十話

「花を食べたと、なぜ最初に仰ってくださらなかったのですか」


 俺達が見つめる王妃は、両手で顔を覆ったまま口を開く。


「そんなこと、言えるわけがないでしょ。国王の妃である私が、森に生えていた花をそのまま食べるだなんて……そんなはしたないこと、誰にも話せないわよ!」


 話す王妃の耳は、恥ずかしさのせいか少し赤くなってた。


「あの時の私は、私ではなかったわ。獣でも乗り移ったかのように、本能のみで動いていたようだった。花をちぎって食べていることに、本当の自分は嫌悪感を覚えているのに、けれどそれ以上に幸福感が満ちて、頭も心もそれにあらがえなかったのよ……こんな恥ずかしい行いをしたのは、これが初めてよ!」


 道端の草を採って食べることぐらい、貧乏人なら誰でもやってることだが、お高い身分の人間にとっちゃ恥ずかしくて言えないことだったらしい。まったく、自尊心ってのは面倒なもんだな。


「森の側を通った時に、匂いに気付いたのか?」


 聞くと、王妃はゆっくり両手を下ろし、視線だけをこっちに向ける。その薄紫色の瞳はほんの少しだけ潤んでた。泣けるほど恥ずかしかったらしい。


「ええ……長時間馬車に乗っていたから、外の風に当たりたいと窓を開けた時、とてもかぐわしい香りが漂って来て……気になったから馬車を止めて、香りをたどって森へ入ったの」


「スレカンタの森は危険だと、お付きの者に言われなかったのですか?」


「もちろん言われたわ。けれど私は強引に入ったの。香りをもっと嗅ぎたくて……従者達は怯えながら後を付いて来たわ。私と大分距離を開けてね」


「おいおい、護衛隊は腰抜けの集まりなのか?」


 俺が横目で見ると、ミカは殺意を込めた睨みをすぐに向けてきた。


「貴様は黙れ! ……妃殿下、お続けください」


「森の奥で群生する花を見つけて、私は歓喜したわ。そして本能の向くまま、その花を食べてしまった……その直後に先住民の女性がやって来て、私に話しかけたのよ。何をしているのか、と聞かれたのだと思うけれど、私はその姿だけで驚いてしまって、慌てて森を出て馬車に戻ったわ。従者達は呪われてしまったかもしれないと震えていたけれど、それよりも私は自分が花を食べたことに衝撃で、皆には森でのことは秘密にするよう強く言って城へ帰り着いたの……まさか、私だけが呪われてしまったなんて思わずに」


「そういう経緯だったのですね……お話しくださり、大変感謝いたします」


「恥を忍んで正直に話したわ。これで、解決に進めるの?」


「大いに助けになります」


 すると王妃はおもむろに立ち上がると、ミカに歩み寄り、その顔を睨むように見上げた。


「この話はあなただから話したのよ。他の誰かに言えば、その時は――」


「わ、わかっております。ここだけのお話として、私のみの記憶に留めておきます」


 次に王妃は俺のほうも睨み付ける。


「この盗賊は……早く始末なさい」


「はあ? 急に何言って――」


「妃殿下、この男には償いの機会を与えております。その前に始末というのは……」


「だってこの者にも知られてしまったのよ? 私達王家に忠誠を誓ってもいない盗賊が、この先黙っていられると思うの?」


 こいつ、自分のどうでもいい秘密のために人の命を捨てさせるってのか?


「まったく、驚いたな。王族ってのは些細な隠し事をするために人殺しまでするとは。花を食べたことよりこっちのほうがひどい話だと思うが」


「犯罪者を処刑することは人殺しとは言わないの。あなたが受ける相応の報いよ。自分の罪を棚に上げてよくもそんなことが――」


「お、落ち着いて……ソファーへお座りください。……貴様も、妃殿下に無礼だぞ。口を慎め!」


「無礼はどっちだよ。俺は命懸けであんたのために仕事してるってのに、それを口封じを理由に処刑しろとか……あんた、本当に人間か? 呪われて中身が悪魔にでもなったんじゃないか?」


