八話
相手の女は驚いた顔でこっちを見てくる。だが俺のほうも驚いた。まさかこんな森の奥で見つかるとは。しかし驚いたおかげか頭に思考力が戻り、俺はすっかり目が覚めた。そしてこの状況を冷静に考え、聞いた。
「俺を捜しに来たのか?」
女は小さく首をかしげる。
「え? 何で? おいはえの外で物音がしたがら、何だべって見だだげ。そうしたら誰がが奥さ歩いで行ぐがら、気になって追っただげだ。それがあだとは思わねがったがら、しったげ驚いだわ。それより……」
女は俺の襟首を両手でつかむと、強引に引きずって花畑から遠ざけた。
「く、苦しいって……何すんだよ!」
ある程度引き離すと、女は手を離し、俺に険しい目を向けてきた。
「王国人はこんたどごろに来だらだめだ。怪我もしてらんだし、向ごうへ戻って休でで」
そう言って女は集落のほうを指差す。
「まったぐ、見張りは何してらのよ。なんも役さ立ってね」
「見張りのじいさんなら、よく寝てたよ」
「なっ! はあ……んだんてこんたどごろまで来れだのね。さあ、えさ戻るわよ。怪我わりくさせねうちに。手、いる?」
地べたに座り込む俺に女は手を差し出す。一瞬迷ったが、俺はその手を借りて立ち上がった。
「こごはもう来だらだめよ。え?」
「匂いの元が知りたかっただけなんだ。でもこんな花があるなんて知らなかったよ。あんたらが育ててるのか?」
聞くと、女はどこか歯切れ悪く言う。
「まんず……そんた感じども、言えるべがな……」
「違うのか?」
「あー……花のごどはえでね。王国人には関係ねって。はえぐ忘れで」
苦笑いを浮かべて話を終わらせた女は足早に道を戻って行く。部外者の俺に何か隠したいことでもありそうな態度だ。ちらと振り返ってもう一度花畑を見てみる。キラキラ輝く花は何度見ても綺麗だ。そして漂う匂いにもやっぱり心引かれる。だが冷静に戻った今、さっきの自分の状態が明らかに異常だったと自覚してる。あれは何だったのか。花の匂いを吸えば吸うほど思考力が奪われ、本能的な反応しかできなくなった。この花は普通の花じゃない。それを彼らは知ってる。だから女はこんな態度を見せてるんだろう。一体何を隠してるのか、気にはなる。なるが……そんなことより俺にはやるべきことがあるんだ。いい匂いにまた引き寄せられる前に終わらせないと。青髪を結った若い女を見つけて息の根を――そんなことを考えながら女の後ろを追って歩き出した時、俺はハッと気付いた。
「……結った、青髪じゃないか……」
前を歩く女の髪は頭の上でまとめるように結われてる。その上髪色は青。声や容姿から若いのも確実だ。まさに目標の特徴を持つ女じゃないか。花に意識を持って行かれて今頃気付いたが、これは、もしかするんじゃ……!
「夜明げまでまだあるがら、眠りにえおぢゃでも――」
「聞きたいことがあるんだが、いいか?」
俺は女の声をさえぎって後ろから聞いた。
「え? はい、何だが?」
「誰かに呪いをかけたこと、あるか?」
これに女は振り返り、丸くした目でこっちを見た。
「……呪い? 何言って――」
「たとえば、王国人の女とか」
「王国人……?」
女の表情が険しくなる。
「あんた、前に通りかかった王国人に会ってないか?」
「前さ、通りががった……? ……あ」
宙を見つめてた目が記憶を見つけて瞬きした。
「ああ、そう言えば、あだの前さ王国人ど会ったわ」
「それは身分の高そうな女じゃなかったか?」
「身分のごどはわがらねんだども、でも綺麗な服着だ女のふとだったわ」
当たりだ。こいつが呪いをかけた犯人――
「言っておぐんだども、おいが呪いかげるなんてでぎっこね――ヒッ!」
俺は腰に挟んでた仕事用のナイフを取り出し、女の顔へ向けた。
「嘘をついたところで、お前のしたことはもうわかってるんだよ」
「お、お、おいが、何したって……?」
「通りかかっただけの王妃を、お前は呪ったんだ。そうだろ?」
刃先を近付けると女の顔は恐怖に引きつる。
「や、やめで……呪いなんて、おいは……」
「綺麗な服着た王国人の女に会ったんだろ? そして呪って追い返した」
「んだんて、呪いは、おいでねってば……」
「お前じゃなきゃ、他のやつがかけたのか?」
「その時は、おい一人だげど――」
俺はナイフを喉元に突き付ける。
「待って、聞いで! そ、そのふとが呪われだっていうだば、原因は、あの花よ!」
女は小刻みに震える指で花畑のほうを指差した。花が、呪いの原因……?
