四話

 両手に枷をはめられた俺達は、兵士に歩けと小突かれながら城まで歩かされ、そのまま地下の牢屋に押し込められた。窓も何の明かりもない、暗く空気の淀んだカビ臭いところだ。俺もついに希望を失う場所まで来ちまったか。


「師匠、無事っすか?」


 石壁を隔てた隣の牢からヘンリクの声が聞いてきた。


「ああ、今のところはな」


「よかった……真っ暗で心細かったから、師匠が側にいるだけで安心っす」


「安心なんて言ってられる状況じゃないぞ。俺達の人生、終わりが近い……いや、もう終わってるかもな」


「や、やめてくださいっす! ただでさえ不安になってるのに、そんな怖いこと……」


「城の地下牢に入れられて希望が持てるやつなんかいるか。街で万引きして捕まったのとはわけが違うんだ。ここは国王の家の地下だ。そんなところに連れて来られたやつが、普通に街へ戻れると思うか?」


「そ、そりゃすぐに戻れるなんて思ってないっすけど、何年か辛抱すればまた戻れるはずっすよ」


 楽観的なヘンリクに俺は溜息を吐いた。


「牢屋暮らしを強いられても、出られるなら希望も持てるだろうな」


「ど、どういうことっすか。俺達はここを出られないって言うんすか」


「よく考えろ。俺達はどこに侵入した? そこいらの民家じゃない。この国の王様の家だぞ。そんな場所に忍び込んだやつを許して帰せば、国王は民衆からなめられ、また同じように侵入されかねない。捕まっても大した罰は受けないってな。だから馬鹿なことをさせないためにも重い罰を与えなきゃならない。二度と侵入なんてしたくなくなるような罰をな」


「それって、たとえば、どんな……?」


「この先ずっと牢屋暮らしだ。看守に怒鳴られながら、ジジイになって死ぬまでずっとな」


「え、まじっすか……?」


「それでもいいほうだ。自由はなくても生きられるんだから。最悪の罰は、処刑だ。絞首刑、斬首刑……死に方はいろいろあるが、もしかしたら数時間後、俺達はそんな目に遭ってるかもな」


「し、死ぬんすか、俺達……で、でも、俺達は誰も殺してなんかないっすよ! 置物は盗ったっすけど、城にお邪魔しただけっすよ! それだけで処刑されるんすか?」


「だから侵入先が悪かったんだ。最高権力者の家じゃ処刑されても文句は言えない。それがこの世の中なんだよ」


「そんな……嫌っすよ! こんな歳でまだ死にたくないっすよ!」


「落ち着け。もうなるようにしかならない。どんな罰だろうと受け入れろ」


「師匠は死んでもいいんすか? こんな牢屋の中で!」


「嫌に決まってるだろ。だがここから動けないんじゃ覚悟するしかない」


 ヘンリクが黙ったと思うと、ドサッと音がした。


「……おい、大丈夫か?」


「はい……ちょっと、力が抜けただけっす」


 明らかに意気消沈した返事に、俺は真っ暗な天井を仰いで息を吐く。今さら後悔することに意味はないが、ヘンリクはまだ若い。こんな最低な場所で俺と一緒に人生を終わらせたくはなかった。師匠として、金欲しさに忍び込むことを止めておけばこんなことにならなかっただろう。半分は俺の責任なのかもしれないな……。


 静寂だけの時間がしばらく流れ、俺は床にへたり込んでじっとしてたが、その時遠くで扉が開く音と数人の足音が聞こえて来て、視線を鉄格子の向こうへ向けた。見ればランプで足下を照らしながら三人の男がこっちへやって来る。そして俺とヘンリクの牢の前で立ち止まる。灯りに照らされた顔を見れば、二人の看守を引き連れて立つのはあの白金頭の兵士だった。その目は俺達を険しい目付きで見下ろすと、おもむろに口を開く。


「貴様らが陛下のおわすラーデン城に侵入し、かつ盗みを働いたことは、たとえどんな理由であったとしても到底許される行為ではなく、犯した罪は死に値する。よって貴様らは極刑に科されることになった」


 すると隣の牢で鉄格子をガタンと揺らす音が響いてきた。


「きょ、極刑って……死刑のことっすか?」


「そうだ。貴様らは死をもって罪を償え」


 やっぱりそうなるか――死刑とはっきり言われると、なぜだか逆に冷静な気分になれた。予想通りでもあったし、多分、あまりに現実感がないからだろう。でもヘンリクはそうはいかないらしい。


「ままま待って! 死刑って、そんなの嫌っすよ! 俺達は死ぬほど悪いことしたっていうんすか? 他人の家に忍び込んだだけで死刑ってひど過ぎっす! 俺達は反省もできるし、更生もできるんすよ! それを抜かしていきなり死刑って、あんまりじゃないっすか! 生きる機会を与えないなんて――」