「私が、悪魔ですって? 無礼にもほどがあるわよ!」


 ソファーに座りかけてた王妃は目を吊り上げて俺に詰め寄ろうとしたが、それをミカはすかさずさえぎって押し止めた。


「妃殿下、お戻りください。どうか……」


「そもそも、連れて来たあなたが悪いのよ! なぜ盗賊が私の部屋に堂々といるの!」


「その、連れて来たわけではないのですが、これは、確かに、私の不手際……ですから、この男については、すべて私が責任を持ち、今以上に目を光らせて監督していく所存でおります」


「こんな社会を乱す存在は、早く始末するべきよ!」


「おい! 聞いてなかったのか? 俺はあんたのために――」


「貴様は口を出すな!」


 ミカの鋭い視線を受け、俺は思わず言葉を止めた。


「……妃殿下のお気持ちはごもっともですが、この男にはやるべきことがあり、意欲も見せております。処刑されてもおかしくはない身とは言え、使えるうちは生かしておいたほうが賢明かと」


 俺はミカを唖然と見た。結局こいつも王妃と大して変わらない頭を持ってるんだな。別に慈悲や優しさを期待してたわけじゃないが、こうはっきり言われると意外にむかつくもんだ。


 王妃は俺を探るようにじろじろ見ると、不機嫌な顔のままソファーにどっかと座った。


「そう……あなたが使う価値があると思うのなら使えばいいわ。私はそれに口出しはしない。けれど、もしこの盗賊が先ほどの話を漏らしたら、その責任はあなたが取るのよ」


「心得ております。そのようなことが起こらないよう、全力を尽くします」


「せいぜいそうしてちょうだい。そして忌々しい呪いも早く解いて。私はいつまでこんな姿で部屋に閉じこもっていなければならないの?」


「妃殿下の感じられる苦痛を一日でも早く取り除けるよう、努力いたします」


「そういう言葉は聞き飽きたわ……もう用はないのでしょ? それなら出て行って」


 さっさと行けと手を振られ、ミカは一礼してからそそくさと部屋の扉へ向かう。俺もその後に続いて部屋を出た。


「……あんた、毎日あんなのを相手にしてるのか? 大変だな」


 何気なく感想を伝えると、そろりとミカが俺を見た。その目には揺らめく炎がたぎってるようだった。説教でも始まるか?


「……来い」


 だがミカは一言いって歩き出した。怒鳴らない態度は逆に怖くもある。


 階段を下り、二階へ着くと、俺が閉じ込められてた物置部屋に向かう。その前には今も兵士二人が見張りをしてるつもりで突っ立ってた。だがミカと俺の姿を見ると、え? と目を丸くし、すぐに物置部屋の扉を開けて確認し始めた。俺が窓から出たと説明してやると、最初は驚き、次に怒りの目を向け、そして弁解の余地なくミカに謝罪した。そのミカも部下の失態に表情で憤りを見せたが、今は小言を言っている場合ではないと、注意もそこそこに二人を連れて一階へと向かった。


 見たことのある扉の前に俺は連れて来られた。ここは仕事の説明を受けた尋問室だよな――二人の兵士を外に立たせて、ミカと俺は中に入る。前と同じように机を挟んで向かい合わせに座った。その途端、ミカはわかりやすく溜息を吐いた。


「……いろいろ言いたいことがあり過ぎて困ってるのか?」


 わざと冗談めかして言ったが、ミカは落ち着いた声で答えた。


「そうだな……」


 あれ? 怒鳴らないのか。何か、調子狂うな……。


「怒らないのか? 俺にむかついてるんだろ?」


「わかっているのなら、いちいち口に出すな」


「その割に、全然咎めないんだな」


 ミカは一瞬こっちに目を向けたが、またすぐに机の上に戻した。


「……物置部屋から逃げ出し、妃殿下のお部屋にまたしても忍び込んだことは到底許されることではない。だが、貴様があの場に来なければ、妃殿下は隠されていたお話をお教えすることもなかっただろう」