「確かに普通じゃない花だが、信じ込ませる話としちゃ、ちょっと下手過ぎたな。悪いがお前を殺して、王妃の呪いを解かせてもらうぞ」
「おいどご殺しても、呪いは消えねわ!」
後ずさった女の腕を俺はすかさずつかんだ。すると女は両手を振って抵抗し始める。俺は動きを押さえようとしたが、全力で暴れられるとどうにもできない。くそ、こういうことには慣れてないんだよ。しかも女相手じゃ……可哀想だが強引にでも突き刺すべきか――
そんな迷いのせいかもしれない。女はめちゃくちゃに振る手で、ナイフを握る俺の手を叩き、そこからナイフを弾き飛ばした。仕留めるものがなきゃ仕事はできない。俺は慌ててナイフを取りに行ったが、その隙に女は走って集落のほうへ逃げて行く。
「くっ……待て!」
ナイフを拾い上げ、俺はすぐさま後を追う。ためらわず、一突きにするべきだったか。
「誰が! 助げで!」
逃げながら女は闇に響く大声で助けを呼び始めた。こんなに騒がれたらまずいぞ……。
叫びながら女は追う俺をちらちらと見て来る。
「呪いは、おいのせいでね!」
「とぼけるな! 王妃はお前のことをしっかり見てるんだぞ!」
「でも違うのよ! あの時、おいは声かげだだげで――ヒャアッ」
追い付いた俺が腕をつかむと、女は金属がこすれたような甲高い声を上げた。
「お前がかけたのは声じゃなく、呪いだったんだろ」
「何度言えばわがるのよ! 呪いはあの花っこ原因で、おいでね! 誰か! 助げ――んぐ!」
また叫び出した女の口を俺は手で塞ぐ。
「静かにしろ! ……じゃあ、何であの花が呪いの原因なんだ。嘘じゃなきゃ説明してみろ」
「んー、んー」
女はうめきながらこっちをじっと見てくる――塞ぐ手を外さないとしゃべれないか。しょうがない……俺はそっと口から手を離した。
「助げで! 殺されでしまう!」
その途端、大声を上げた女に俺は慌てた。ふざけやがって――再び口を手で塞ぎ、声をさえぎる。
「説明しないってことは、やっぱり嘘なんだな」
「んー、んん!」
女は何か言いながら必死な目で俺に訴えてくるが、俺はもう口を塞ぐ手を離す気はなかった。これ以上もたもたしてたら誰かに見つかって仕事ができなく――
「おい、そさいるのは誰だ?」
突然の声に俺は顔を振り向けた。集落へ続く道の先に、小さな灯りと、そこにぼんやりと浮かぶ人影があった。……見つかったか。騒がれ過ぎたようだ。
「……ん? ミンナが? こんた時間さ何して……!」
近付いて来た中年の男は手に持ったランプを掲げてこっちをよく見ると、俺の姿を見て動きを止めた。
「な、な、何してらんだ。王国人何でこさ……」
面倒なことになった。ここで女を殺ることもできるが、他の先住民の前ってのはどうなんだろうか。恨みを買うようなやり方は避けるべきとは思うが、こう見つかっちゃもう隠れられないし……。
「ミンナどご放せ。彼女どごどうする気だ」
男が今にも震えそうな声で聞いてくる。この女はミンナっていう名前らしい。……試しに、この男に聞いてみようか。
「この女は、王国王妃に呪いをかけたんだ。だから俺はその呪いを解くために、この女を殺す」
「はあ? 呪いどご? どんたごどだ?」
「呪いは、呪いをかけたやつを殺せば解ける。つまりこの女を殺せば、王妃は呪いから解放されるってことだ。あんたらならそれぐらい、知ってることだろ」
俺の話を聞く男は、全然理解してない表情を浮かべてる。
「何を言ってらんだ? まったぐ話がわがらね……」
「呪いの話をしてるんだよ。この女が王妃に呪いをかけたことは間違いない。だから――」
「ミンナがそんたごどするはずね。あの花はおいがだにどって大事なもんなんだ。王国人にやるなんてごどはあり得ね」
……花? 俺は花のことなんてまだ言ってないが。呪いと花……女の言ったことは嘘じゃないのか?