 死刑と言われて混乱してるのか、ヘンリクは早口になってまくし立ててる。かなり取り乱してるな……。


「黙れ。賊の訴えなど聞く気はない」


「確かに賊っすけど、あんたと同じ人間なんすよ! ちょっとでも聞いてくれたって――」


「ヘンリク、静かにしろ。こういうやつには怒鳴っても無駄だよ」


「師匠、でも黙ってなんかいられないっすよ!」


「気持ちはわかる。だから俺が代わりに聞く。……質問なら聞いてくれるだろ?」


 兵士の男は俺を見下ろすと、片眉をピクリと上げる。


「答えるに値する質問ならばな」


 いけ好かない態度の男を見据えて俺は聞いた。


「お前は俺達を連れて行く時、じっくり話を聞くって言ったが、じっくりどころかまだ一言も話を聞かれてないぞ。それはいつ聞くんだ?」


「その予定はなくなった。聞かずとも貴様らの犯罪行為は多くの兵が目撃し、証言しているから、聞くまでもなくなったのだ」


「そんな一方的なことってあるのか? この国には確か裁判ってものがあるだろ。罪人はそこで裁かれ、どんな罰にするか決められるんじゃないのか?」


「賊にしては勉強しているようだな……貴様の言う通り、罪人は裁判にかけられ、そこで判決が下される。だが言ったように、貴様らの犯罪行為は多くの兵が目撃、証言している。裁判にかけたところで結果は見えていて、時間と労力の無駄と判断された。だから私が今、ここで貴様らに伝えているのだ」


「賊なんか裁判にかけるまでもないってわけか。ひどい差別だな」


「これは差別ではない。では聞くが、貴様らはラーデン城に許可なく侵入していないのか? 王家所有のツグミの像を盗んでいないのか?」


「……どっちも、やったけど」


「だろうな。目撃されている貴様らは言い逃れができず、認めるしかないのだ。そもそも王城への不法侵入は、陛下の安全、安息を脅かしたとして、それだけでも大罪となっている。そこに窃盗も加われば極刑以外の見込みはない。裁判を開かずとも、すでに結果は明らかなのだ」


 ぐうの音も出ない。それでも裁判にかけろと言うべきなんだろうが、こいつの言う通り、結果は死刑になるだけなんだろう。だったら人前にさらされて無駄なやり取りをするより、すぐにあの世へ送ってもらったほうが楽かもな……。


「……質問は、以上か?」


 嫌みな目が俺を見てくる。


「もういい。そっちの決まりなら、さっさと死刑でも何でもやってくれ」


「師匠……俺、怖いっす……」


 怯えて震える声が俺にすがってくる。


「ヘンリク……怖がるな。俺もいるし、死ぬ時は一瞬だ。多分な」


「師匠……」


 年貢の納め時ってやつだ。もう開き直るしかないな。


「賊とは言え、極刑だからとただちに処刑するほど、我々は冷酷ではない。そこで一つ、死を免れる道を与えてやる」


 いきなり言われた言葉に、俺は男を見上げた。


「……はあ? 何言ってる? 俺達は死刑なんだろ? それをどうやって回避できるってんだよ」


 これに男は微笑を浮かべながら言う。


「こちらの言ったことに従うのだ。そうすれば貴様らの罪は帳消しにしてやる」


 言ったこと……? 何か、明らかに胡散臭いな。


「随分と気前のいい話だが、つまりそっちの指示を聞けば死なずに済むと?」


「そうだ」


「じゃあその指示って何だ」


「ここでは言えない」


 俺は舌打ちしそうになったのをこらえた。やっぱりそういう感じか……。


「中身を教えてもらわなきゃ判断のしようがないだろ」


「貴様らが判断するのはこちらの言うことに従うか従わないかだけだ。中身は従った時に教える」


「どんな指示をされるかわからないまま従えと? そんな賭けみたいな話――」


「賭けではない。従えば貴様らは確実に極刑を免れるのだからな。簡単に考えればいい。死にたいか、生きたいか、ただそれだけのことだ」


 こんなの選択肢にもなってない。死刑と言われたやつが死なずに済むと言われりゃ、当然言われたことに従うもんだ。それを断って死刑を求めるやつはどこか狂ったやつだけだろう。こいつはそれを見越してこんな話をしてるはずだ。絶対に断れないと考えて……。


「師匠! 従いましょう! そうすれば死ななくて済むんすよ! こんないい話、ないっすよ!」


 さっきまでの弱々しい声は吹き飛び、ヘンリクは思わぬ希望をつかんで明るい口調で言ってきた。いい話には違いないが、それが逆に怪し過ぎるんだよ……。


「相棒は乗り気だぞ。貴様はどうする」


 男は相変わらずいけ好かない微笑を浮かべて俺を見てくる。一体何をさせる気なのか。死刑よりもひどいことだったら洒落にもならないが、でも断れば俺達には死しか待ってない……やっぱり、こっちに選択肢はないか。