「そうだろうな。あんたは早々に諦めようとしてたもんな。……何? それを反省してるの?」


「べ、別に、反省など……ただ、私の力が足りなかったことは認めよう。それと、新たなお話を聞き出せたのは、貴様の手柄とも言えるし、思いがけないことではあったと……」


「褒めてくれるならもっとはっきり褒めてくれても――」


「調子に乗るな! 今回はお話をお聞きできたから大目に見てやるが、二度も妃殿下の私室に忍び込んだことは即処刑に値する罪だ。私の意思で生かしてやっていることを忘れるな」


「わかってるよ。ひとまず見逃してくれて助かる」


「ふんっ、盗賊に礼を言われる筋合いなどない」


 城にいる人間は面倒なやつばっかりだな……。


「……じゃあ、本題のほうを話そうか。そのためにここに来たんだろ?」


 そう言うとミカは真剣な表情に変えてこっちを見た。


「そうだ……妃殿下は花を口にされたと仰ったが、貴様はどう思う」


「どうもこうもないだろ。呪いの原因はあの花だ」


「食べたことで呪われたと?」


「多分な。俺も花を食べたくなったし、止められてなかったら王妃と同じ目に遭ってただろうね」


「しかしそれだけでは証拠も根拠もない」


「先住民の女は、花が呪いの原因だと言ってた。それが嘘じゃないって可能性が大きくなった」


「だとしても、花と呪いが関係する証拠にはなり得ない」


 俺は思わず頭をかいた。


「……あのさ、証拠って言うけど、そんなものどうやって見つけるんだよ。試しに誰かが花を食わない限り、証拠なんて手に入らないだろ」


「証拠は呪いの原因を確信させるものだ。客観的に判断できなければ、まだ花が原因とは言い切れない」


「でも王妃の行動で呪いを受けたと思えるのは、花を食べたことぐらいだろ」


「先住民の女に声をかけられたとも仰っていた。それが原因とも考えられる」


「いやいや、王妃は言葉を聞き取れてたんだ。それが呪いの呪文だとは――」


「わからないぞ。普通の言葉のようで、実は呪文だったのかもしれない。何せ先住民の言葉は訛りが強いからな」


「確かにそうだけど、だからって話し言葉と呪文の違いぐらいは判別できるよ」


「自信があるのか? 初めて聞いた言葉なのだろう?」


「自信も何も、聞いてりゃわかるよ」


「では、呪いの呪文とはどのようなものだ」


「え? 知るわけないだろ。聞いたことないんだから」


 これにミカは、フッと薄ら笑った。


「聞いたことのないものなのに、これまで聞いた先住民の言葉がなぜ呪いの呪文ではないと言い切れる?」


「そりゃ、意味がわかって、聞き取れるから……」


「呪文は意味がわからず、聞き取れないものだと、貴様はそう思っているのか」


「だから知らないって。……じゃあ何だよ、ミカはどんな呪文か知ってるっていうのか」


 俺が睨むと、ミカはそれを見返して言った。


「知らない」


「おい! 偉そうに言って知らないのかよ」


「知らないからこそ、様々な可能性を考える必要があるんだ」


「そんなんで無実の女を殺したら、寝覚めが悪過ぎるぞ」


「無実ではなく、嘘をついているだけかもしれない」


「あんたは王妃の話を聞いても、まだ先住民の女が犯人だと?」


「その確率は下がったが、依然犯人候補である状況は変わらない」


「確率が下がったなら、もう殺さなくていいんじゃないか?」


 ミカはジロリと俺を見る。


「……貴様は、死の責任を負わず、自分の手を汚したくないだけなのだろう」


「当たり前だろ。人殺しをしたいやつなんかこの世にいるか」


「だが、貴様はこちらの要望に従う他ないんだ。自分と相棒が死を免れるためにな」


 何も言い返せないこと出しやがって……。


「……では仮に、貴様が言うように花が呪いの原因だとしよう。その場合、妃殿下の呪いはどう解く?」


「どうって……呪いはかけたやつを殺せば解かれるんだろ? だから、花を刈り取ったり、燃やせばいいのか?」


「それはどうだろうな。呪いは人間が生み出した術だ。植物である花が自ら呪いを生み出したとは到底考えられない」