「あの花……あれは普通の花じゃないよな? 一体何なんだ? 呪いとどんな関係がある」
これに男は急に口をつぐんでしまった。目を伏せ、質問に答える素振りはない。王国人には言えない秘密なのか……。
その時、気を緩めた一瞬の隙を突き、女は俺の腕を振り払うと、急いで男のほうへと逃げ出した。あっと思って手を伸ばしたが、女の身体には届かず、目標はあっさり俺から離れて行った。……まったく、慣れない仕事は引き受けるもんじゃないな。
女は男の後ろに隠れると、怯えた目でこっちを見てくる。そんな女をかばいながら、男もへっぴり腰になりながらも威嚇するように見てくる。
「ミンナどご殺すなんて言われだら、もうこさ置いでおぐごどはできね……はえぐ森がら出で行げ」
怖がる二人を前に、俺はナイフを握り締める。せっかく犯人を見つけたってのに、目前で仕留められないのは悔しい。どうする、男ごと殺るか? 怯えてる相手なら簡単だろう。しかし、無関係なやつを巻き込みたくない気持ちもある。殺しはしないし、したくない……それが俺の矜持でもある。自由のためとは言え、目標以外の命を奪うのは――
「おーい、どうした? 何があったのが?」
声に視線を向ければ、二人の背後から灯りと人影がやって来る。その数は一つじゃない。二、三……四人。異変に完全に気付かれたか。
「何してらんだ……!」
現れた男四人組はすぐに俺に気付き、ビクッと身体を揺らして驚きを見せる。
「お、王国人、勝手さ出歩いでら!」
「見張り付げだんでねがったのが?」
「そんたごどより、こえだばミンナどご殺すべどしてだんだ!」
へっぴり腰の男がそう言うと、四人の男はさらに驚き、こっちへ警戒の眼差しを送る。
「何? 本当が?」
「やっぱり王国人はこさ入れればやざねったんだよ。ろぐなごどにならね」
「おい、あいづ、武器たがいでらぞ! 危ねんでねが」
「ミンナどご狙ってらのが……全員でミンナどご守るんだ!」
四人の男は女の前に立ちはだかると、俺を睨み付けながらジリジリとこっちへ近付いて来る。俺を捕まえる気か殺す気かわからないが、とにかく四対一じゃ分が悪い。仕事を終えるのはまた次か――俺は向こうを刺激しないようゆっくり後ずさると、道を外れた森の中へ一目散に駆け込んだ。
「逃げだぞ!」
「はえぐ追え!」
「追うごどはね。勝手さ出でってければ手間省げる」
後ろからそんな会話が聞こえた。振り返ってみてもランプの灯りが追って来る様子はない。俺は一安心しながら木と茂みをかき分け、森の外を目指した。
「……はあ……くそ」
真っ暗な森を十分ほどさまよったが、ようやく月明かりを浴びる野原に出て、俺は息を吐いた。走ったりもしたが、ねんざした足に痛みは戻ってない。今日は森に行ってねんざして、それを手当てしてもらっただけか。さっさと終わらせてヘンリクと一緒に自由になるつもりだったんだが、まあ、無事なだけよかったと思うべきか――俺は重い足でミカの待つ丘の野営地へ向かった。
「……何者だ!」
夜番に立つ兵士が俺を見つけ、腰の剣に手をかけながら聞いてくる。
「こんな時間にこんなところに来るやつなんか、俺しかいないだろ」
手を振って顔を見せると、兵士は天幕のほうへ向かう。その間に俺は小さな火を灯す焚き火の側の丸太に腰かけ、しばし休憩する。
「戻ったか」
しばらくするとシャツとズボン姿で天幕から出て来たミカは、焚き火を挟んだ向かいに立つと、腕を組んでこっちを見下ろす。
「それで、首尾は」
「犯人の女は見つけた」
「殺ったか」
俺は首を横に振る。
「機会はあったんだが、できなかった」
これにミカは口の中で小さく舌打ちした。
「悪いな。いろいろ問題が起きたんだ」
「何があった」
