第11話 智将篠原長房3

 飯盛山いいもりやま城に戻った長房は、義継と三人衆に相対していた。

「さて、三好方と松永方とでは、あまりに領地の広さ、兵の数が違いまする。にもかかわらず、あなた方は勝てずにいる。なぜ勝てぬかおわかりですかな?」

 長房は四人に問いかける。

「それは、畿内の守護や国人が松永方に味方しているからですな」

 答えたのは石成いわなり友通であった。友通は三人衆の末席で、領地も長逸ながやすや政長に比べて狭い。その分、ここで松永領を接収して、他の二人と同じくらいの領地を得ることを、二人から約束されている。それゆえに松永領に近いところを領する守護や国人に工作を仕掛けているのも友通なのだが、その効果はまるでないのだ。

「ではなぜ彼らは義継様に付かぬのか。それは義継様が公方様を討ったからにほかなりませぬ。逆賊に味方する者は如何なる者も破滅する。楠木正成公はあれほどの人格者でありながら、湊川にて足利尊氏公率いる大軍の真ん中に僅か七百人で孤立し、落命されました。何故か。逆賊であったからです。楠木正成公ほどの才と徳があっても、逆賊は勝てぬのです」

 長房は義継を見る。

「次の将軍候補を立てなさりませ。このお方を将軍にすると天下に告げ、その方を京にお連れなさりませ。さすれば逆賊の汚名は雪がれましょう」

「馬鹿な! 次期将軍候補、覚慶は和田惟政これまさが自領にかくまっておる。和田ごとき、我が軍が攻めれば容易に攻め滅ぼせようが、和田の領地は六角義賢の領地のすぐ傍だぞ。我らが和田領に押し寄せれば、自分が攻められることを危惧した六角が迎え撃って来よう」

 長逸が反論する。八十年前、六角義賢の祖父六角高頼は時の将軍足利義尚よしひさの親征を受けたが、返り討ちにした。六角家はそれほどの強豪であり、如何な天下人三好家といえども、軽々に敵に回してよい相手ではない。

 だが長房はにこりと笑って事も無げに言う。

「いらっしゃるではありませぬか。我が三好の勢力圏内にも、将軍になれる血筋のお方が。義継様の祖父元長様が将軍にしようと命まで懸けられたお方が」

「なんだと? そなた、あの足利義維よしつな様を再度担ぎ上げようというのか」

「左様。なれど義維様は五十六歳のご高齢。ゆえにこの篠原長房、そのご嫡男足利義栄よしひで様を次期将軍にご推挙致します」

 長房の言葉に、その場の誰もが息を呑んだ。

 三好義継には呑めない。長逸に「修理大夫しゅりだいぶ様を超えられませ」と言われて将軍義輝を手に掛けたのだ。他の将軍を立てるために、今の将軍を排除するというのは、三好長慶ながよし以前の細川政元、細川高国がやったことだ。新しい時代を拓く英雄になりたかったのに、これでは旧時代の者たちの真似ではないか。

 三人衆にも呑めない。義継に汚名を着せ、その後に天下を奪う予定であったのに、義継の汚名をすすいでどうするのか。それに足利義栄が将軍になれば第一の功臣は篠原長房ということになる。三人衆は義継と長房の下風に立ち、二度と天下は望めない。

 だがこれを却下すれば、おそらく長房は義継に協力することはないだろう。それだけは決してあってはならない。もし彼と三好長治が久秀に協力しようものなら、義継も三人衆も破滅は間違いない。

「わかった。足利義栄様をお迎えしよう」

 義継は歯噛みしながらそう答えた。

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