「……つまり?」


「つまり、花に呪いの力を与えた人間がいると考えるのが普通だろう」


「そんなことできるのか?」


「私は呪術に明るくないからわからないが、そういう技術もあるかもしれない。そしてそうだった時、呪いの原因は花でなく、花に呪いの力を与えた人物ということになる」


「そいつを殺せば呪いは消えるってことか」


「そうだ。いくら花を燃やそうと、呪われた状態は変わらないと考えられる。では、花に呪いの力を与えたのは誰だと推測できる?」


 俺は宙を見つめて考える。


「花は森に咲いてるんだから……普通に考えるなら、先住民の誰かだよな」


「私も同感だ。犯人は先住民である何者かだろう。すなわち、妃殿下が目撃された女も、犯人候補から外れないということだ。原因が花であろうとなかろうと、その状況は変わらない」


 王妃は先住民と会ったから呪われたのか、花を食べたから呪われたのか……本当のところはまだわからないが、どっちだとしても、先住民が呪いに関わってることは間違いないんだろう。しかし――


「強い疑いがあるからって、まさか片っ端から殺していく気か? そんなのただの虐殺だぞ」


「こちらだって、できることならその疑いを調査し、犯人を特定したい。だが先住民がそれを許すとは思えない」


「何で? 交渉しに行けばいいじゃないか」


「同じ話をこの場でしなかったか? 先住民は我々との交流を極度に嫌う。近付けば呪いの標的にされるだけだ」


「そうかな……俺の感じじゃ、そこまで嫌ってるふうでもなかったけどな」


「貴様は運がよかったのだろう。怪我をしたことで同情されたのかもしれない。だが我々が近付けば、間違いなく呪いをかけられ、追い返されることだろう」


「でも、一度ぐらい交渉に行ってみてもよくないか? 行ってみなきゃ実際の反応なんてわからないんだし。案外、いい返事をしてくれたりして」


 ミカは冷たい視線を俺に向ける。


「では貴様の言う通りにして、もしこちら側に呪われた者が出た場合、そのすべての責任を取る覚悟があるのだろうな……?」


「え、そ、そんなの、俺が取れるわけないだろ」


「ならば無責任なことを言うな。冒さなくてもいい危険に大事な命を送り込むことなどできない」


 俺なら送り込んでもいいのかよ、と言いたくなったが、すんでのところで押し止めた。犯罪者なんだから当然だと言い返されるだけだな。


「……じゃあ、どうするんだよ」


「何も変わらない。原因が判明しない以上、先住民の女を仕留める。それが貴様のやるべきことだ」


「仕留めて、呪いが解けなかったらどうする」


「その時は改めて犯人を捜すだけだ」


「それが見つからなかったら?」


 聞いた俺をミカは面倒くさそうに見た。


「消極的な質問をする暇があるのなら、確実に仕留める方法を考えたらどうだ。それとも、犯人と言い切れない女を殺すのは気が進まないとでも言いたいのか?」


「そりゃそうだろ。無実かもしれないと疑ったまま殺せば、ずっと後悔が残る」


「なるほど……では、殺すのをやめるか?」


 そう言いながらミカは椅子から立ち上がり、こっちを鋭く見下ろしてくる。


「女を殺す後悔はしなくて済むが、代わりに相棒を死なせた後悔をすることになるぞ。それでも構わないと?」


 またそれか――俺は胸の中で舌打ちした。


「……ヘンリクを出されちゃ、こっちは逆らえないだろが。卑怯者」


「卑怯? 私はただ交わした約束を確認しただけだ。口をわきまえろ」


 はあ……こいつとは仲良くなれない自信が大いにあるな。


「さあ立て。貴様の聞きたいことはすべて聞き、話し合いも済んだ。丘の野営へ戻るぞ」


「はいはい、行けばいいんだろ……」


 俺はだるい身体を動かしてミカの後に付いて行った。城を出て、また丘までの道程を歩き続ける。そして数時間後、兵士が留守番してた野営に再び戻って来た。時間は昼時だろうか。兵士がてきぱきと作った食事を全員で食べる。先住民の集落で食べた煮込みよりは味が濃くて美味いな。だが決して美味しい料理とは言えない。まあ、腹が満たせればそれでいいんだろう。