「我々はどちらでも構わない。決めるのは貴様ら次第だ。さあ、選べ」


 俺は男を見上げて言った。


「選べと言いながら実質一択を強いるやり方は汚くないか?」


「汚いとは心外だ。こちらは生きられる機会を与えているつもりだ。これが余計な世話だと言うのなら遠慮なく断ってくれてもいいが?」


 むかつく野郎だ――俺は男をねめつけて言った。


「……言うことに従えばいいんだろ。ったく」


「それは了承でいいのだな」


 何か騙されてる気もするが、俺は頷いて見せた。


「わかった。では貴様らの刑の執行を保留にする手続きを進めよう」


「保留? 従えば罪は帳消しなんだから、取り消されるんじゃないのか」


「こちらの要望通りに従えば取り消してやる。だがそれまでは保留、できないとなれば刑は執行される」


「つまり、俺達の罪はいつ消されるんだ」


「こちらの要望を果たした時だ。果たせば自由の身にしてやる」


「師匠、何するかわからないっすけど、とにかく二人で頑張って、生きてここから出るっす!」


 やる気を見せるヘンリクが力強く言ってくる。何するかわからないことが一番の問題なんだが……。


「積極的になっているところを悪いが、頑張ってもらうのは一人だ。……貴様、出ろ」


「……俺だけ? 何でだ」


 男に言われて俺は立ち上がる。すると控えてた看守の一人が俺の牢の鉄格子の鍵を開け、枷のはまった俺の腕を引っ張って牢から無理矢理出した。


「貴様のほうが賊として長そうだ。そして妃殿下のお部屋へ侵入した張本人でもある。まずは貴様に頑張ってもらおう」


「置物盗んだヘンリクより、王妃の部屋に入った俺のほうが罪が重いってことか?」


「……そんなところだ」


「俺、信じて待ってるっすから、頑張ってくださいっす! それと師匠、怪我に気を付けてくださいっす!」


 鉄格子をつかみ、そこに顔を押し付けながらヘンリクは言う。


「何をどう頑張るか知らないが、まあ、帳消しのためにやってみるよ」


「ここから成功するように、念を送るっす!」


 念はおそらく役に立たないだろうが、ヘンリクの前向きな気持ちは少し貰えた気はする。


「……相棒との話はもう済んだか? もしかしたらこれが最後の会話になるかもしれない。言うべきことは言っておいたほうがいいぞ」


「そんな気遣いは無用だ。一時離れるだけのことだ。どこかに連れて行くならさっさとしろ」


 そう言うと男はフンと鼻を鳴らした。


「……そこの賊のことは頼んだぞ」


 言われた看守二人は男に丁寧な会釈を返す。


「これから地下牢を出るが、もし暴れたり逃げ出そうとすれば、容赦なく斬り捨てられると思っておけ。では歩け」


 俺は男に腕をつかまれながら出口へと向かう。


「行ってらっしゃいっす、師匠! どうかお願いします!」


 気持ちのこもった大声が俺を見送り、背中を押す。これは自分一人のことじゃないからな。どんなことだろうと簡単には諦められない。あいつのためにも頑張らないと……。


 長い階段を上って地下牢を出ると、窓から差し込む陽光が俺の目を突き刺してきた。もうとっくに夜が明けてたんだな。真っ暗な場所からいきなり日にさらされると余計眩しくてしょうがない。でもそれも短い間で、光に慣れた俺はここがどこなのか周囲を見渡す。確か地下牢は城内の北西辺りに位置してたはずだ。そして今、そこから廊下を東へ向けて歩いてる――城門は南だから、俺を外へ連れ出すわけじゃないのか?


「俺のやることは、この城内にあるのか?」


「ここではなく外だ。だがその前に詳しく説明する必要がある。やるべきことを理解するためにな」


 まあ、説明は必要だな。訳のわからないことを強いられても困るし。


「……入れ」


 しばらく進むと、男は部屋の前で止まり、扉を開けて入るよう促した。言う通り中へ入ると、そこは狭い部屋で、机と椅子しか置かれてない殺風景なところだった。見た感じ、尋問室みたいだな。説明するだけなら十分な場所か。


「奥の席に座れ」


 椅子は机を挟んで向かい合う位置にあり、俺は部屋の奥側に座る。男は扉を閉め、鍵をかけると、もう一つの椅子に腰を下ろした。


「……では、こちらの要望について伝える」


 男は机に置いた両手を組むと、じっと俺を見据えた。

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