「木の上から望遠鏡で見てたら、いきなり先住民の子供が現れてさ、石投げられて、そのせいで落ちて、ねんざしたんだ。ほら」
俺は足首に巻かれた葉の包帯を見せた。
「先住民に治療されたのか?」
「ああ。よくわからないが、彼らは集落まで俺を運んで怪我の手当てをしてくれてね。治るまで休めって食事も出してくれた」
「待て。では貴様は、他の先住民と接触したのか?」
「手当てされたんだから、接触したってことだろ」
ミカは険しい表情を作る。
「呪いを、かけられたか?」
「それなんだが、彼らに俺を敵対視する態度は微塵もなかったよ。その真逆で親切だった。呪い殺そうとするやつなんか一人もいなかった」
「どういうことだ……?」
ミカは顎に手を当て、首をかしげる。
「これまでの話では、森に近付くだけで呪いをかけられると言われていたが……怪我をした王国人を治療するなど、聞いたことがない」
「聞いたことがなくても、俺は実際にそうされたんだ」
するとミカはジロリとこっちを見た。
「……作り話ではないだろうな」
「はあ? こんな嘘言って俺に何の得があるんだよ。盗賊だからって疑い過ぎだろ」
「ではなぜ犯人を見つけながら仕留められなかったのだ。何か魂胆があってわざと仕留めなかったのでは――」
「だから、問題が起きたって言っただろ。……家で休ませてはもらったが、俺には見張りが付けられててね。だから寝静まった夜に犯人を捜そうと思ったんだ。だが……少し気になることができて、先にそっちを調べてたら、偶然そこに犯人の女が現れた。話を聞いてみりゃ、王妃らしき王国人と会ったと認めた。けど呪いはかけてないって言い張るんだ」
「ふんっ、嘘に決まっているだろう」
「俺もそう思ったよ。じゃあ誰がかけたって聞くと、原因は花だって言うんだよ」
「花……?」
「俺が気になって調べたっていうのは、その花のことで……とにかくいい匂いのする花でさ。七色に輝いて、俺は初めて見る花だった。匂いを嗅ぎ続けてると何も考えられなくなる、妙な花でもあった」
「それが呪いの原因だと、貴様は信じたのか?」
「信じちゃいないよ。だがその後に現れた別の先住民も、その花と呪いが関係するような口ぶりだったから……」
「だから、女を殺らなかったというのか?」
呆れと怒りが混ざった視線が俺を突き刺してくる。
「もし、万が一、あの女が犯人じゃなかったら、王妃の呪いは解けず、俺は単なる殺人を犯すことになるんだぞ。そんなことにはしたく――」
「卑劣な犯人の言うことを鵜呑みにするなど……貴様は馬鹿なのか。身の危険を感じれば、助かるために誰だろうと咄嗟に嘘を言うものだ」
「そうかもしれないが……」
でも俺は、彼らが花について何か隠してることがどうにも気になる。そしてそれは呪いに関係してるはずだ。彼らの態度はそれを示してた。呪いと花、先住民と王国人……何かしら秘密があるように思えてならない。
「……なあ、王妃は本当に先住民の女に呪いをかけられたのか?」
これにミカの表情が険しくなる。
「貴様、妃殿下を疑う気か? あのお姿を見て呪いでないとでも言うのか」
「呪いは呪いだと思ってるよ。俺が言いたいのは、かけたのが先住民の女だったのかってことだ」
「妃殿下はご自分のお言葉でそう仰ったのだ。現に女の特徴をご記憶し、貴様はそれを見つけただろう」
「ああ。王妃が見た女は、確かに王妃の前にいた。だが本人に言わせりゃ、その時は声をかけただけらしい」
「それが呪いの呪文だったのだ。向こうにしてみれば、声をかけるほどに簡単なことなのだろう」
「俺も同じように思ったんだが、どうも素直にそう思えなくて……」
考え込む俺に、ミカは溜息混じりに言う。
「まさか貴様、怪我の治療を受けて、やつらに情でも湧いたのか?」
「たった数時間一緒にいただけで簡単に情なんて湧くかよ」