 俺は憂鬱な気分で遠くの森を眺める。またあそこに忍び込むのか……とりあえず、明るい今より日が沈んだ夜のほうが身を隠しやすい。ミカにはそう言って俺はしばし睡眠を取ることにした。また見つかりでもしたら、今度はどうなるかわからない。しっかり休んで走れる体力ぐらいは回復させないとな――小さな敷布に寝転がって俺は夕暮れまで夢の中でくつろいだ。


「……じゃあ、行ってくる」


 辺りが薄闇に包まれる中、準備を終えた俺は焚き火の向こうに立つミカに声をかけた。


「今度こそ果たして来い」


 まるで上官のような口ぶりに送り出され、俺は近道を下ってスレカンタの森へ向かった。木陰に身を隠して進みながらも、俺の気持ちはまだ定まらずに迷い続けてた。犯人なのか、そうじゃないのか、そのどちらの証拠もないのに殺すのはやっぱり時期尚早に思える。俺は犯人を殺す必要があるが、無実の女は殺したくない。そもそも殺しはしない主義なのに、そんな重いもの背負わされたくない。殺るなら犯人と断定できたやつだけだ。だがそのためには先住民に話を聞かなきゃならない。ミカは無理だと言ったが、接触した俺の印象じゃ、まったく話が通じない相手じゃない。向こうを怒らせない限り、こっちの話を聞いてくれそうな気はするんだが……あ、そう言えば森から逃げる前、俺、先住民を怒らせたな。女を殺そうとしてたことがばれて。これはまずいかもな。話しかけても門前払いされて、最悪呪われるかもしれない。どうしたもんか……。


 暗闇の広がる森の入り口に着き、俺は身を低くしながら足を踏み入れた。一度来たから森のどの辺りに集落があるかはもうわかってる。そしてあの花畑の場所も。まずは先住民を捜したいが、集落に近付くのは危険だろう。きっと俺を警戒して見張りを立ててるかもしれない。だから待ち伏せするなら花畑近辺がいいだろう。夜に出歩くやつがいるかわからないが、寝るには少し早い時間帯だ。前みたいに女が一人で現れたりしてくれればいいんだが。そこで話をして犯人を割り出す……って、上手く行けばいいけど、多分そうはならないだろう。犯人を知ってるとしても、仲間を簡単に売ることはしなさそうだ。それが俺相手なら尚更言える。ミカの言う通り、やっぱり話は無理なのか? ……いや、やってみる前から諦めるな。何事も実行してみなきゃ結果はわからない。簡単に殺せばその答えすら失われるんだ。焦らなくていい。あまり怖がらせないよう優しく話しかければ、ちょっとは心を開いてくれるかも……期待でしかないが。


 忍び足で進み続けると、前方に白い花畑が見えてきた。夜空の星のわずかな光を受けて、花は断片的に色を変えて輝いてる。この花のことも詳しく聞きたいところだ。誰とも話ができなかったら、花を一輪持って帰って、とりあえずの成果にしてもいいかもな。重要な証拠にはなるはずだ。


「おっと……準備をしないと……」


 花畑へ続く集落内の道へ近付く前に、俺は周りに生えてるたくさんの草から葉を適当にむしり取り、それを丸めて鼻の穴に突っ込んだ。新鮮な青臭さが頭の奥まで広がり、顔をしかめずにいられなかったが、あの花の匂いに思考を奪われるよりはましだ。本能丸出しで食べでもすれば呪われるかもしれないんだ。しっかり自衛しとかないと。


 道にほど近い木陰に身をひそめて、俺は先住民の誰かが通りかかるのを待った。肌寒い森の中、膝を抱えてじっと待つこと一時間……正直、朝まで誰も来ないんじゃないかと覚悟もしてたが、俺の耳に土を踏み締める足音が聞こえ、すぐに視線を向けた。草の隙間から見えた人影は、こっちの存在など知らずにゆっくり歩いて来てた。

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