五話

 一体何をさせられるのか――俺は少し身構えて男の言葉を待つ。


「だが伝える前に、一つ貴様に聞きたい」


「あ、ああ。何?」


「妃殿下のお部屋に侵入した際、そこで誰かを見たか」


 変な質問に俺は首をかしげた。


「誰かって、あの女の子のことか? それならもちろん見たよ。それが目的でもあったし――」


「それが目的とはどういうことだ。貴様らは盗みが目的ではないのか?」


「それもそうだが、一番は王妃を見ることだ。あんた知らない? 街で流れてる王妃の噂。それを確かめるために俺達は忍び込んだんだよ。腕試しも兼ねてね。……盗みだけが目的だと思ってたのか? 話も聞かずに牢にぶち込むから、そんな思い込みするんだ。賊でも話ぐらい聞いて――」


「聞いたことにだけ答えればいい。……貴様はお部屋で、あの方を見ただけだな」


 あの方……? 随分と丁寧に呼ぶな。


「そうだけど、それが何? っていうか、あれは誰なんだ? 国王にはまだ子供は生まれてないはずだよな」


「関係のない話はするな」


「そっちが始めた話だろ。俺だって聞きたいことがあるんだ。あんたあの時、女の子のことを妃殿下って呼んでなかったか? ありゃどういうことだ?」


 男は眉間にしわを寄せて、いかにも面倒そうな表情を見せた。


「部屋には女の子一人だけで、王妃の姿はなかった。それなのにどうして妃殿下なんて呼んだんだ? 暗かったとは言え、子供と大人を見間違えるとは思えないし」


「黙れ。こちらが話している」


「誰なのか教えてくれれば終わる話だ。それとも、言えない訳でもあるのか?」


「………」


 男は苛立ちを滲ませて黙り込んだ。


「なるほど……じゃあ予想してみようか。あの女の子こそ、ずばり王妃なんじゃないのか?」


 そう言うと、男は瞬きを繰り返し、俺に向けた視線をわずかに泳がせた。……あれ? 当たりか? 本気で言ったわけじゃないんだが。


「驚いた……本当なのか? 国王はあんな小さい子供を妻に? なかなかの趣味を持ってるんだな……となると前の王妃はどこへ――」


「陛下を侮辱することは許さんぞ」


 男は刃物を思わせるような鋭い目付きで俺を睨んできた。やばい。斬られるかも。


「そんなことはしてない。ただ状況からそう思って――」


「妃殿下は呪いを受けてしまわれたのだ」


 聞き慣れない言葉に、俺は男を見つめた。


「……え? 呪い?」


「そうだ。呪いのせいで、あのような幼いお姿に変えられてしまったのだ。貴様がまだそれに気付いていないようならば、妃殿下のことは隠すつもりだったが……やはり賊は勘がいいな」


 勘というか、嘘を隠すのが下手なあんたのせいだが。


「じゃあ、あの女の子は、正真正銘の王妃様だっていうのか?」


「姿は変われど、あの方はヴィルヘルミナ様ご本人だ」


 唖然としてしまった。呪いというものが存在することは俺だけじゃなく、一般市民の誰もが知ってることではある。だが身近ってわけでもなく、呪術師やその類のやつが使う、怖いまじないっていう程度のものでしかない。だから実際に呪われたやつなんか見たこともなかった。それがまさか、国王の妃がかけられてたとは……。


「あんな子供に変わって、だから姿を見せなくなってたのか……捕まってから真相を知るとはな」


「これは城内でもごく一部の者にしか知らされていない。なので妃殿下は現在、ご実家のご両親のお見舞いに行かれていることになっている。そしてお姿が変わられた妃殿下は、こちらへ学びにいらっしゃったご親族のお子として、妃殿下のお部屋を使っていただいているということにしている」


「へえ。大きな秘密を抱えるのも大変そうだな……だが言い当てたとは言え、俺なんかにその秘密を明かしてもいいのか?」


「貴様に教えたのは、もちろんそうする理由があるからだ。でなければ侵入した賊などに進んで教えるものか」


「秘密を教えたからって、後で始末するとかやめてくれよ」


 これに男は、やや身を乗り出すようにして言った。


「そんなことはしない。だが、もし貴様がこの話を誰かに話したと知れば、たとえ自由の身になっていたとしても、再び牢に入れ、処刑を待つことになる。そうなりたくなければ、この話は聞くだけのものにしておくのだな」