「それなら何を考えることがある? 貴様は犯人を見つけたのだ。また森へ行き、今度こそ仕留めればいい」
「あんたはここで待ってる身だからそう言えるが……」
「何だ。何を言いたい」
「俺はあの花を見て、匂いを嗅いでるんだ。得体の知れない花を……」
「珍しい花が気になるというのか? 私や貴様が知らない花など、遠地や山に行けばいくらでもあるものだ」
「あんたはあの匂いを嗅いでないからわからないんだ。あの花はただ珍しいとか、そういうことじゃないんだよ」
「では何だと言うんだ。はっきり言え」
「はっきり言えないから考えてんだよ」
俺は頭をかきむしって考える。こんなことなら花を一輪抜いてくればよかった。そうすればミカにも花の奇妙さをわかってもらえたのに。思考を奪われる花の香り……あのいい匂いは呪いと正反対に欲したくなるものだったが、それが逆に不気味さを感じさせる。まるで意識を操られるかのように俺は花へ引き寄せられた。それが呪いの力と言われても、思わず納得してしまいそうなほど、あの花は普通じゃなかった。もしあれが本当に呪いの原因なら、王妃も花を見て、匂いを嗅いだり触れた可能性があるんじゃないだろうか。そして偶然現れた先住民の女が呪いをかけたと勘違いしてるんじゃ……。
「……ミカ、王妃に一度話を聞かせてもらえないか?」
「貴様が妃殿下に? 馬鹿を言うな。賊の分際で会えるわけがないだろう」
まあ、そりゃそうだな。
「ならあんたが代わりに話を聞いてくれよ。確かめたいことがあるんだ」
「今さら何を確かめるというんだ。妃殿下は当時のご状況をすべてお話しされている」
「もしかしたら省いてることもあるかもしれないだろ。細かいところまで聞きたいんだよ。なあ、頼むよ。犯人の女が言ったことの裏を取るためなんだ。それがわかったらすみやかに仕事するからさ」
「貴様は犯人の言葉を真に受けるのか?」
「違う、確認だ。嘘つきかそうじゃないか、それがわかれば俺は無意味な殺しをしなくて済む。あんたも無実の女を殺させるなんて、本意じゃないだろ?」
しかめた表情でミカはじっとこっちを見てくる。
「……私の目をそらして、その間に逃亡をはかる気ではないだろうな」
「まだそんなこと言うのか? 俺はヘンリクを見捨てるような真似はしないって」
俺の意図を探るかのように、しばらく睨んできたミカだったが、おもむろに口を開く。
「……いいだろう。たとえ何かたくらんでいたとしても、それがわかった瞬間、貴様と相棒の命が終わるだけのことだ」
「だから、何にもたくらんでないって……」
俺の否定の声を無視して、ミカは背後に待機してた兵士達に近付く。
「一度ラーデン城へ戻るが、すぐに帰る。野営に一人残り、あとは私に付いて来い」
そう言ってミカは天幕に入ると、手枷を持って俺の前へ来る。そしてそれを黙って俺の両手にはめた。
「……これ、はめないと駄目なのか?」
「貴様は罪人だ。それを自覚しろ」
「って言うか、こんな暗い中を戻るのか? 真夜中だぞ」
「城へ着く頃には朝を迎えている。妃殿下のためにも時間は無駄にしない」
「でも、俺が戻る意味ってあるのか? 王妃に話が聞けないのに」
「貴様をここに残して行くわけにはいかない。いつ逃亡するかわからないからな。手間であっても目を離すつもりはない」
「森に行って、こうしてちゃんと帰って来てるだろ。もう少し信用してくれたって……」
「賊の分際で信用しろとは笑えるな……それに、貴様の確かめたいことをまだ聞いていない。道すがらそれを聞かせてもらう」
ミカは俺にはめた手枷を引っ張ると、強引に俺を立ち上がらせる。
「では行くぞ」
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