがら逃れでゃふとは真似して食ったのだべね」
「しかし、死ねなかったと?」
「ええ。それどごろが、花っこ食わねがったふとのほうが先さ死んだの」
「呪いの花を食って、命が伸びた……?」
「ほお……それが発見か」
ミンナは頷く。
「花っこ食った人達だげが生ぎ続げ、食わねがったふとは死んでしまった……それに気付いだ者は花っこ食えば死なずに済むのではど考え、散らばって咲ぐ花っこ集めでおがれるごどにしたの」
「おがれる、って?」
「側さ置いて、成長させるってごどよ」
「ああ、そういうことか」
「なるほど。錬金術師の行方がわからない以上、死から逃れるためにはこの発見にすがるしかなかったのだな」
「望み見い出して、皆は育でだ花っこ食って生ぎ続げだの。そのうぢ子供も生まれで、人数は徐々さ増えだのだげど……思わぬ問題起ぎだの」
ミンナの表情が再び暗くなる。
「呪いが、子供にもががってだの」
「どういうことだ? 子供は花を食ってないんだろ? 呪いって風邪みたいにうつるもんなのか?」
「そんな話は聞いたことがないが、呪われた者が子を産んだという話も聞いたことはない。だから、呪われた身体から生まれた者が同じ呪いにかかっていたとしても、決しておかしな話ではないのかもしれないが……しかし、呪いにそんな性質があるとはな」
「子供達の分も花おがれ、かへ、どうにが生ぎでぎだのがおいがだのご先祖様なんだ。んだども、呪いで死ぬごどはなぐなったんだども、その力は受げ継がれでぎだ技術忘れさせ、伝統の文化失わせました。肌や髪の色も変えられ、元の姿も――」
「ちょっ、ちょっと待て。……元の姿って、何のことだ。先住民族は元からそういう肌と髪なんじゃ……」
「違うす。おいがだは生まれだ時は、あだがだと変わらね姿してらんだ」
驚いた俺はミカを見やるが、そのミカも驚いてるようだった。
「生まれだ直後の赤ん坊は、その名の通り血の気の通った赤ぇ肌してらんだども、一時間も経だねうぢに肌は白っぽぐ、石みんた色さ変わってしまうの。髪も同じようにね」
本当は、俺達と変わらない姿をしてる……彼女達は異種族じゃなくて、同じ人間……?
「だが、そんな肌や髪色の人間なんて……」
「全部あの花のせいよ。あだがだも花っこ食い続げれば、きっとこんた色になるで思うわ」
「つまり、呪いの影響で、その姿になったのか?」
「どうだべね。呪いはふとによって異なる様々な悪影響与えるんだども、肌ど髪の色はもれねぐ全員変わってらわ。それ考えるど、呪いの力で言うより、花っこ食ってら影響だで思うのだけど……詳しぇごどはわがりようがねわ」
「花は人工物だ。体内に入れて思わぬ副作用があっても不思議ではない」
考え込みながらも納得したふうにミカは言った。
「もしかして、あんたらの訛りって花を食った影響なのか?」
「それは違うわ。おいがだは昔がらこのしゃべり方よ。花どは関係ね」
「あ、そう……」
同じ人間だって言うから、てっきりそう思ったんだが、これは普通の訛りなのか。
「昔からこのしゃべり方か……」
考える素振りでミカが呟いた。
「どうかしたか?」
「以前から先住民族の話す言葉は我々のものと近いことは知られていたのだが、なぜ無縁のはずの彼らは似た言葉を話すのか、不思議に感じてはいた。しかし先ほど話で、お前達の先祖はここへ移り住んで来たと言ったな」
「ええ。言ったげど」
「どこから移り住んで来たんだ」
「伝わってら話では、海の向ごうの大陸だって……」
これにミカは真剣な顔になる。
「そうか……実は王家の祖先であるお方も、海を渡った先の大陸から来られたとされている」
「え、そうなのか? じゃあこっちに来る前に、お互いの先祖はどっかで会ってたりして……?」
「あるいは、近い地域内で暮らしていた可能性もある。こうして通じる言葉が何よりの証拠だ」
「確かに。異国人の言葉はまるで意味がわからないぐらいに別物だしな。……あ、もしかして名前の語感が似てるっていうのは、そういうことなのか?」
「語感? 何のことだ」
「野営に向かってる時、彼女と話してたんだよ。……似てるってのは、先祖が同じ大陸にいたことを知ってたからなのか?」
ミンナに聞くと、彼女は小さく首を横に振った。
「そんたごどおべねがったし、今初めでおべだごどよ。ただおいがだの本当の姿はあだがだと同じだんて、名前の語感も同じだで思っただげ」
「何だ、そこまで知ってたわけじゃないのか」
「何にせよ、彼らと我々の祖先は、かつて同じ文化圏内にいたのかもしれない。そうだとすれば、同族であったり、共通の祖先を持っていることも考えられるだろう。これを学者連中に聞かせたら、一体どんな反応をするか……」
まったくだ。異種族と疑ってた先住民がまさか人間で、さらに俺達と同じ民族かもしれないなんて――俺とミカはただただ驚いた。その顔をミンナも丸くした目で交互に見てた。
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