「はいはい、肝に銘じておくよ……」


 殺されるほどの秘密なら聞きたくなかったな……。


「それで? 俺に教えた理由ってのは?」


「こちらの要望のためだ」


 男は真っすぐ俺を見ながら言う。


「貴様には、妃殿下の呪いを解いてもらう」


 俺は思わず眉をひそめた。


「呪いを解く? 待てって、俺は呪いのことなんか少しも知らないし、わからないぞ」


「心配するな。説明する」


「説明されても俺は理解できるのか? こういうことは呪術とかまじないに精通したやつに頼むべきじゃ……」


「いいから黙れ。呪いは専門家にしか解けないものではなく、誰でも解くことができる。貴様は説明を聞いて、説明通りに動けばいい」


 誰でも解けるって、本当なのかよ……。


「じゃあ、その方法のご指南を頼むよ」


「ごく簡単なことだ。呪いをかけた者の息の根を止めればいい」


「殺すってことか? それだけ?」


「ああ、それだけだ。賊の貴様なら造作ないことだろう」


 俺は仕事で殺しは避けてきたから、造作ないことはないが、でも簡単と言えば簡単ではある。想像じゃいろんな材料を集めて呪文を唱えながら妙な儀式をすると思ってたが、たった一人を殺して呪いが消えてなくなるなら、そんな手軽なことはない。もしかして、自由になれるのは案外すぐかもしれないな……ん? でも待て。こんな簡単なこと、何でわざわざ俺にやらせるんだ? 鍛練してる城の兵士ならたった一人を殺すぐらい俺より容易くできるはずだ。そうしないで俺に任せるってのは、何かしら裏があるんじゃ――


「……何だ? そういうことには自信がないのか」


「いや、そうじゃないが……で、呪いをかけたやつって誰なんだ」


「かけたのは先住民族の者だ。知っているか?」


「確か、東のスレカンタの森に住んでるっていう、あのやつらか?」


「そうだ。妃殿下はその中の一人に呪いをかけられたと仰っている」


 俺達の住む王国ができるよりずっと昔からいる先住民族……森に住んでることは知ってるが、どんなやつらで、どんな暮らしをしてるか、俺を含めて大半の人間は知らないんじゃないだろうか。というのも、彼らは王国とは一切関わろうとせず、閉鎖的な態度、社会を保ち続けてるからだ。そのせいで彼らの考え方や文化は伝わって来ず、謎のままだ。だけど少ないながらもわかってることもある。一つは容姿。基本的には俺達と変わらないが、唯一違うのは肌の色だ。先住民は皆、肌が石のような色をしてる。昔、本に描かれた絵を見たことがあるが、見た目は石像のようで、正直俺達と同じ人間とは思えなかった。一説じゃ人間じゃなく、異種族とも言われてるが、真相はわからない。


 もう一つは彼らの使う呪いの力だ。言われてるのは、人間の呪術師が使う呪いより、彼らの呪いのほうが何十倍も強力だということだ。昔、彼らと接触しようとした者が呪いを受け、その後全員が死んだなんていう話もある。本当なのか知らないが、とにかく先住民は呪いの力を操り、俺達が近付こうものなら片っ端から死に追いやる危険な存在として認識されてる。でも違う言い方をすれば、こっちからちょっかいを出さない限り、彼らは静かに暮らすだけで、特に害や脅威になるわけじゃない。触らぬ神に祟りなしってことで、王国の人間はスレカンタの森に入ることはまずない。それが彼らに対する作法で、俺達の常識だ。


 目標が先住民族だとわかって、俺は話の裏がわかった。


「わざわざ俺にやらせる理由は、おっかない相手のせいだからか」


「知っての通り、我々王国と先住民とはまったく交流がなく、問題が起きても話し合いを開く術がない」


「直談判には行ったのか?」


「そんなことをすれば呪いのいい標的にされるだけだ。何せあの者らは極度に排外的だ。近付くだけで危険を伴う。話し合いを行う余地などない」


「そんな危険なことを俺にやらせるのかよ」


「そうだ。喜ばないのか?」


 真顔で言われて、俺は思わず語気を強めた。


「呪い殺されるかもしれないのに、どうして喜べるんだよ! そっちは俺の命なんかごみクズ同然に思ってんだろうが――」


「そのごみクズが妃殿下のお役に立ち、窮地をお救いできるのだぞ。しかも成功させれば犯した罪は不問に付されるのだ。実に光栄なことではないか」


「そんなこと知るか。こっちは死んだら何の得もないんだぞ」


「では断り、鉄格子の中へ戻るか?」


 見透かした青い目が俺をじっと見てくる。やっぱりむかつく野郎だ。


「……やるにはやるけども」


 男は満足そうな微笑を浮かべる。


「ならば文句など言わずに素直に従え」


 罪が帳消しになるんだ。簡単なこととは思っちゃいなかったが、まさかこういう命懸けの仕事とはな……こいつ、一発だけ殴らせてくれないかな。


「そもそも、王妃は何で呪いなんかかけられたんだよ。先住民の森に近付いたのか?」


「そのようだ。隣国からの帰路の途中、スレカンタの森に近い道を通られた際、現れた先住民の女に呪いをかけられたそうだ」


「近くの道を通っただけで? 他の従者とかも同じ目に?」


「不運なことに妃殿下お一人だけが呪いを受けてしまわれた。それでも幸いなのは、妃殿下ご自身がその女の特徴を鮮明にご記憶されていたことだ。貴様もその特徴をしっかり頭に入れておけ」


「わかったよ。で、犯人はどんな女だったんだ?」


「まだ若年で、灰色の肌に青い髪を結っており、瞳は黒かったと。それと、首につたを編んだような首飾りをしていたそうだ」


 先住民族のことなんて本でしか知らないから、これが有力な特徴なのかわからないが、とにかく忘れないよう脳みそに刻んでおこう……。


「覚えたか?」


「ああ。一応な」


「目標を間違えた場合はもう一度森へ行かせる。それが嫌なら正確に見極め、一度で終わらせろ。そうすればこちらの手間も省ける」


「手間なのは俺のほうだろ。先住民が何人いるか知らないが、その中から犯人見つけるまで森から離れらんないんだぞ。もしそこで俺がばれたら多分、呪い殺されて終わりだ」


「呪いに怯えているのか」


「それはそっちもだろ。だから断れない俺にやらせてんだろ? 誰だって死と隣り合わせにさせられりゃ怖気付きそうにもなるよ」


「だが貴様はやるしかないのだ。待っている相棒のためにもな。もし怯えて逃げ出せば、その瞬間、相棒の命はなくなる。それを忘れるな」


「脅しの念押しか?」


「状況を伝えたまでだ。貴様が生きられる道は成功だけだ。それ以外にはない。妃殿下のために全力を注げ」


 怖くも感じる真剣な顔は俺を脅迫してくる。そんな目で見なくたって、俺は逃げずにやるってのに。ただ不安は消えない。何せ相手が謎に包まれた先住民だ。どんなことが起こるか予想もつかない。果たしてすんなりやれるのか……。


 準備が遅れてるとかで、森へは明日出発することになり、男からの説明を聞き終えた俺は再び地下牢へ戻された。


「……師匠、何で戻されたんすか?」


 隣の牢からヘンリクが不思議そうに聞いてきた。


「出発は明日なんだと。だから今日はここで一泊だ」


「そうだったんすか。てっきり話を断ったのかと思って心配になったっすけど、そういうことなら一安心っす。師匠とはもう少し話せそうっすね。……ところで、師匠は何をやらされるんすか?」


 王妃の呪いのことは言っちゃまずいんだよな……。


「悪さをした先住民の始末を任された」


「殺しを言われたんすか? でも師匠、殺しはやったこと……」


「ああ、ない。俺は盗み専門だ」


「大丈夫なんすか? しかも相手が先住民って……どういうことっすか?」


「深くは聞くな。俺もよくわかってないんだ。とにかく目標の先住民を殺れば、俺達は晴れて自由の身になる。仕事は単純だ」


「そうっすけど……」


 明らかに心配そうなヘンリクの声が呟く。


「大丈夫だよ。しくじったりしない」


「でも、師匠の慣れてないことっすよ……万が一、失敗なんかしたらどうなるんすか?」


「自由の身はお預けで、俺がまた頑張るだけだ。おいおい、心配し過ぎだろ。俺の実力、信用してないのか?」


「そ、そんなわけないじゃないすか。弟子として側で実力はずっと見てきたんすから」


「ならもっと明るい声出せって。もうすぐ自由になれるんだぞ?」


「……そうっすね。師匠なら絶対成功するっすよね。喧嘩強いし」


「おうよ。向こうが暴れても、すぐにねじ伏せて一突きすれば終わる。それぐらい、経験がなくてもできることだ」


「何か、ちょっとずつ期待が湧いてきたっす。師匠、俺、ここから応援してるっす。だから必ずやり遂げてくださいっす!」


「お前に言われなくてもやってやるよ。心配せず待ってろ」


 自分の中の不安を隠すように、いつもより大きめな声で言った。少し空元気になっちまったかな……やる気はあるが、気持ちを奮い立たせないと駄目だ。この仕事はヘンリクの命も懸かってるんだ。呪いに怯えてる場合じゃない。何が何でも成功させる……そう自分で信じ続けないと。

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